星の導く海路
円卓海賊団は、早速白い巨星に寄り添う赤い星に向かって進路を取った。
「おらおら、チビのアーサーの命令だからってのんびりすんじゃねー!帆を展開しろ!全速前進!」
「おお怖。ちょっと前におしめ変えてやってたガキが、もう生意気に口ごたえしてやがる!もっと嬢ちゃんの小せぇ時みたいに、可愛らしくお願いできねーのか?」
「あんだとコラ!!」
「あはっ。Jr.君、喧嘩を買うのは子供らしいですよ」
「畜生!ポルクスまでそういうこと言うのかよ〜」
舵を取るアーサーJr.は、船長の右腕のイザールや元護衛騎士のポルクスを含めた船員達と、賑やかな喧嘩をしながら船を操る。
そんな彼らのやりとりにアーサー船長は低い声で笑うと、アーサーJr.を小突く。
「大人になったところを見せられてないから、お前はまだ『ガキ』なんだ『アーサー』。俺の後継を目指すなら、海のように泰然としてみせろ。知識やひらめきは悪くないが、揺さぶられやすいのは玉に瑕だな」
「ちぇーっ。でも船長、あんたに並ぶほどどっしり構えられる気がしねーよ。今までの海賊同士の争いもそうだし、ジョーの母ちゃんとも普通に会話してたのも、並の男じゃ無理だって。ポルクスすら無理だろ。つーか、どうやって知り合ったんだよ」
ちょうどその時、アーサーJr.と入れ替わりで休憩を取り、船長室でアヴァロン島についての航海日誌を読んでいたジョアンナが現れた。
アーサー船長に過去の航海について質問しようとしたのだが、気になる会話がされていることに気がつくと、アーサーJr.の横に並んでこくりと頷いた。
「あ?唯の腐れ縁だ。俺が陸にいる時──生まれた時からの付き合いだから、長く関わっている事には違いないが。今から向かうアヴァロン島はあいつとその母親、サイコラクス家の者のルーツでもある」
「お母様とお祖母様の……?!」
巷では、母モーガンと祖母イグレインは亡き父王を誘惑したと言われている。
サイコラクス家は元は貴族ではない家柄だったとは聞いていたが、まさかこのような辺境の地から成り上がったとは、ジョアンナは思ってもみなかった。
今からでも母親のことを知れるならば、ジョアンナは知りたいと思う。
たとえそのせいで傷つくことがあっても、大好きな母親の真実を知る機会を逃すよりもマシだ。
「ちょうど読んでいた航海日誌に、アヴァロン島を覆う不思議な消えない嵐について書かれていたから、質問に来たところだったんだ。船長、お母様はそんな島からどうやって出てこれたか知っているのか?なぜそんな場所を私達に目指させた?」
「それは直に分かる。嵐についてもお前達が心配することはない。だが、島に入れば様々な試練が待ち受けている。その時にお前達が持てる全てを使って生き残れるかどうか、それだけが問題だ」
アーサー船長が優しく目を細めることに、ジョアンナは違和感があった。
彼はぶっきらぼうでまさしく「海の男」であり、本当に笑顔を見せないからだ。
「それってどういう……」
アーサーJr.も嫌な予感がしたが、船長は何も答えてくれなかった。
かつて船長と旅を共にしたであろう船員達も、じっと押し黙ってしまった。
やがて、蜃気楼のように島が現れた。
遠くからでも黒く大きく発達した雷雲が立ち上っているのがよく見え、大きく高い波は船を大きく揺り動かした。
他にも大きな船が島に近づこうとしているが、嵐によって追い払われているようだった。
ジョアンナは、望遠鏡を覗いて思わず叫ぶ。
「何だあの船?明らかにたどり着かなそうなアヴァロン島を目指して、ずっと立ち往生してる」
「……ジョー、無視して進路を島に取れ。『アーサー』も、いいな?」
「アイアイサー!操舵は任せな!イザール、マスト畳め!!」
「合点!」
ジョアンナの指揮で三角帆以外の帆を畳み、何とか嵐の中に突入した円卓海賊団。
すると、風のうなり声の中でかすかに声が聞こえてくる。
それは、少女の歌声。
だんだん大きくはっきりとしていくと、それが島についての歌だと分かる。
──アヴァロン島はまぼろしの島、
りんごのなる島、幸福の島、神秘の湖の島。
王を継ぐものよ、奇跡のつるぎを手にせよ!
湖の乙女と赤竜の王が、新たな王を祝福するだろう!
新たな王は、国を侵す白竜の子らを打ち倒すだろう!──
「王……?!奇跡の剣って、建国神話にある王の剣・カリバーンのこと?!何でこんな所で……」
「りんごのなる島、湖の乙女、赤竜の王、白竜の子……」
建国神話の赤竜の王は、赤竜の化身の末裔だとされる。
まだ人とそれ以外との境が曖昧だった頃、賢い竜の一部は人間と共存して子孫を残した。
それがこの島国に根付く赤竜の民だ。
しかし外国から白竜の民が攻め込んで来たため、戦争が起こった。
その戦争を制し、外国に負けない強固な国を興したのが赤竜の王だ。
赤竜陣営についた妖精達を従え、騎士団を創設し、優れた政治で国を治めた。
中でも、湖の乙女と呼ばれる妖精から授かった聖剣・カリバーンは、王の活躍になくてはならないものだ。
しかし、王の最も信頼する側近が白竜陣営の妖精に惑わされ、王妃と密通した上で裏切ってしまう。
側近は他の騎士達を不意打ちで皆殺しにした後、白竜陣営に渡って戦争を始めた。
長年王を支えてきた賢者も、妖精によって誘惑されて殺されてしまう。
その間、王は息子のように目をかけていた若い騎士に留守をさせていた。
しかし彼もまた妖精に惑わされ、謀反を起こしてしまう。
再び王妃を奪われて仲間を殆ど失った王は、失意の中側近を殺し、すぐに国へ引き返して若い騎士と一騎討ちを果たす。
若い騎士を討ち取った王だが、結局彼もまた深い傷を負ってしまうことになった。
その傷を癒すため、彼は親しい妖精に「りんごのなる島」へ連れられ、黄金の寝台で眠りにつく。
そして役目を終えた聖剣・カリバーンは、湖の中に戻ったのだった。
この神話の王と同じ血を引くのが、ジョアンナ達王族だ。
しかしジョアンナは、父王からも祖父からもこのような話は聞いたことがなかった。
──あらら?
あなた、モーガン様と似てる感じがするわー?
あららー?
アーサーのおじ様もいらっしゃったのねー?
どうぞ入ってくださいなー。
突然少女の声が気の抜けたように話しだしたかと思えば、嵐が弾けて消え去ってしまった。
呆然とするジョアンナと無表情のアーサー船長に、アーサーJr.とポルクスとヘレナの視線が集まる。
「これから、ジョアンナ様を正統な女王とするための試練が始まる。我々は新しい女王の騎士だ、いいな?」
「あ……アイアイ!」
「……女王!私が……?!お姉様を斃して……」
驚くジョアンナとアーサーJr.達の一方で、イザール達船員は驚くことなく静かに頷いた。
かつて目標とした、善き王への道。
それが今、ジョアンナの目の前に示された。
母親のようになりたいと願って重ねた、幼い日の努力。
船長が与えてくれた、知識と教養。
絶望の中でも支えてくれた、仲間達。
皆がここまで繋いでくれた。
「……行こう。私は、みんなを守る王になる!」
驚くジョアンナとアーサーJr.達の一方で、イザール達船員は驚くことなく静かに頷いた。
ジョアンナと二人のアーサーは、小舟でアヴァロン島へとたどり着く。
嵐は弾けて消えたものの、どんよりと厚い雲が低く垂れこめて暗い。
そこは伝説通りりんごの島で、季節に関係なくたわわに実がなる不思議なところだった。
草を分け入って奥に進むと、次第に木の間からキラキラと水面が輝くのが見えてくる。
聖剣・カリバーンの眠る湖だ。
「あらー、こんにちは。さっきぶりねー。」
「うわぁっ?!」
ピンク色の髪の少女が、いつの間にかジョアンナ達の横にぬっと現れて声をかけてきた。
アーサー船長以外は思わず驚いて後退る。
「アリエルか。相変わらず性格に似合わない暴風だった。風の妖精だけある」
「エレイン様のおかげですよー。あ、エレイン様っていうのはわたしのご主人様でー、モーガン様の妹様でー、聖剣を守る湖の乙女でー……」
「み、湖の乙女?!なら、お母様は……」
ジョアンナは震えた。
モーガン王妃の妹のエレインが湖の乙女ということは、イグレインもモーガンも湖の乙女ないしは人にあらざる者ということになる。
もちろん自分もまた、半分妖精ということになる。
──売女の娘を探し出せ!ジョアンナの血筋は、前王を誑かした妖婦の血筋だ!魔女を許すな!!
母親の死を知った時、補給のために寄った港町で聞いた民の声。
このことを、父親である前王は知っていたのだろうか。
気が遠くなる。めまいがする。
ふらつくジョアンナの肩を支えてくれたのは、アーサーJr.だった。
「おい、ジョ……姫サン!」
「大丈夫。……船長、お母様は私を逃すためだけじゃなく、王とするために海賊団に預けたのか?お母様とお祖母様は……生まれた子供を……私を王とするために、お父様を誘惑した……のか?」
「……ジョアンナ様の思うような事は無い。が、貴族の政略結婚のような思惑はあった。湖の乙女の美しさに、あの王が惹かれるという確信もあった」
冷たく事実を言い放つアーサー船長に、アーサーJr.は怒りを剥き出しにして睨みつけた。
「おい、船長!何で守るべき王に対して、そんなに冷たいんだよ!それに何で……今なんだよ」
「俺にとっちゃ、ジョアンナ様は守る対象では無いからだ。それに、丁寧に教えてやれる状況が揃わなかった。お前達も見ただろう?アヴァロン島に張りつく女王の船を」
そう言うと、アーサー船長は帽子を脱いでアーサーJr.に被せた。
ジョアンナは、その瞬間船長の目元が和んだ一方で、アーサーJr.の顔が愕然としたことに気がついた。
「おい!説明、しろよ……。俺にも何か、言うことがあるんじゃねーのか?!」
大きくて重たいダチョウの羽飾り付きの帽子が、その重さでアーサーJr.の顔に影を落とす。
ジョアンナの肩を支える彼の手が、震えている。
「……大きくなったな、二人共。俺の大事な王国を、民をどうか頼む。そして一人の男としては──すまなかった」
ジョアンナは思わず何かを言おうと口を開いたが、言葉が出てこない。
聞きたいことがたくさんある。彼自身のことすら、まだ何も知らないから。
けど、うまく出てこない。
今言わなければと、そう思うのに。
「おいアリエル!さっさと行くぞ」
「な、なあ……もしかして、試練……って」
「これから、生き残れ。絶対にだ!」
アーサーJr.は広い背中に問いかけるが、それ以上の答えは返ってこない。
ジョアンナは、母親との別れの時のヘレナの姿がフラッシュバックして、ギュッと胸が掴まれるようだった。
ジョアンナは身寄りのない自分を父親のように育てて面倒をみてくれた彼を、どこか父親のように思っていた。
円卓海賊団は親戚で、ヘレナは姉、アーサーJr.やポルクスは兄だった。
このまま船長を行かせたら、どうなってしまうのだろうか。
アーサーJr.は、どれ程までに悲しんでしまうのだろうか。
「船長!待って──」
「……ッ!」
鳥のさえずりが途切れ、雲の切れ間から光が落ちる。
その光は、アーサー船長とアリエルの前にある湖を照らし出す。
光は広がり、湖をキラキラと輝かせる。
水面がボコボコと波打ち、女性の姿を形取った。
モーガン王妃によく似た、しかし痩せ型の美しい女性──ジョアンナの叔母・エレインだ。
「試練の時間だ」
アーサー船長は、子供達の肩を力強く叩いた。
今回のタイトルはAIの案からです。
「神話」とかでもよかった気がするんですが、素敵なタイトルを提案してもらったので。
(実はタイトルの相談も毎回してますが、ほとんど自分の案を通してます。笑)
自分の書いたものを読んでもらって、意見を言ってもらえる機会はなかなか無いので、今のところAI添削は結構ありがたいです。
ただ、自分の力量の低さから意見を反映できないこともかなりありますね。「無理だから描写省きます」と何度言ったことか…
章タイトルの
pirate+princess=piracess海賊王女
knight+pirate=knighrate船長(海賊)騎士
conquere+queen=conqueen征服女王
fairy+recon=fairecon斥候妖精
nymph+phantom=nymphantom妖魔騎士
章にある主要キャラの造語は何年も前に作って遊んだものが多いです。
設定だけ作って遊ぶのか好きだったので。