湖に誕つ君
建国神話の時代から、ベノワック湖は国境沿いに位置していた。
そのため白竜からの侵攻の際に真っ先に犠牲が出ており、白竜側についた妖精が多かったのもこのためとされた。
ベノワック湖の主ビビアンもまた、白竜についた妖精の一人。
しかし彼女の行動からは、そのような慈悲深い理由があったとは思えない。
何にせよ、ノートマン公爵からの情報と建国神話の言い伝え以外にも、敵についての情報が欲しいところだ。
「……!そういえば、ニビアンが『モルゴース様さえ味方になっていれば』と言っていた。リシャール、何か知っているか?」
「確かに言っていたけれど、何も知らないな。湖の乙女の一人だろうか?」
不気味なほどに静まり返るベノワック湖。
行軍中に湖の様子をうかがっていたジョアンナが、軍の指揮を執るリシャールに尋ねるも、彼は首を振った。
その時、ちょうど偵察から戻ってきたアリエルが、深い霧の中から現れる。
「あららー?モルゴース様はモーガン様とエレイン様の姉様で、ジョアンナ様の伯母様よー。もしかして、知らなかったかしらー?」
「は、初耳だっ!」
「ごめんなさーい!」
アリエルは驚くジョアンナの馬にすとんと乗り、ぎゅっと抱きついてくる。
……食い入るような隣のリシャールの視線が気になる。
「でも、わたしもよく知らないのよー?湖の乙女の中で最も強力な魔力を持つらしいけどー、サイコラクス湖のみんなとはけんか別れらしいのー。だからわたしも、姿すら見たことないのよー。」
「喧嘩別れ……?」
「建国神話の頃、モルゴース様は人との共存を目指すモーガン様やエレイン様に失望して出ていっちゃったのー。赤竜の民との協力には興味あったみたいなんだけど、それはアーサーのおじ様が強い力を持ってたからなんですってー。エレイン様が言ってたわー」
「力……」
では、彼女がビビアンと手を組まなかったのは何故なのだろうか。
そんなことをジョアンナが考えていると、同じようなことを考えていたであろうリシャールがおずおずとアリエルに声をかけた。
「アリエル、君は……君個人は、人間をどう思ってるんだ?……僕達のことも」
「人間は……わからないわ〜?でも、ジョアンナ様が生きている間だけでも、円卓海賊団で過ごしたいくらいにはみんなのことは好きよー。ほら、妖精ってなかなか死なないからー……」
アリエルの表情にかげりが見えたように感じたが、ジョアンナが何か言う前にアリエルはにっこり笑ってこちらを向いた。
ジョアンナにはなんだかそれが、寂しく思えたのだが。
「あら、斥候の報告をしないとだわー!霧は深かったけど、バッチリ位置も人数も見てきたから安心してー!まずは……」
彼女の宣言した通り、この霧の中でも敵の位置は把握できた。
ビビアンとジョフロワは巨大な湖の真ん中にある島に建てられた魔法の古城で、ジョアンナ達を待ち受けているようだ。
これは建国神話以前の外敵に備えるためのもので、かなり歴史が深いようだ。
そして、そこに至るまでにジョフロワの魔法の歌で使役した妖精達が、何十も集まっているらしい。
「……妖精、か。君のように風の力が使えるとか、そういうことはわかるかい?」
「もっと弱い妖精だけど、注意はしないといけないかしらー?馬の目を回したり、嫌な音を立てたり、水の中に引き込んだり……何十もいっせいにそんなことされたら困っちゃうものー。」
「なら、後続の輸送隊を待った方が良さそうだ。雄鶏を放しながら攻め込む。ビビアンには効かないだろうけど、その他の妖精には充分だろう」
「いやああ〜!リシャールの鬼畜ー!最低ー!!」
アリエルは耳を塞ぎ、ギュッと目を閉じて嫌そうに悲鳴を上げた。
リシャールはかなり傷ついた様子で涙目になっているが、それでもアリエルに妖精の嫌なことを事前に聞いて、実行するだけの準備を指示したのは彼だ。
やはり、勝つことに対して妥協がないのは心強い。
「アリエル、ごめん。勝つために我慢してくれ。リシャールがいくらでも歌って踊るのに付き合ってくれるから」
「うぅ……そーお?リシャールは歌が上手だし、踊りもできそうだからいいけど……。ジョアンナ様達も踊ってくれなきゃいやよー?」
「当然!……でも私達は人間だから、お手柔らかに。」
「全く……勝手に約束するなんて、従妹殿はいい性格に育ったものだな。くれぐれも妖精相手に、一ヶ月踊り続けるなんて約束はしないでくれたまえよ?」
ジョアンナは、こっそり右手でリシャールにOKサインを出す。
リシャールは不服そうにため息をついていたが、満更でもなさそうな表情だ。
そこに、アーサーJr.とポルクスが馬に乗ってやってくる。
「ジョアンナ!リシャール!鶏が届いたから、いつでも出れる!いけそうか?」
「妖精の力が弱い朝のうちに攻めたいところですが、どのみち正午には苦戦しそうですね……」
ポルクスが抱く鶏が、コケッと鳴く。
それだけでヒィッと小さく悲鳴を上げてアリエルは耳を塞ぎ、ジョアンナにしがみつく。
妖精は基本的に静けさを好む。
音楽は別としても、いつ弾けるか分からないけたたましい音が苦手なのだ。
ある程度格のある風の妖精であるアリエルには賑やかな場くらいなら大丈夫でも、特に雄鶏の甲高い鳴き声はダメらしい。
「ははっ、アリエルのなっさけねー顔見れるぐらいなんだから、相当期待できそうな戦術だな!……だからジョー、そう緊張すんな。戦争だろうと、みんながついてる。お前が守るためじゃなくて、みんなでこの国を守るための戦争なんだ」
「う……」
アーサーJr.にひそりと耳打ちされ、ジョアンナは自分の考えが見透かされていたと知り思わず顔を覆った。
しかし、どうしてもそんな風には思えない。
王とは、民を守る者なのだから。
ジョアンナ自身は、その言葉がたまらなく嬉しい。
でも今はその感情は必要ないのだ。
「いや〜!!ぜーんぶ鶏ミンチにしてやりたいわ〜!!!」
「やべ、退散だポルクス!」
「ジョアンナ様、失礼します」
アリエルの騒ぎように苦笑すると、アーサーJr.はポルクスを連れて行ってしまった。
残されたリシャールがアリエルを説得してくれているのを聞いても、和むものの心の重さは無くならない。
この戦争で一人もかけてほしくないという思いだけが、ふくれあがっていく。
「ああアリエル、やめてくれよ……?!君には風の力があるだろう?あの作戦の時、風で音を相手側に向ければ、君は馴染みの風の音だけ聞ける。相手の妖精には効果抜群、無駄なく敵を蹴散らせる。ジョアンナのために……頼むよ」
リシャールがなんとかそう言うと、アリエルに仕方なさそうに、しかしどこか優しく笑いかけ、前線のアーサーJr.とポルクスにラッパで合図を出した。
アリエルは耳を塞ぎながら、子供のように素直にリシャールに頷き返す。
二人のこんな様子は、ジョアンナも見たことがない。
そんな一つ一つの愛しい光景を、これから守りたい。
ジョアンナ個人の意思として。
「アリエル、行こう!」
ジョアンナはアリエルを抱きかかえたまま、ラッパと共に前線の方角に馬を駆る。
隊列の中ほどまで進むと、聖剣・カリバーンを宙に投げ放った。
「はああ!!!」
戦場に放たれ、パニックになった雄鶏達が鳴き出したタイミングだ。
ジョアンナはアリエルに目配せする。アリエルも頷いて耳を塞ぎながらも剣を見据え、突風で敵軍の方に吹き飛ばした。
「──、──!!!」
声すらもかき消す威力。
聖剣はジョアンナの視界から消え、矢のように敵軍に突き刺さった。
湖の乙女の力を注いだ聖剣が、地面を割り、激しく水しぶきをあげる。
それは敵の妖精達を、湖の乙女の力で縛りつけた。
「……くっ、どうだ?!」
水しぶきがかかった敵の前線は、ジョアンナとアリエルのコンビネーションでかなりの数が倒れた様子だ。
そして残りの妖精は、こちらの前線の右翼と左翼の放った雄鶏の力で無効化した、のだが。
「歌……?」
風に乗って、かすかにテノールの歌声がジョアンナの耳に入る。
しかしそれは、リシャールのものではない。
それでも歌が聞こえてきたのは、リシャールのいる後方だ。
「?!……うう……さっきの風が戻ってきて、危険を教えてくれたわ……。背後……突然現れた、歌を歌う人達に、取られた……って」
「く……!嘘だ……妖精はおとりだったのか?!歌ってまさか──」
寒気がする。
人間では決して取れない戦術だ。
なぜなら、そこはアリエルが偵察してジョアンナ達が通ってきた道だ。
障害物も知れている湖では、物理的に普通は無理だ。
そして、ジョアンナとアリエルに魔法を消耗させた誘導も、揺れるリシャールにジョフロワを相対させた知略も──普通ではない。
彼女の狙いは、主力となる者を潰してしまうことなのだろう。
早く強くならないと、湖の乙女ビビアンは倒せない。
この程度の魔法の消費で弱っている暇など、ない。
こんな時、皆を助ける力があれば。
「リシャール、無事でいてくれ……!」
ジョアンナが馬を返そうとした時、前方でも悲鳴が弾けた。
水柱が上がり、兵士達が倒れていく。
思わずアーサーJr.とポルクスの名前を叫びかけるも呑み込み、ぐったりするアリエルを抱きしめ直す。
「伝令!前方に黒騎士が現れました!現在アーサー様とポルクス隊長が交戦中!押されています!」
前方から戻ってきた伝令の言葉に、ジョアンナは動揺するしかなかった。
すでに被害が出ているアーサーJr.達の方を助けるべきだろうか?
それとも、戦闘はある程度彼に時間稼ぎしてもらって、リシャールと合流して態勢を立て直すべきだろうか?
逃げるという選択肢は、封印されている。
「伝令、アリエルを頼む。私は……私は、黒騎士を討たないと……!」
「……だめよ」
アリエルはのそりと動くと、ゆっくり浮遊して伝令の後ろに乗る。
「わたしだって、ちょっと休んだらまた暴れるのよ……!だから、わたしだけ仲間はずれはダーメ……♡だから伝令さん……コンサート会場に連れてって……?」
「アリエル……!どうか……無理はしないで。」
アリエルはいつもの不敵な笑みを浮かべ、ジョアンナの前から遠ざかっていく。
その勇気づけられる笑みが、彼女の最期のものにならないかと恐怖してしまう。
しかしジョアンナは彼女に背を向け、大きく息を吸い込む。
そして、アーサーJr.達の元に駆け出した。
今は、迷っている暇などない。
強い黒騎士といえば、FE蒼炎の漆黒の騎士。
(彼の剣エタルドが)アーサー王物語ともゆかりがありますが、この話では別に関係ありません。ただ無茶苦茶に強いキャラのイメージは、彼に染められているかもです。
でも味方キャラ達は、同時期にプレイしていたユグドラ・ユニオンの影響を受けてます。
当時プレイ中にあった、ユグドラ以外の掘り下げももっと見たかったなあという思いが、なぜかこういう形で出力されています。




