学祭戦記、夏 ― 2つの秘密
『な…なんだそれは…』
それは 俺の右腕に"装着"してあった
黒く 無機質な "腕"
「当時の1番の研究テーマ―それがロボット兵器 そして武器としての義手義足の開発だ」
辺りに響く俺の声は ひどく無機質な感じがした
『そんな…そんなこと発表されてないぞ!!』
「当たり前だろ わざわざおおっぴらにバラす必要がどこにある?
"兵器"の開発なんだぞ?」
『………』
「俺は…あの事件で全てを失った
施設で働いていた両親も 右の手足も…
何度も思ったさ 何故自分は"生き残ってしまったのか"ってね
いっそあのとき死んでいれば―幼かった俺はいつもそう考えていた」
まるで世間話をするような口調で すらすらとあの時の想いが口から零れる
「身寄りも 利き腕も 利き足も なにもかもない
当時から趣味だった機械いじりも 腕を失ったことでできなくなった
失ったものはなにもかも戻らないと思っていた…あの人に出会うまでは」
『あの人だと?』
「その人は俺の故郷である日本区で俺を迎えた
そして日本にいた技術者の協力のもと 施設で研究していた義手義足の試作品を完成させた…それがこいつだ
いまでは本物の手足と全くかわらない
…毎日メンテナンスが必要なことを除けばな」
『だから…だからなんなんだよ!!
だいたいそんなの信じれるかっ!!』
「…まだ現実から目を背けるのか?」
『なん…だと?』
「まだ貴様は現実から逃げるのか と聞いている
不幸を嘆いて何になる?何が変わる?何か変わったか?」
『う…うるさいっ!!』
「貴様が不幸?…確かにな
何が不幸かも知らずに立ち止まっているだけで何もしようとしない
自分自身を見失っていること自体が不幸なんだよ!!
いい加減目を覚ませっ!!!!」
『黙れっ!!てめぇらなんかの話が信用できるかよ!!
世の中綺麗事だけじゃどうにもならねぇだろうが!!』
そう叫んだ犯人は人質にしていたユキを突き放した
犯人の目が潤んでいるように見えたのは気のせいではないはず
…あと一押しだ
『信じれねぇ…わかんねぇ…わかんねぇよ…
"いまさら"どうしろってんだよー!!!!』
そう叫んだ犯人は大粒の涙を流し 腕を振り下ろした
思いっ切り
まだ倒れているユキにむかって
「ひっ…」
ガッ
鈍い音が耳元で響いた
「…まだ 貴様は自分の不幸を嘆くしかできないのか?」
『な…な…』
刺さっていた
刃物が
俺の"右腕"に
「貴様はこれでも俺の話が信用できんのか?
刃物が刺さった"俺の腕"から血はでているか?」
犯人は口をあけたまま目を見開いているだけで 何も言わない
いや 何も言えない の方が正しいか
「確かに死んだ両親は戻って来ない
…だが 一度失った手足は再び手に入れることができた
…貴様の失ったものは…貴様次第で何度も手に入れることができる 違うか?」
『な………』
男の腕から力が抜ける
「貴様は自分の不幸を嘆くばかりで何もしなかった…昔の俺のようにな
変わろうと思えば変われるものだ
立ち止まっている限り 何も変わらない
歩き出せば…また違う景色が見れるのではないのか?」
『あ…あぁ……ああっ…』
男が刺した刃物を俺の腕から抜いた
男は膝を付き 涙の止まらない顔を手で覆っていた
「だがな…世界は残酷だ
しかしそれも万人に共通すること」
倒れたまま呆然としているユキの手をとり男に告げる
「それでも…貴様はもう一度"生きる"ことができるか?」
男は何度も何度も頷く
それを見た本多は男にもう片方の手を差し延べる
冷たい 血の通ってない"腕"
男は涙を拭い 両手でその手を掴む
「…まずは罪滅ぼしをしてこい」
「あぁ…そう…だな」
「それとだな 貴様はこの学園を根本的に理解していない」
「…どういう…ことだ?」
本多がふん と鼻を鳴らし 後ろで呆然と立ち尽くす数人の役員を一瞥して言う
「この学園はな…生徒のほとんどが孤児だ」
「な…んだと…!!」
「全員ではないがな そして俺たちを引き取った人物こそがこの学園の学園長」
「それは…つまり…」
「ここは巨大な孤児院のようなものだ」
「それが…あの人…?」
俺は答えない 答えるまでもない
「…そう…か… お前らのほうがよっぽど絶望を知ってるわけか…」
「だがな ここにいるヤツらのほとんどが自分を不幸だなんて思ってねぇ」
「…それはなぜ?」
「ふん…俺は先程答えを言ったがな」
「"世界は万人に共通して残酷"か…」
「それだけじゃない 俺たちは皆"生きている"からな」
「そう…だな… 俺は…やり直せるだろうか…?」
「…何度も同じことを言わせるな」
「そう…だな」
後ろから肩に手を置かれる
「ようやくシャッターが開いたぜ…
本多…お疲れ様…だな」
「会長か…なに 昔話をしただけだ」
「さすが…だな …後は俺たちでやっておこうか?」
「あぁ…まだやることがあるからな
それと腕の修理と」
「…無理はするなよ」
「ふっ 安心しろ」
「さて…んじゃ行くか」
長谷川は数人の役員と 学園中を騒がせた2人の男を連れて屋上を後にした
すでにあたりは闇が支配していた