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星の丘学園戦記  作者: 東雲 暁星
学園戦記、夏
65/91

学祭戦記、夏 ― 交渉人本多の事件簿


階段を駆け上がる





…ハセ君に頼られてるんだ!!



私が頑張らなくちゃ!!





そう意気込んで 勢いよく屋上に飛び出したはいいが―



「…あれ 本多君…?」



そこに 彼はいた





「俺に任せろ」



「でっ でも…」



「俺に 任せろ」





…なんだろう?


どこか いつもの本多君と違う気がする…



雰囲気というか…なんというか…



「わ わかった…」



だから 頷くしかなかった




――――――――――――――





俺が1歩2歩と犯人に歩み寄る





「来るなっ!!こいつがどうなってもいいのかっ!!」



そう言って突き付けている刃物を強調する



さすがに危害を加えられたら困る



だから俺はいったん立ち止まり



「ユキ 聞こえるな」



と マイクに向かって言った



「お前のイヤホンマイクを 犯人に付けさせろ」



その指示に一瞬場がざわついた



だが たしかにそれは犯人との交渉には必要不可欠



それを理解した他の役員が固唾をのんで見守る





舌打ち混じりで犯人は俺の言う通りにユキからイヤホンマイクをひったくり 自分に付けた





『…これで満足か クソガキ』



明らかに敵意の篭った声が鼓膜を揺らす



「上出来だ 褒めてやろう」



それを軽く受け流し わざと挑発するように言う



交渉術―というか話術で大切なものは 相手を思い通りに誘導することだと思ってる



「では聞こうじゃないか 貴様の言い訳とやらを」



そして 相手を思い通りに操るには 冷静さを奪う必要がある



『言い訳だと…?』



「あぁ そうだとも

犯罪に手を染めた哀れな人間の無樣な言い訳だ

それともなんだ?理由もなく貴様は罪を犯してるのか?言い訳も用意できんほど残念な脳ミソなのか?」



『てめ…!!』



とは言え 冷静さを奪いすぎて暴れられても困るからほどほどにしなければ





「言うのか?言わないのか?」



明らかに俺は犯人を挑発しているように見えるだろう



だがしかし理由がある





要は―カウンセリング



形は強引だが 誘導して相手に話をさせる



そしてその話をもとに相手を説得するのだ





確かに もっと強引に―つまり殴り合いで終わらせることも俺ならできる



だが それはしたくない



なにより―俺はこいつが根っからの悪者には見えない



感情的になって起こした犯行



それならば説得の余地があるし―なによりこいつのためだ



だから俺は賭ける



僅かでもいい…こいつの理性に!!







『これだから…

これだから絶望も知らずにぬくぬくと育ったてめぇらは…!!

いいだろう…教えてやるよ!!』



そして男は語りだした



『俺はな…ついこの前までは平凡に過ごしてたんだよ…

会社でもな 確かに出世街道を突っ走ってたわけじゃねぇが うまくやってた

家庭も同じだ ごく普通に妻子と暮らしてた』



なるほど ありがちだな



…もしかするとこいつ―



『…だが それは急に訪れた

クソ社長のせいで会社が倒産した』



男は削れるほど強く歯に力をいれているようだ



ぎりぎりという音がイヤホンから響く





やはりこいつ…この前の事件の関係者か





『…その日 家に帰って俺を出迎えたのは妻子じゃなくてアパートの大家だった

世間を騒がせている問題の会社に"勤めてた"ヤツなんかに住んでてほしくないからでてけだとよ…』



男がここまで話すうちに

たいていの役員は男を襲った不幸を理解していた





ついこの前起きた事件



この日本区だけでなく 世界規模で損害が出た事件



おそらくこの男はその会社に"勤めていた"のだろう




そしてそのせいで妻子からも世間からも見放されたと そう"勘違い"してると





『アパートの部屋のものは全て勝手に処分され

地味に貯めてきた貯金は妻が持ち逃げ…

残ったのはあの時着ていたこの服だけだ…!!

それから俺は数日間さ迷い続けた!!

ろくに食事も摂れずに ただひたすら自分の死に場所を探してな!!』



男がだんだんと声を荒げていった



誰も口を挟まずにただひたすら聴き入る



『そしたらどうだ!?

貴様らは世間での出来事なんて何も知らず 楽しそうにぬくぬくと生活してやがる!!

何の苦労も知らずに!!毎日食事を与えられ!!幸せに過ごしてやがる!!

…だから壊してやるんだよ!!

絶望なんて知らない貴様らに 俺と同じ絶望を味わさせてやる!!』





男の悲痛な叫びは静かな学園中に響いた





…誰も何も言えなかった







俺以外は





「終わりか?」





『な…っ!?てめぇ…いまなんて!?』



「貴様のくだらない演説は終わったのかと聞いている」



『くだらないだと…!!

これだから絶望を知らないガキは―』



「はっ 絶望!?

貴様のどこに そんな絶望する要素がある?」



『なん…だと!!』



「その程度で悲劇の主人公気取りか?

…笑わせるなっ!!!!」





それは 誰にも聞かせたことのない叫び声





『てめぇ…何が言いてぇんだよ!!

てめぇに俺の気持ちがわかるのかよ!?』



「貴様の気持ちだと?

そんなもん…わかるわけねぇだろうが!!」



『はっ…そうだろ?

なのになにを偉そうに―』



「"その程度"で絶望を語る貴様の気持ちなど理解できんわ!!

貴様は自分が世界で一番不幸だとでも思ってるのか?」



場が静まり返る





「…昔話をしてやろう」



『昔話…だと?』



「今からちょうど…10年前だ

世界中を震撼させたひとつの出来事が 北アメリカ大陸で起きた」



この話を口にするのは何年振りだろうか…



誰も何も言わずにただ聞き入っていた





10年前の北アメリカ大陸での出来事…





APU第2軍事研究施設爆破テロ





死者500人超





生存者…1人





公式発表でそうなっている今世紀最大のテロは 多くの命を奪った





『それが…どうしたってんだよ』



犯人が俺を睨む



「わからんか?

その唯一の生存者が目の前にいるんだぞ?」



半ば自嘲気味に言う



周りからは驚きの声があがる



『はっ…そんなでたらめ 誰が信じるかよ!!』



そうだ そう簡単には信じれない





…俺だって 信じたくない




俺が唯一の生き残りだなんて







「…本邦初公開だ しかとその目に焼き付けるがいい」





そう言って俺は 夏でも毎日必ず身につけている長袖上着を脱ぎ 右手にはめている 二の腕まですっぽり隠れる手袋を外した







今度こそ 全員が息を呑んだのがわかった




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