学祭戦記、夏 ― 救世主は従僕
非常ベルが鳴り響く
「渋谷 てめぇ…!!」
元凶の胸倉を思いっ切り掴み上げる
「待て…俺は知らんぞ!!」
しかし 渋谷本人も動揺しているようだ
「な…に!?お前じゃねぇのかよ!!」
つまり 渋谷じゃない…!!
くそっ どうなってんだよ!!
なんで急に非常ベルが!?
『だっ…代行!!』
するとイヤホンから役員の叫び声が
「いったい何があった!?」
『そっ…それが…刃物を持った謎の男が附属棟に…!!
現在人質を連れて附属棟を移動中です!!』
「なっ…!?」
刃物…?
人質…?
謎の男…?
「暴徒じゃねぇのか!?」
『はいっ!!身なりのちゃんとしない中年男性
…人質はユキさんです!!』
は…?ユキだって…!?
いや だって…ユキは自分の部屋で気絶してるはずじゃ…
まさか…起きたのか!?
「サヨ!!聞こえるか!!」
『あ…うん ハセ君?』
「さっきの聞こえてたよな?
いますぐユキに電流流せ!!」
人質が人質としての機能を果たさなければ犯人は人質を解放せざるを得ない
『そっ…それが…スイッチ部屋に置いてきちゃった…』
「なっ…まじかよ…」
『ご…ゴメンね』
「いや…電流を流すのは危険だろう」
「なっ…渋谷?」
「あれを見ろ」
そういって手枷に収まっている腕で指差す
附属棟の屋上を
「…そうか 確かにな」
そこにはちょうど校舎から出てきた犯人とユキがいた
そのあと数人の役員が屋上に出てくる
「急に気絶させたら 反動等で刃物が首を裂く可能性が高い」
くっ…確かにその通りだ
ユキも刃物のせいでいつものバカ力を使えないでいるようだし…
…正直かなりヤバい
非常ベルが鳴ったことで 各棟を繋ぐ渡り廊下がシャッターで閉鎖されているから 俺が直接附属棟の屋上に行くのは無理か…
いや待てよ…
俺にもできることがあるじゃないか…!!
俺は思い出したように胸元から黒い塊を取り出して見つめる
「ほう…ゴム弾か?」
「あぁ…そうだ」
「まさかとは思うが―ここから狙撃でもするつもりではないだろうな?」
「…悪ぃかよ」
「バカを言え!!この距離だぞ!?
素人の腕で当たるわけがない!!
それに もし人質に当たったらどうする?
そもそも犯人に当たったとしても―」
「じゃあどうしろってんだよ!!」
渋谷の他人行儀な説教に やり切れない想いが爆発した
「お前は俺に 大事な仲間のピンチなのに指くわえて見てろって言うのかよ!!」
「落ち着け長谷川!!
いまお前がわめいたところで何も変わらないだろうが!!
お前のすべき事は他にあるだろうがっ!!」
「くっ…どうしろってんだよ…!!」
どうする?
どうすればいい?
俺は何をすればいいんだ…?
本当に俺はここでただ指をくわえてることしかできないのか…!!
俺が直接出向いて犯人を説得することさえできれば…解決の糸口になるかもしれないのに…!!
犯人に直接………直接?
…そうだ もしかしたら!!
「サヨ!!お前まだ附属棟にいるのか!?」
『あ うん そうだけど…?』
勝機…見つけた!!
「屋上に向かってくれ!!」
『…ええっ!?』
「…俺の代わりに 犯人の説得に行ってくれ」
『で…でもっ…!!』
「いま附属棟の屋上にいる奴らじゃ無理だ…行ってくれ!!
お前なら…できる!!」
『う…わかった』
…頼んだぞ サヨ!!
「もっと適任者がいたんじゃないのか?」
しかし 渋谷が口を挟んできた
「な…適任者だと?誰だよ」
「ふっ あいつだよ」
そう言って再び附属棟の屋上を指差す
そこには…
俺の最も信頼している役員が
「…ははっ 捕らわれの暴君女王を救う騎士―…いや 隷属の登場か」
思わず冗談めいた台詞が出る
「ははーっ ナイスシチュエーションだな」
渋谷の口からも冗談が洩れる
あいつなら安心だ…
頼んだぞ…本多!!