学園祭準備編 ― 影が薄いとは言わせない
「ふぅ…」
生徒会室から逃げるように学食へ来たもののとてもじゃないが食欲がない…
あんなものまで送り付けられるとは…
これはもうプライド云々の問題じゃない
俺の意地ってモンをナメきった暴徒共に見せ付けてやりたい
けど…どうやって…?
カラン と
目の前のアイスティーに浮かぶ氷がグラスを叩く音が響く
それは他の生徒の喧騒に掻き消されずに俺の耳に響いた
いまこの世界に俺と目の前のグラスしかないような―そんな錯覚に陥っていた
…その錯覚も いまは聞きたくない声に掻き消されたが―
「どうしたというのだ?同志長谷川よ
このようなところで油を売るとはとうとう降参か?」
「…敵方のトップの前にのこのこと現れるとは お前も堕ちたな 渋谷」
「それを言うなら仮にも生徒会側のトップがこんなところにひとりで無防備に絶賛鬱状態になっている方が悪いのでは?」
「ちっ…」
あぁ 渋谷の言う通りさ…
「おい 長谷川ー
せっかく親友の俺らが励ましに来てやったのにそれはないんじゃないの?」
「なんだ タケも居たのか」
こいつ 久しぶりに会った気がするな…
「俺には気付いてなかったのかよっ!!
それって酷くねー?
酷くね?長谷川ちゃーん」
「寄るな キモいぞ」
「ガーン!!
せっかく励ましに…」
「はいはい ありがとな
俺ならこの通り大丈夫だから」
「…虚勢を張るとは そこまで堕ちたか 同志よ」
「…なんとでも言えよ
所詮俺は負け犬だ…」
「長谷川…」
「見損なったぞ…!!
いったい俺の知っているMy同志はどこへ行ったのだ!?」
「…いまの俺はお前らとバカやってた頃の俺じゃねぇんだよ」
でも…確かにこんなのいつもの俺じゃない…
そんなことくらい…わかってるのに
「なにを言うか!!
俺と!!武田と!!
校内を共に駆け回り生徒会のぐず共を相手に暴れ回った日々を忘れたのか!!
目の前の物事だけを考えて後先考えずに無茶を繰り返す!!
それがお前の真の姿ではないのか!?」
「………」
あぁ…そういえば…
あの頃は楽しかったな…
目の前しか見えてなくて…
バカやタケと無茶苦茶やってさ…
校内駆け回って
そのときが楽しけりゃなんでもよくて
後先考えずに無茶してさ…
…後先考えずに?
目の前のことだけ…?
目の前の…こと…
いま 俺が やるべきこと…
「………」
カラン と
再び氷がグラスの中で踊る
その音で俺の中の何かが目を覚ましたような気がした
忘れていたあの頃の自分
おもむろに立ち上がると椅子が派手な音を立てて倒れた
「長谷川…?」
タケが何か言った気がしたけど何て言ったのか気にならなかった
「はっ…俺も堕ちたな…」
俺はひとこと呟いて歩きだす
「…ありがとよ」
喧騒もなにも聞こえない
ただ さっきのバカの台詞が俺の脳内を駆け巡り 心を埋め尽くしていた
「なぁ渋谷…これでよかったのか?」
「無論だ
奴が本気にならねば張り合いがなくて困る」
「ははっ まぁな
ま 当日は俺も暴れたいしさ」
「安心しろ 武田
もう奴は本気になったから当日は楽しめるぞ
お前が最高に目立てるようなシナリオも用意済みだ」
「おう サンキュー
まぁあいつが本気になっても勝つのは俺達だけどな」
「なにを 当然だろ?」
「…で 渋谷」
「どうした?」
「これどうするよ?」
「ふむ アイスティーか
残すのももったいないから飲んでしまえ」
「だよな ラッキー」
賑やかな学食に武田がアイスティーをすする音が響いた