『行って帰ります』
ある少女がいた。山奥の田舎に住む女子中学生で、そこら辺にいる子と何ら変わらない普通の子。
しかし、一点だけ違う点がある。それは、家を出る際の挨拶だ。
普通の家庭では、「行ってきます」というのが普通だろう。しかし、その子は『行って帰ります』と言う。
それは、今は亡き少女の祖母から言われた言葉。
「『行ってきます』って言うのは良くないよ。だって、お前は行って『帰って』来なくちゃいけないんだから。
だからね、明日からは『行って帰ります』って言いなさい。そしたら、私も安心できる。お前が家にちゃんと帰ってくるって。」
だから、その子は小さい頃から毎朝『行って帰ります』と言う。
この日もそうだった。いつもの通り、明るい笑顔で『行って帰ります』と言う少女。
しかし、帰ってきた時の少女の「ただいま」はいつもより少し元気が無かった。
その日からだった。いつもは元気よく言っていた『行って帰ります』もどんどん元気がなくなっていく。
しまいには、家を出る時に何も言わなくなってしまった。
さすがにおかしいと感じた少女の母親は、少女に
「○○、最近どうしたの?あんなに元気に言っていた『行って帰ります』も言わなくなったし。何か、あったの?」
と、問いかけた。
少女は、母親の言葉を聞いて一瞬、何かを言おうとしたように思えたが、結局
「……何言ってるの、お母さん!私が元気ないなんてそんなわけないじゃん!私は大丈夫だよ!」
と、作ったような笑顔で言うだけだった。
少女の母親はこの言葉を聞いて、今聞いても何も言わないだろう、と判断し
「そう。なら良かったわ。私の勘違いだったみたいね。」
と、言った。
少女は、一瞬悲しそうな、懇願するような目をしたかのように思えたが、すぐに笑顔で
「……そうだよ!私は大丈夫だから!もう部屋行くね!」
と、2階へ走り去っていった。
翌朝になると、まるで昨日までが幻だったかのように元気に『行って帰ります』と言って、登校していく少女。
それを見た母親は、一安心し、気のせいだったと思い直した。
そして、1ヶ月後。先のやり取りを忘れるには十分な月日がたった頃。
少女は元気よく『行ってきます』と言う。
少女の母親は、一瞬何かがおかしいと思いながらも、朝の家事に忙殺され、その引っ掛かりは手ですくった水のようにすり抜けていく。
結局いつものように「行ってらっしゃい」と返す母親。
その様子を寂しそうに見て、家を出ていく少女。
思えば、この時が、少女の母親の、いや、「私」の最後の機会だったに違いありません。
愛しい愛しい「私」の娘が自分で命を絶ってしまう、それを止める最後の機会。




