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decide decide darling part2

***********


今日は、妹がごめんなさいね。

普段はあんな子ではないのだけど。無理もないことでもあるの。


ユーフィリアは、私達が結婚した年にアクア子爵と婚約したの。西王国に嫁ぐ私に代わる、総領娘としてね。

とても美しくて、不実な男性だったわ。

妹と関係持ちながら、別の女に目移りして、夜会の最中に婚約破棄を宣言したのだから。

醜聞にまみれ、居場所を失った妹は、未来の女侯爵の権利を手放した。国にいられなくなった妹を、我が家に呼んだのは私よ?


片目を失ったのは、その道中だった。

金品目当ての強盗に襲われたって処理されたけど、その中に公爵家の従者がいたの。あなたのお父様の部下だった人。

妹の証言だけで、証拠はないわ。

訴えようにも、あなたのご両親はとっくに王都を追放されていたし、あの子の妊娠も発覚して、それどころじゃなくなった。

結局は、泣き寝入りね。


ただね、エレオノーラ。あなたは何一つ悪くない。

妹にはあなたの両親を憎む資格があるけど、罪のないあなたを責める権利はないのよ。

西王国と東王国で別れて生まれた兄妹が、デルタ共和国の学園で再会して、恋に落ちるなんて、誰が予想できたかしら。

あなたはとても素敵な女の子だし、朴念仁のジルには勿体無いくらい。

でもね、わかってほしいの。近親婚だけは認められないと。



**********



伯母の告白に、エレオノーラは何度も何度も頷いていた。時折「ごめんなさい」としゃくりあげながら。

伯母はエレオノーラを抱きしめて、「あなたは悪くない。何も悪くないのよ」とくりかえした。


翌日、エレオノーラは東王国行きの蒸気機関車で、故郷に帰った。

見送った僕と伯母に、何度も何度も頭を下げて。

車窓で笑ってくれたけど、出発してからは、きっと泣いていたと思う。


列車が出発して、見えなくなっても、汽笛が聞こえなくなっても、

僕はホームに立ちつくしていた。

雨でもないのに視界がにじんで、伯母から無言でハンカチを渡された。

あの時の彼女は、正しく母親だったと思う。



母の方は、ひとしきり暴れて気を失ったらしい。そのまま10日ほど高熱にうなされた。

うわごとで呼んでいたのは、エレオノーラの父親の名前。

エレオノーラに出会う前の僕だったら、アクア子爵夫妻を憎んだだろう。

だけど、エレオノーラを傷つけ、自分も傷つけながら、男への執着を捨てきれない母親を、もう無条件で被害者とは思えなかった。



家族のゴタゴタで新学期を10日も遅れて登校すれば、エレオノーラは退学して修道院に入所していた。

戒律の厳しい、女子修道院に。

寮に届いた手紙には、両親の所業に対する謝罪、母への労わり、伯母への感謝、僕への愛がしたためられていた。


エレオノーラはおっとりしているけど時々お転婆で、たまにとんでもない行動力をみせる。


話し合う隙間もなかったけど、あのときの僕は、あの時の彼女に、何が言えたのだろう。




やがて僕も、休学届を出して寮から飛び出した。

一方の話だけで物事を判断するのは早計だ。まずは東王国に入国した。

アクア子爵の評判は、西海岸地方では「婚約者がいたのに奥様に惚れて、勘当されたんだってサ。領主様も突っ走ったネ」で、それ以外は「公衆の面前で婚約破棄をして侯爵令嬢を辱め、卑しい娘と結ばれた愚かな公子」だ。


母は「公衆の面前で婚約を破棄された、失意の令嬢」「心を壊して、外国に移住された」「レイズ公爵は、従兄弟が継いだ」あたりで情報が止まっている。

「破落戸に右目を潰された」「西王国で子どもを産んだ」って噂は聞かない。至って普通に、過去の人になっていた。



旅をする前、東王国に抱いていた印象は「敬虔な宗教国家」だった。

実際は、西海岸地方だけが開放的で、それ以外は旅人には親切だが、余所者を受け入れない排他的な共同体だった。

あとは、噂以上に、オッドアイへの迫害が酷かった。

立ち寄った宿場町で、ボロをまとった親子が石を投げられていた。

「悪魔の親子だ! お客さん、店に隠れて!」と、善良そうな店員に襟首を掴まれ、言葉を失った。

デルタ共和国ほどは多くないけど、西王国でもオッドアイは珍しくない。ファッションモデルも、普通にいる。


全世界で警戒される魔眼持ちは100%オッドアイだが、オッドアイの全てが魔眼持ちなわけがない。

西王国やデルタ共和国では、全ての国民と入国する外国人に、血液検査を義務づけている。万が一魔眼でも、未発動なら手術すれば視力を失うことなく、普通の生活を送れるからだ。

発動した痕跡があれば目を潰され、子どもは矯正施設に連行され、大人は厳罰を受ける。

東王国だけは、血液検査も手術も宗教的な理由で禁じられている。だから、オッドアイをまとめて迫害する。

「王都は綺麗だけど、人が好きじゃない」と言ったエレオノーラの気持ちが、わかる気がした。



秋が深まる頃、その王都にたどり着いた。

赤やオレンジの屋根に、古い煉瓦の街並み。

紅葉した落葉樹が、美しく街を彩っていた。

大小の教会がいっせいに鳴らす正午の鐘に、宗教国家らしい荘厳さを覚えた。


貴族学園に赴き、ダメもとでエレオノーラの弟に面会を申し込むと、驚くほどあっさり許可がおりた。


リベラリーノ・アクアは、背の高い少年だった。エレオノーラと同じピンクブロンドを短く刈っていて、いかにも騎士科の訓練生らしい風貌。


彼は、僕の母が魔眼持ちのオッドアイだと言った。

魔眼って。

侯爵家の惣領娘が? もはや国家機密では? 


彼の話は衝撃的というか、いろいろ常識を覆されたけど、誰を信じたらいけないかは、なんとなく予想がついた。


エレオノーラと僕の血縁は、調べてみれば結果は歴然で。

信じてはいけない人間に、生物学上の母が加わった。


侯爵家の総領娘が、魅了と隷属の魔眼を使うリスクを知らないはずがない。

西王国でもデルタ共和国でも、使用者に厳罰が下ることも。

魔眼を失わずに西王国に来たら、関所で捕まっていただろう。

西王国は、東王国以上に魔眼の亡命に目を光らせている。鑑定技術も段違いだ。当然、身元引き受け人の叔父夫婦も罰せられていただろう。


だから、これは憶測にすぎないけど。

母は、故意に襲われたのではないか?

リベラリーノ曰く「昔も今も、ヤツは母さんにしか興味がない。ユーフィリアが魔眼持ちだと、西王国でバレたら? 処刑ならともかく、強制送還されたら? 自分と妻の生活に、最も邪魔な女が戻ってくる? どうする? そうだ、国外移住を成功させよう。……てか?」


ふざけた口調だけど、多分そんなところだったと思う。

アクア子爵は、母の魔眼を告発していない。隷属で褥に侍らされた被害者なのに。てことは、魔眼によって何かしらの恩恵を受けたってことだ。


母は何を思って、僕をアクア子爵の息子にしたのだろう。

不貞を隠す為? 

避妊薬を飲んでいると知らなければ、時期的に不可能ではなかったから? 

わからない。でも、なぜだろう。本人から話を聞いたとしても、理解できる気がしない。


完璧な貴婦人だと思っていた母親像は、あの夏の日に破壊されたままだ。

尊敬し、敬愛を捧げた貴婦人は、どこに消えたのだろう?

刺繍を刺す指も、病気の夜に感じた枕元の気配も、お菓子を配る洗練された所作も、間違いなく存在したのに。




冬鳥の群れが、空を横切ってゆく。故郷では見ない鳥の群れ。

北の帝国は、日暮れが早い。

まだ昼過ぎなのに、もう夕景の前触れだ。

防寒着が防寒着の役目を果たさなくなってきた。


診断書は、もう一部コピーを取ってある。

実家に、コーラル家に送るべきか。正直、迷った。


コーラル家では、僕とエレオノーラは異母兄妹ということになっている。

エレオノーラは修道院だし、リベラリーノの言う通り、「終わったこと」なのかもしれない。

口では厳しいことを言っても、結局、伯母は妹に甘い。エレオノーラを慰めた手で母の肩を抱き、「貴女のせいではないのよ」と彼女を慰めるだろう。


でも、伯母一家が信じている「子どもを孕んだ状態で婚約破棄され、醜聞を避けて姉の嫁ぎ先に身を寄せ、道中ならず者に右目を潰された悲劇の令嬢」は、いなかったのだ。


実際のユーフィリアは、「執着に耐えられなくなった婚約者に浮気され、国を出る前に魔眼を潰させた犯罪者」だ。


叔母たちにも、真実を知る権利がある。

同時に、今更それを知る必要があるのかとも思う。

知れば、僕たちはまたひとつ楽園を失うだろう。


だけど、どうして、罪から生まれた罪のないエレオノーラだけが、自らを裁かなくてはいけないのだろう。

どうして、罪を隠して被害者を装う犯罪者が裁かれない?

エレオノーラの両親よりも深い罪から生まれた僕は、何をしたら許される?


誰に許されたい?

生まれてしまったことを、神に? コーラルの家族に?

それとも、エレオノーラに?



数日悩んで、鑑定書の入った封筒をポストに落とした。

宛先は、西王国で弁護士をしている従兄の事務所だ。伯爵家に直接送れば、誰の宛名でも隠滅されるだろう。宛先を事務所にした時点で、僕はもうあの人を信じていない。


母が隠していたこと、騙していたこと、守ろうとしたものを全てではないけれど断片的に知って、怒りや軽蔑、一生ぬぐえないであろう不信感を抱いた。


だが、子として母を愛していないかといわれたら、それも肯定できない。

僕や伯父家族に向けた優しさは、おそらく偽りじゃない。

エレオノーラの母親への傷害教唆や暴行未遂も、彼女の娘に湧いた殺意も。愛した男や祖国の貴族を、魔眼で従属させた魔性も。僕の父とも関係しながら、婚約者だった男を父と偽った保身も。姉さんたちに所作や刺繍を教えた貴婦人も。僕の成長を喜び、慈しみ、涙した母性も。その全てを内包した女性が、ユーフィリア・レイズなのだろう。


だからこそ、あの人は裁かれるべきだ。


彼女を愛し庇護した姉を、その夫を、その子どもたちを騙した罪を。

悲劇のヒロイン像を偽り、罪のないエレオノーラを傷つけた罪を。

その自己顕示欲を。強欲を。甘えを。 

司法ではなく、愛する人たちだけに、断罪されるべきだと思う。


本当の意味で、犯した罪悪から解放される為に。




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[一言] めちゃめちゃいいです……! 最終話を楽しみにしております。
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