decide decide darling part2
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今日は、妹がごめんなさいね。
普段はあんな子ではないのだけど。無理もないことでもあるの。
ユーフィリアは、私達が結婚した年にアクア子爵と婚約したの。西王国に嫁ぐ私に代わる、総領娘としてね。
とても美しくて、不実な男性だったわ。
妹と関係持ちながら、別の女に目移りして、夜会の最中に婚約破棄を宣言したのだから。
醜聞にまみれ、居場所を失った妹は、未来の女侯爵の権利を手放した。国にいられなくなった妹を、我が家に呼んだのは私よ?
片目を失ったのは、その道中だった。
金品目当ての強盗に襲われたって処理されたけど、その中に公爵家の従者がいたの。あなたのお父様の部下だった人。
妹の証言だけで、証拠はないわ。
訴えようにも、あなたのご両親はとっくに王都を追放されていたし、あの子の妊娠も発覚して、それどころじゃなくなった。
結局は、泣き寝入りね。
ただね、エレオノーラ。あなたは何一つ悪くない。
妹にはあなたの両親を憎む資格があるけど、罪のないあなたを責める権利はないのよ。
西王国と東王国で別れて生まれた兄妹が、デルタ共和国の学園で再会して、恋に落ちるなんて、誰が予想できたかしら。
あなたはとても素敵な女の子だし、朴念仁のジルには勿体無いくらい。
でもね、わかってほしいの。近親婚だけは認められないと。
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伯母の告白に、エレオノーラは何度も何度も頷いていた。時折「ごめんなさい」としゃくりあげながら。
伯母はエレオノーラを抱きしめて、「あなたは悪くない。何も悪くないのよ」とくりかえした。
翌日、エレオノーラは東王国行きの蒸気機関車で、故郷に帰った。
見送った僕と伯母に、何度も何度も頭を下げて。
車窓で笑ってくれたけど、出発してからは、きっと泣いていたと思う。
列車が出発して、見えなくなっても、汽笛が聞こえなくなっても、
僕はホームに立ちつくしていた。
雨でもないのに視界がにじんで、伯母から無言でハンカチを渡された。
あの時の彼女は、正しく母親だったと思う。
母の方は、ひとしきり暴れて気を失ったらしい。そのまま10日ほど高熱にうなされた。
うわごとで呼んでいたのは、エレオノーラの父親の名前。
エレオノーラに出会う前の僕だったら、アクア子爵夫妻を憎んだだろう。
だけど、エレオノーラを傷つけ、自分も傷つけながら、男への執着を捨てきれない母親を、もう無条件で被害者とは思えなかった。
家族のゴタゴタで新学期を10日も遅れて登校すれば、エレオノーラは退学して修道院に入所していた。
戒律の厳しい、女子修道院に。
寮に届いた手紙には、両親の所業に対する謝罪、母への労わり、伯母への感謝、僕への愛がしたためられていた。
エレオノーラはおっとりしているけど時々お転婆で、たまにとんでもない行動力をみせる。
話し合う隙間もなかったけど、あのときの僕は、あの時の彼女に、何が言えたのだろう。
やがて僕も、休学届を出して寮から飛び出した。
一方の話だけで物事を判断するのは早計だ。まずは東王国に入国した。
アクア子爵の評判は、西海岸地方では「婚約者がいたのに奥様に惚れて、勘当されたんだってサ。領主様も突っ走ったネ」で、それ以外は「公衆の面前で婚約破棄をして侯爵令嬢を辱め、卑しい娘と結ばれた愚かな公子」だ。
母は「公衆の面前で婚約を破棄された、失意の令嬢」「心を壊して、外国に移住された」「レイズ公爵は、従兄弟が継いだ」あたりで情報が止まっている。
「破落戸に右目を潰された」「西王国で子どもを産んだ」って噂は聞かない。至って普通に、過去の人になっていた。
旅をする前、東王国に抱いていた印象は「敬虔な宗教国家」だった。
実際は、西海岸地方だけが開放的で、それ以外は旅人には親切だが、余所者を受け入れない排他的な共同体だった。
あとは、噂以上に、オッドアイへの迫害が酷かった。
立ち寄った宿場町で、ボロをまとった親子が石を投げられていた。
「悪魔の親子だ! お客さん、店に隠れて!」と、善良そうな店員に襟首を掴まれ、言葉を失った。
デルタ共和国ほどは多くないけど、西王国でもオッドアイは珍しくない。ファッションモデルも、普通にいる。
全世界で警戒される魔眼持ちは100%オッドアイだが、オッドアイの全てが魔眼持ちなわけがない。
西王国やデルタ共和国では、全ての国民と入国する外国人に、血液検査を義務づけている。万が一魔眼でも、未発動なら手術すれば視力を失うことなく、普通の生活を送れるからだ。
発動した痕跡があれば目を潰され、子どもは矯正施設に連行され、大人は厳罰を受ける。
東王国だけは、血液検査も手術も宗教的な理由で禁じられている。だから、オッドアイをまとめて迫害する。
「王都は綺麗だけど、人が好きじゃない」と言ったエレオノーラの気持ちが、わかる気がした。
秋が深まる頃、その王都にたどり着いた。
赤やオレンジの屋根に、古い煉瓦の街並み。
紅葉した落葉樹が、美しく街を彩っていた。
大小の教会がいっせいに鳴らす正午の鐘に、宗教国家らしい荘厳さを覚えた。
貴族学園に赴き、ダメもとでエレオノーラの弟に面会を申し込むと、驚くほどあっさり許可がおりた。
リベラリーノ・アクアは、背の高い少年だった。エレオノーラと同じピンクブロンドを短く刈っていて、いかにも騎士科の訓練生らしい風貌。
彼は、僕の母が魔眼持ちのオッドアイだと言った。
魔眼って。
侯爵家の惣領娘が? もはや国家機密では?
彼の話は衝撃的というか、いろいろ常識を覆されたけど、誰を信じたらいけないかは、なんとなく予想がついた。
エレオノーラと僕の血縁は、調べてみれば結果は歴然で。
信じてはいけない人間に、生物学上の母が加わった。
侯爵家の総領娘が、魅了と隷属の魔眼を使うリスクを知らないはずがない。
西王国でもデルタ共和国でも、使用者に厳罰が下ることも。
魔眼を失わずに西王国に来たら、関所で捕まっていただろう。
西王国は、東王国以上に魔眼の亡命に目を光らせている。鑑定技術も段違いだ。当然、身元引き受け人の叔父夫婦も罰せられていただろう。
だから、これは憶測にすぎないけど。
母は、故意に襲われたのではないか?
リベラリーノ曰く「昔も今も、ヤツは母さんにしか興味がない。ユーフィリアが魔眼持ちだと、西王国でバレたら? 処刑ならともかく、強制送還されたら? 自分と妻の生活に、最も邪魔な女が戻ってくる? どうする? そうだ、国外移住を成功させよう。……てか?」
ふざけた口調だけど、多分そんなところだったと思う。
アクア子爵は、母の魔眼を告発していない。隷属で褥に侍らされた被害者なのに。てことは、魔眼によって何かしらの恩恵を受けたってことだ。
母は何を思って、僕をアクア子爵の息子にしたのだろう。
不貞を隠す為?
避妊薬を飲んでいると知らなければ、時期的に不可能ではなかったから?
わからない。でも、なぜだろう。本人から話を聞いたとしても、理解できる気がしない。
完璧な貴婦人だと思っていた母親像は、あの夏の日に破壊されたままだ。
尊敬し、敬愛を捧げた貴婦人は、どこに消えたのだろう?
刺繍を刺す指も、病気の夜に感じた枕元の気配も、お菓子を配る洗練された所作も、間違いなく存在したのに。
冬鳥の群れが、空を横切ってゆく。故郷では見ない鳥の群れ。
北の帝国は、日暮れが早い。
まだ昼過ぎなのに、もう夕景の前触れだ。
防寒着が防寒着の役目を果たさなくなってきた。
診断書は、もう一部コピーを取ってある。
実家に、コーラル家に送るべきか。正直、迷った。
コーラル家では、僕とエレオノーラは異母兄妹ということになっている。
エレオノーラは修道院だし、リベラリーノの言う通り、「終わったこと」なのかもしれない。
口では厳しいことを言っても、結局、伯母は妹に甘い。エレオノーラを慰めた手で母の肩を抱き、「貴女のせいではないのよ」と彼女を慰めるだろう。
でも、伯母一家が信じている「子どもを孕んだ状態で婚約破棄され、醜聞を避けて姉の嫁ぎ先に身を寄せ、道中ならず者に右目を潰された悲劇の令嬢」は、いなかったのだ。
実際のユーフィリアは、「執着に耐えられなくなった婚約者に浮気され、国を出る前に魔眼を潰させた犯罪者」だ。
叔母たちにも、真実を知る権利がある。
同時に、今更それを知る必要があるのかとも思う。
知れば、僕たちはまたひとつ楽園を失うだろう。
だけど、どうして、罪から生まれた罪のないエレオノーラだけが、自らを裁かなくてはいけないのだろう。
どうして、罪を隠して被害者を装う犯罪者が裁かれない?
エレオノーラの両親よりも深い罪から生まれた僕は、何をしたら許される?
誰に許されたい?
生まれてしまったことを、神に? コーラルの家族に?
それとも、エレオノーラに?
数日悩んで、鑑定書の入った封筒をポストに落とした。
宛先は、西王国で弁護士をしている従兄の事務所だ。伯爵家に直接送れば、誰の宛名でも隠滅されるだろう。宛先を事務所にした時点で、僕はもうあの人を信じていない。
母が隠していたこと、騙していたこと、守ろうとしたものを全てではないけれど断片的に知って、怒りや軽蔑、一生ぬぐえないであろう不信感を抱いた。
だが、子として母を愛していないかといわれたら、それも肯定できない。
僕や伯父家族に向けた優しさは、おそらく偽りじゃない。
エレオノーラの母親への傷害教唆や暴行未遂も、彼女の娘に湧いた殺意も。愛した男や祖国の貴族を、魔眼で従属させた魔性も。僕の父とも関係しながら、婚約者だった男を父と偽った保身も。姉さんたちに所作や刺繍を教えた貴婦人も。僕の成長を喜び、慈しみ、涙した母性も。その全てを内包した女性が、ユーフィリア・レイズなのだろう。
だからこそ、あの人は裁かれるべきだ。
彼女を愛し庇護した姉を、その夫を、その子どもたちを騙した罪を。
悲劇のヒロイン像を偽り、罪のないエレオノーラを傷つけた罪を。
その自己顕示欲を。強欲を。甘えを。
司法ではなく、愛する人たちだけに、断罪されるべきだと思う。
本当の意味で、犯した罪悪から解放される為に。






