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bitter bitter brother



落葉樹がいっせいに紅葉して、王都が赤と金色に染まる頃。

珍しく父から手紙がきた。そして、確信した。


こいつの脳みそ、母さんへの保身しかネェ!



俺の父親をひとことで表現するなら、色気虫(イロケムシ)だ。

顔が良いというより、フェロモンがすげえ。

10人女がいたら8人は股開くんじゃねえのってくらいだ。

本人は母さんだけに執着してるから、こっちの記憶に残ってる範囲では問題起こしてねーけど。


その色毛虫は、王弟の息子なんて御大層な身分に生を受け、15歳で中原地方の豪族レイズ侯爵家の総領娘と婚約を結んだ。

王弟は一代公爵だから、力のある家に嫁がせ、婿入りさせることで子どもたちの生活を守ろうとしたのだろう。


婚約者だったユーフィリア・レイズは、秋の妖精のような人、なんだよな?

澄んだ空色の瞳。紅葉した楓のような、鮮やかな赤毛。写真でしか見たことないけど、俺からしたら「趣味じゃない美人」だ。正直でゴメン。


とにかく父は、『西のはずれから来た田舎子爵の娘に惑わされ、中原の侯爵になる未来を棒に振った』のだ。

領地じゃえらく豪遊してるけど、王都ではそういう話になっている。そうでなければ、東王国貴族たちの面子がたたないしな。


尤も、そうでなければならないことを覆したくなるのが、父の性分なんだろうけど。


アクア子爵に入婿した父は、血筋にふさわしい才覚を発揮した。

まずは、特産品『砂桃』の開発。

砂地で育った果実は口当たりがなめらかでみずみずしく、瞬く間に国内外に広がった。

特に、気候の似ているデルタ共和国や西王国東部で爆発的に売れた。育て方を教える為、視察団を領地に招いた。

東王国王宮仕込みの華麗なパーティーでお偉方をもてなし、土地の者に頼んで開かせたビアガーデンで従者たちを歓迎した。

こうして、鄙びた漁場しかなかったアクア子爵領は、外貨によってしっぽり潤ったってわけだ。


とはいえ、国内の観光客はさほど増えなかった。

西海岸地方は、オッドアイが多いからな。

西王国人のあんたからしたら、オッドアイが『悪魔の目』だなんて、時代錯誤も甚だしい偏見だろう?

でも、東王国じゃ、それが常識なんだ。俺やエレオノーラ姉さんが育った西海岸地方だけが、例外でね。

外国人との混血がすすんでるから、オッドアイの子どもなんて年々増加している。

結果、地理的にも民族的にも独立国家みたいな様相になってるのは、あんたが見てきた通りだ。


俺と姉さんは、温和な気候と住民たちに守られて、のびのび育った。

姉さんは、あの新しくて美しい海街の申し子だ。

瞳に映る全てのものが、美しくて善いものだと信じているような。

父さんの実家がある王都は好かなかったけれど、「お父様とお母様が身分違いの恋をしたから、居辛いんだ」と納得していた。


でも俺は、10歳になる頃には何かが違う、と思うようになっていた。

絶対に会おうとしない祖母。いないものとして扱う叔父や叔母たち。話しかけると目を逸らすいとこたち。追放が明けた年から新年の晩餐にだけ呼ばれ、末席で放置される父と姉と俺。

大叔父にあたる陛下には、会ったこともない。

祖父からは、デビュタントは地元でやれと厳命された。

わかりやすい冷遇だ。


王都用の服も酷かった。小動物のように愛らしい姉さんが、野暮ったいだけの田舎娘に見えた。

浜辺で悪戯をしては漁師にぶん殴られ、タダ働きを強いられ、最後には焼き魚をご馳走されて育った俺が、モヤシみたいに貧相に見えた。


でも、なぜか身の危険を感じない。感じなさすぎる。

これは、誰に向けたパフォーマンスだ?

遠巻きに嘲笑され、肩身を狭く見せることで、俺たちの身の安全が守られている???

と、こっそり父に聞いたら「お前は王都に進学しなさい。留学しなくても、大丈夫そうだから」とニッコリされた。

母を守る仲間に、認定されたともいう。

いいけど。別に。つうか、姉さんも守れよ。むしろ、姉さんを心配しろよ。主に、父親(オマエ)が遺伝させた色気をって思った。


俺はまあ、進学先の貴族学院でも、わかりすく冷遇されてきたよ。

同級生じゃなくて、親と同世代以上の教師たちにな。

良い成績をとればカンニングを疑われ、グループ発表は俺だけ評価なしの満点。

若い先生は抗議してくれたし、クラスメイトもおかしいと言ってくれたけど。あと、校外の文具店に画材を買いに行ったら、なぜか繁華街で遊興していたことにされていた。

とにかく、俺は優秀ではいけない。ダメな人間でなければいけない。レイズ公爵家の名誉を汚した男の息子だから。


王都にいる年配の貴族に限って、頑なにそれを信じている。


試しに、領地経営科から騎士科に移籍したら、嫌がらせが止まった。騎士科は両親が卒業してから新設されたコースだからだろうな。教師は両親より若く、戦闘に慣れた辺境地方の猛者ばかり。

逆に、領地経営科の教師は、父がいた頃から教鞭をふるっていたベテランが多い。


さて。問題です。

学園の教師たちや、王都の重鎮たちに俺ーーーというか、アクア子爵家の血族への冷遇を願ったのは、誰でしょう?


なんて、答えを知ってる人間に聞くのも、意地が悪いよな。


ていうかさ、この問題はけっこう根が深くてさ。

全体からしたら、俺がされてきたことなんて、大した問題じゃないんだよ。


本来、この国に生まれたオッドアイは、まともに太陽の下を歩けない。貴族に生まれた日には、捨てられてるか殺されるのが普通だ。

では、なぜは()()()()()()()()()は、生かされた?

王弟の息子との婚約を許された? 


彼女だけが、特別だった理由は?


20年前の日記や手紙。その他の膨大な資料。これらは、父が信用する若い従者によって手渡しされた。

父からの指令は、無茶振りここに極まれりだ。


『君の父親がユーフィリア・レイズ侯爵令嬢の純潔を奪い、名誉を汚し、破落戸を雇って右目をくり抜かせた罪を通報し、彼女の魔眼を詳らかにせよ』


いや待てクソ親父。

捨て身が鮮やかすぎるわ!


あんたも知っての通り、オッドアイが悪魔の目だなんて、迷信にすぎない。

それが本当なら、西海岸地方は悪魔だらけになる。

子供をみれば飴をくれるおばちゃんも、港のドラ猫に餌をやる漁師も、占いより恋愛相談をアテにされることが悩みのインチキできない占い師も、みんな悪魔になってしまう。

けど、悪魔の目を持つオッドアイなら、存在する。

目を見た人間を魅了し、従わせる魔眼の持ち主ならば。

実の話、宗教裁判で処刑されるのは魔眼を持たないオッドアイで、魔眼持ちが裁かれたことなんか、ナイと思う。

訓練された僧侶たちさえ魅了して、味方につけてしまう。それが魔眼だから。


断言されたかないだろうが、あんたの母は、ユーフィリアは、魔眼持ちだ。

絵姿に書かれた空色の瞳は、半分嘘だ。不成者に襲われて失った片目は、金色だった。

魔眼もちの侯爵令嬢は、大陸全土で禁じ手とされる魅了と隷属を使った。

それが自分の婚約者ひとりなら、問題だけど問題ない。浮気した父が悪いし。

では、()()()()は?

いつ、どこで、誰に、何の為に使った? 

誰の指示で?

こんなにも、レイズ家と王家に都合の良い治世は、いつから始まっている……?


なんてね。

あえて問うまい。藪蛇はごめんだ。

父が婚約中に不貞をやらかしたのは間違いないし。

ユーフィリアが、魅了による既成事実を作ってでも繋ぎ止めたがったのも、わからなくはない。

 

父は隷属の魔眼は受けたけど、精神を支配する魅了はあまり効かないらしいよ。魔眼も長時間は持たなかったって。

王族の血筋ってことなんだろうな。幸か不幸か。


つまり、俺たち家族に対する東王国貴族の冷遇は、強力すぎる隷属魔眼の残照ってことだ。

ユーフィリアが国を出た後に生まれた世代は、その影響を受けていない。だから、領地経営科で歴代最低の落ちこぼれが、騎士科で普通の評価を貰えた。俺に関しては、もうそれでいいよ。



父の罪を暴けば、隠されていたユーフィリアの魔眼が詳らかにされる。

なぜ今更それをするかっていったら、母さんが激怒したから。

姉さんと恋人が異母兄妹じゃないって証明できなきゃ、許してもらえそうもないから。ようは、母さんに嫌われたくないってだけの話なんだよ。

酷いだろ? 実の親なんだぜ? そいつ。

真実の愛に狂った恋愛バカだからね。愛が全てだからね。他もハイスペックだから、素人は真似しちゃダメだけどな?


父は、ユーフィリアに奉仕を命じられた日以降、強力な避妊薬を常用していたそうだ。最初に関係を持った時の子なら、15ヶ月以上胎内にいたことになってしまう。

じゃあ誰の子かっていったら、わかんないけど。

心当たりなら、ある。あんたと似たヤツがいるんだよ。顔は違うんだけど、髪の色と髪質とか、骨格とか、歩き方とか。あと、後ろ姿。

公爵家の家臣の子で、親は若い頃に父さんの従者をしてた。髪の色が同じで身長が近いから、有事の身替わりを担当してたらしいよ。


なんかもう、ドロドロだな。オイ。



てわけで、裁判なんかくそくらえだ。

なんで父が元婚約との間に子どもはいないって証明する為に、姉さんが不名誉をかぶらなくちゃなんだよ?

爛れた日記や、ユーフィリアからの不幸の手紙(ラブレター)は、燃やす。

近く上爵するから、ついでに名誉も回復したいんだろうよ。色毛虫の名誉なんか、どーでもいーわ。


この国じゃ、魔眼持ちが魅了や隷属を行使したら、目をくり抜かれて追放されるんだよ。

つまり、ユーフィリア・レイズはとっくに裁かれて、処罰済みってこと。今更掘り返す必要、ねーじゃん。


とにかく、父の身内は当時の権力者だったレイズ侯爵に忖度していた。むしろ、父をユーフィリア専属の男娼として売ったっていやー、売ったともいえる。


父がアクア子爵領を富ませたのも、公爵家やレイズへの復讐だったのかもな。今や、アクアの資金力はレイズを上回っている。デルタや西王国の海軍とも懇意にしてるから、実質的な軍事力もな。

あの色気虫が、やられっぱなしで黙ってるタマかっての。


それに、父が純然たる被害者で、ユーフィリアだけが加害者だなんて思ってない。日記なんて、盛りとミスリードと虚実のマリアージュだろう。

当時、ユーフィリアの魔眼を暴けば、もっと簡単に母と結婚できたはずだ。そうすれば、今ほど無駄に家族が冷遇されることもなかっただろう。なのに、しなかった。つまり、公爵家や王家、レイズ家と、なんらかの取引きが、旨味があったんだろうね。


あんたの母親に限らず、女を狂わせる種の色気が、あの人にはある。間違いなく存在する。

そこが遺伝した姉さんに、あんたが参ったのもわかる。


呪いだな。血の。


それでも、俺個人はあんたを義兄さんって呼びたいんだけどね。

実の兄でも、まあいーけど。

そっちも可能性がないわけじゃないし? 本当に毎日避妊薬を飲んでいたかなんて、わからないだろ。

そーゆーとこ、ほんと貴族だから。あの人。


あんたの母親は、父に執着して、魅了と隷属をばら撒いて外堀を埋めて、自分のものにしようとした。同時に、あんたの父親とも関係を持った。他にも男がいたのか、俺の父が用意したハニートラップだったのか。あんたの父親がユーフィリアに恋慕していたか。それはわからん。

母に惚れた父は、容赦なくたらしこんでテメーの人生に巻き込んだ。母も、婚約者のいる色気虫に好かれて舞い上がった。

本当にこれ、どいつもこいつもワガママなだけの茶番なんだよ。

あんたと姉さん以外に、どこに被害者がいるんだって話だよ。

なんでその被害者が、身内の裁判で不名誉をかぶらなくちゃなわけ?


てわけで、これは俺からの餞別。デルタ港から帝国行きの旅券と、公爵(ジジイ)からぶんどった姉さん分の生前贈与の小切手。


この国じゃ認められてねえが、西王国じゃ親子鑑定とか兄妹鑑定とか、フツーなんだろ? なら、受けてきてくれよ。帝国製が1番信憑性高いらしいよ。ラボまで行けば、倍率ドン。さらに倍だとさ。

あんた、姉さんの髪は持ってるだろ?

そこの御守りに入れてるんじゃね? あんたら、ロマンチックの匂いがするから。


タヌキと色気虫とお花畑×2の魑魅魍魎だけど、俺は家族が好きだよ。あんたを引き取った叔母夫婦たちも、良い人なんだろうなって思う。


けど、あんたの母親とは、仲良くなれないと思う。

あんたの母やレイズにとっては、俺たちは加害者のままでいい。負けてやるつもりはないが、掘り起こす必要もない。

さっきも言っだけど、俺からしたらどっちもどっちで、生まれる前に終わったことだから。


あんたが母親を信じて、小切手とチケットをパクってもかまわないよ。エレオノーラ姉さんからの慰謝料だと思ってくれたらいい。



あと、もっともっとシンプルな感想なんだけど。



罪から生まれた罪のない子どもたちには、罪から解放される権利が、幸せになる権利が、あるんじゃねえの?





ま、俺からはそんなとこかな。

デルタ修道院は、入ったら3年は還俗できないけど、手紙のやりとりならできるし。お花畑の植替えには、ちょうどいいんじゃねえの? お互いに。


3年後を、楽しみにしてるよ。真実の愛ってヤツを、拝ませてくれるんだろ? 義兄さん。




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