表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

maladroit maladroit mother


「ユーフィリア・レイズ! 貴様との婚約を破棄する! そして私はこのアンナマリー・アクアと婚約し、真実の愛をつらぬくことを、ここに誓う!」


この言葉を思い出すと、心が奮い立つ。

どんな困難も乗り越えられると誓える、魔法の言葉。

夫と喧嘩した夜も、義父母の使いから離縁しろと手紙を得た昼下がりも、この言葉に救われてきた。


夫は王弟を父に持つ公爵家の未子で、国王を伯父に持つ公子さまだ。

15歳の秋に、中原の侯爵レイズ家への婿入りを定められた。

婚約者だったユーフィリア・レイズは、侯爵家の次女だ。

年の離れた長女が西王国の貴族に嫁ぐことになり、慌てて拵えたという噂の総領娘。

婿入り先を探していた夫とユーフィリアの間に、愛はない。

だから、遠慮なく愛し合うことができた。

私は国境の西海岸に領地を持つ子爵の娘で、夫の婿入り先としては少々身分が追いつかない。


だけど、愛があれば大丈夫って夫は笑った。

実際、私たちの結婚生活は、順風満帆だ。


夫があの言葉を告げたのは、学園のアーリーサマーガーデンだ。

古めかしい言葉で「卒業式」ともいう。


ユーフィリアは、真っ青な顔で「何故?」とうめいた。


「貴様は、アンナマリーを虐げ、私物を壊し、虐げ、女子生徒たちと交流させなかった」


「婚約者のいる男性に粉をかけた女が受ける、当然の報いです」


「殺人未遂と強姦未遂がなければ、な」



夫と恋仲になって、私は女の子の友達を失った。

わたしと仲良くしていると、持ち物を壊され、服を汚され、クロークや寮の私室を荒らされるからだ。

私自身も、盛りだくさんだった。お茶に毒。クローゼットに蠍。道を歩けば馬車がつっこんできたし、お手洗いに入ると同時に誘拐されかけた。

ひとりになったら殺されるからと、夫は私を片時も離さなくなった。


「そんな悪辣な女と、結婚などできるか! こんな婚約は、破棄だ! その瞳、なんと忌々しい! 二度と私にかかわるな!!」


ユーフィリアは空色の瞳が美しい美人だ。

だけど夫は、常々その目を忌々しいと言っていた。

夫から「内緒だけど、あれは悪魔の目だ』と教えられた。

彼女は、左目が空色で右目が金色のオッドアイらしい。目立つ右目を、特殊なレンズで隠しているんだとか。


郷里の西海岸地方を除く東王国全土で、オッドアイは「悪魔の目」と忌み嫌われている。

オッドアイがさほど珍しくない西海岸育ちには、理解できない偏見だ。

西海岸地方は外国人や観光客が多いから、オッドアイは「ちょっとめずらしいかな」ってくらいだ。大勢はいないけど、忌み嫌われる理由になるほど少なくはない。


逆に王都のあるハイランド地方には、1000人にひとりもいないらしい。ハイランド教会ではあからさまに「悪魔の目」と忌避されている。

西海岸の僧侶はそんなこと言わないけど。それを言っては、お布施が集まらなくなるからだろう。


とにかく、この騒ぎがもとで、夫とユーフィリアは破局した。

ユーフィリアの両親が怒るのは、しょうがないけど当たり前だ。でも、それ以上に義父母が激怒した。


ほとんど勘当に近かったし、陛下からは「アクア領で婚姻を結び、むこう10年は王都への出入りを禁止する」と、ゆるく追放されてしまった。私の両親は、蝋人形みたいに真っ白になった。


夫は、私と結婚してからしばらく情緒不安定になった。

「悪魔の目が、こんなにあるなんて」と。

いつしか「左が薄青、右が金目のオッドアイだけが、悪魔の目」と言い出すようになって、心の安定を取り戻した。


夫を連れて領地に戻った私は、あれ以来王都を訪れていない。

あんな冷たい街は大嫌いだし、未だにわたしを目の敵にする義父母も相容れない。

ユーフィリアの侯爵家に婿入りさせれば、お金がたくさん入ったから? そこに夫の幸せはあるの?


私にとっての幸せは、夫が私を愛してくれたこと。名誉と富の象徴だったユーフィリアを捨てて、私との愛に生きる人生を選んでくれたこと。


侯爵家に婿入り予定だったあの人は、子爵家をびっくりするくらい富ませてくれた。

いまや、経済成長率は王都の3倍。税金が安くて住みやすいって、移住者も多い。

息子は男の子だから、王都に進学するしかない。でも、のびのび育った娘がいじめられたら嫌だから、領地でデビュタントを祝い、デルタ王国への留学を決めた。

本人も、それでよかったみたい。

夏休み直前に手紙がきて、会って欲しい人がいると報せてきた。

外国人の恋人を、見つけたらしい。


だけど、娘の恋人は来なかった。

理由を聞いたら、「別れた」と。

そんなの納得できない。食い下がったら、酷い目で睨まれた。


「お父様とお母様の所為だわ」と。


娘はそのまま寮に戻り、残りの夏休みを寮ですごした。

娘の恋人は、ジル・コーラル。

西王国の内務官を輩出してきた伯爵家の四男だ。

母親の伯爵夫人が東王国出身らしいけど、30年も昔に嫁いだ女性に面識はない。


だけど、なぜだろう。嫌な予感がする。


夫に相談したら、「エレオノーラを袖にした男なんか、こっちから願い下げだ。それを、親に向かって八つ当たりするなど」と、怒りを露わにした。


私も、そう思う。


だけど、2週間後に届いた手紙には、恐ろしい因果が記されていた。私の幸せが、砂上の楼閣だったことを知った。






お父様

お母様


突然のお手紙を失礼します。

私、エレオノーラは18歳の誕生日を持って学園を退学し、デルタ女子修道院に入所しましたことを御知らせします。


あなた方の罪が、許される日は訪れるのでしょうか。

私が、あなた方を許せる日は?


苦しいです。

嫌いになれたら、よかったのに。

許せない。でも、愛しています。


なぜ、と、お母様は思われるでしょうね。

でも、お父様はわかっているのでは?


私が、お義母様とお呼びしたかった女性の名は、ジョー・コーラル。東王国の貴族は、西王国に嫁ぐ際に短い名前に改名します。

嫁ぐ前の名は、ジョゼフィーヌ・レイズ。


お父様の婚約者だった女性の、お姉様にあたります。


ジョー様は、公衆の面前で婚約破棄された妹を、西王国に呼びました。その方は、酷い有様で保護されたそうです。

移動中の馬車を破落戸に襲われ、右目を潰されたと。

こんな酷い所業を、思いつく者こそが悪魔です。

しかも、彼女は婚約者だった男の子供を妊娠していました。

生まれた子はジルと名づけられ、コーラル伯爵家の4男として育ちました。


わたしが初恋の男性と結婚できなかった理由は、これでお分かりいただけたと思います。

さすがに異母兄妹では、ね。

わたしはコルセットを厭う革新派ですが、近親婚を願う革新派では、ありませんのよ?


ジルのお母様を不幸の底に陥れて、幸せでしたか?

幸せでしたよね。

でも、お父様。

あの方に、いかほどの罪があったのでしょうか?

恋愛感情があってもなくても、婚約者が浮気をすれば苛立ちます。笑って許せとでも? 結婚して3年間子どもが授からなかったわけでもないのに? 


確かに、お母様は無傷ではなかったでしょう。辛い思いをされたでしょう。

だけど、婚約者のいる男性と身分違いの恋を貫くとは、そういうことでは?


そもそも、お母様を愛しながら、どうして婚約者だった方の純潔を奪ったのでしょうか。

どうして、お母様だけを愛さなかったのでしょうか。

不潔です。

婚約者だった方を欲望の吐口にして、都合が悪くなったから捨てたのでしょうか。単に、お母様の方が具合がよろしかっただけ?


以上は、被害者側の証言です。

お父様が、かの方を害した証拠はありません。

先進国で承認された親子鑑定が東王国で認められるまでには、何十年もかかるでしょうね。厳格な宗教国家にありがちなしがらみです。

知らないと、言いがかりだと、言い張れば通るでしょう。

お父様は、ハッタリが得意ですから。

被害者側も、加害者を訴えようとは思っておりません。二度と関わりたくないが、本音でしょう。


ただ、罪から生まれた罪なき子が、異母兄妹と結ばれる罪を避けたかっただけ。


真実の愛とは、かの方の家族にあります。

私たちの家には、虚像の愛しかありません。


ご存知ですか? 悪魔はオッドアイに宿りません。

悪魔は、血に宿るのです。

私が愛した方と、そのお母様を不幸にした男を、殺してしまいたい。不能にして、両目を潰したい。

悪魔の娘は、悪魔にしか育たないのですね。


学園を退学し、修道院を終の住処に選んだのはこんな理由でございます。


どうか、連れ戻そうなんて思わないでくださいね。





エレオノーラ・アクア


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ