放課後の帰り道、貴方の見る私はどう見える?
冬の寒い日の夕方
放課後の帰り道で、私は少し前を歩く彼の背中を見つめていた。
何度同じ背中を見つめていたかは数えていない。
だけど、私よりも大きな背中を見ているだけで、私の心の中は満たされていく。
「ねえ」
と私が声を掛ければ彼は少しムッとした表情でこちらを振り向く。
「何でもない」
次に私がそう続けると、彼はそれを予測していたようにため溜息をついて前を向き直す。
こんなやり取りを何度もしているけど、彼にとっては退屈なのかもしれないし、面倒に思っているのかもしれない。
でも、私はこんなやり取りをするだけで楽しくて、嬉しくて、心が暖かくなっていく。会話にすらなっていないこの行為が、私と彼の間をつなぐ糸を増やすよだった。
繰り返せば繰り返すほど、私の時間と彼の時間が共有されていくみたいで、学校から家までの短い時間が、私の長い一日で一番の時間。
学校で友達といる時のような明るく楽しい時間でもなく、家族といるときのような安心する時間でもない。
自分の顔が赤くなっているのを隠すように少し下を向いて、自分の心臓の鼓動を感じて、彼を見つめる、そんなまどろみの時間。
「ねえ」
とさっきと同じように、今日までと同じように、私はまた彼に声を掛ける。
何度も同じことをしているのに、彼は嫌そうな表情をしても振り返ってくれる。
そんな彼を見て、急に不安になってしまった。
こんなやり取りを彼はもしかしたら本当に面倒だと、嫌がっているのかもしれない。
頭の中でそんな考えが出てきてしまったからだ。
「やっぱり……何でもない」
絞り出すように言う。
彼は何も言わずにまた前を向いて歩き始める。
その変わらない彼の反応を見て、私は安堵して、嬉しくなって、また少し不安になる。
こんなことを繰り返して彼はどう思っているのだろか、本当に心から嫌がっているのだろうか。迷惑になっていないのだろうか。
出来ることなら彼から見た私がどう映っているのかを知りたい、どう思っているのかを知りたい。
でも、知ってしまえば今の関係が戻ってこないような気がして、何度振り払っても溢れてくる考えが私の心を締め付けていく。
私の心は限界なのかもしれない。
彼の背中を見つめれば見つめるほど、私の声に振り返ってくれる彼を見るたびに。
私の中で彼が大きくなっていく。私の世界を彼という存在が侵していく。
いっそのこと、私の世界が彼一色に染まっていけばいいのかもしれない。
そうすれば、余計なことを考えなくて済むかもしれない。
彼に、私がどう見えているのか。
彼が、私を見てくれなくなったら。
彼が、私を見ていなかったら。
彼が、私の言葉に耳を傾けてくれなくなったら。
私のいる場所に、明日は別の人が立っていたら。
こんなことを考えず、ただ彼だけを見て、彼のためだけの私でいることができたらと、そう思ってしまう。
でも、そう思うことができない。
彼に私の声を聴いてほしい。
彼に私の姿を見てほしい。
彼に私の手を握ってほしい。
彼に私を知ってほしい。
私のことを、好きだと。言って欲しい。
私欲的で、我儘で、そんな一人よがりな願い事。
こんな私を見たら、彼はどう思うのだろう。
気持ち悪がられちゃったりしちゃうのかな。
どんどんと自分の世界が黒く染まっていくようだった。
不意に彼から声が掛けられる。
いつの間にか、彼とお別れするいつもの場所に付いていたようだった。
彼がサヨナラと言って私の家とは違う、彼の家路を進み始める。
暖かかった彼の背中が急に冷たく感じられてしまう。
彼の大きな一歩が、小さくなる背中が、私の心を強く、締め付けていく。
「ねえ!」
思わず大きな声を出してしまう。
彼は少し驚いたようにこちらを振り向く、あまり見ることのできない表情に少し嬉しくなってしまった。
「ま、また明日……」
先の言葉を用意していなかった私が言ったのは別れの言葉。平凡で、日常的な言葉。
呼びかけた大きな声と正反対な小さな声になってしまい、慌ててしまう。
聞こえなかったのかもしれない、そう思い彼を伏し目がちにみる。
どうやら私の小さな声はしっかりと届いていたようだった。
彼は少し笑い、また明日と答えてくれた。
そしてまた背中を見せて歩き始める。
どんどん小さくなっていく背中からは冷たさではなく、また暖かさを感じることができた。
彼の背中が見えなくなり、私は大きく息をした。
いつかこの気持ちを彼に伝える時が来るかもしれない。
その時までは、彼の背中を見つめていたい。
ずっと熱を持っていた頬に、冷えた自分の手を当てる。
ひんやりとした感覚が気持ちよくて。
胸の中はまだまだ熱いけど、それが心地よかった。
「……好きだよ」
そう言える日が、来るといいな。