表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

放課後の帰り道、貴方の見る私はどう見える?

作者: とがの丸夫

 冬の寒い日の夕方

 放課後の帰り道で、私は少し前を歩く彼の背中を見つめていた。


 何度同じ背中を見つめていたかは数えていない。

 だけど、私よりも大きな背中を見ているだけで、私の心の中は満たされていく。


「ねえ」


 と私が声を掛ければ彼は少しムッとした表情でこちらを振り向く。


「何でもない」


 次に私がそう続けると、彼はそれを予測していたようにため溜息をついて前を向き直す。

 こんなやり取りを何度もしているけど、彼にとっては退屈なのかもしれないし、面倒に思っているのかもしれない。

 でも、私はこんなやり取りをするだけで楽しくて、嬉しくて、心が暖かくなっていく。会話にすらなっていないこの行為が、私と彼の間をつなぐ糸を増やすよだった。


 繰り返せば繰り返すほど、私の時間と彼の時間が共有されていくみたいで、学校から家までの短い時間が、私の長い一日で一番の時間。

 学校で友達といる時のような明るく楽しい時間でもなく、家族といるときのような安心する時間でもない。


 自分の顔が赤くなっているのを隠すように少し下を向いて、自分の心臓の鼓動を感じて、彼を見つめる、そんなまどろみの時間。


「ねえ」


 とさっきと同じように、今日までと同じように、私はまた彼に声を掛ける。

 何度も同じことをしているのに、彼は嫌そうな表情をしても振り返ってくれる。


 そんな彼を見て、急に不安になってしまった。

 こんなやり取りを彼はもしかしたら本当に面倒だと、嫌がっているのかもしれない。

 頭の中でそんな考えが出てきてしまったからだ。


「やっぱり……何でもない」


 絞り出すように言う。

 彼は何も言わずにまた前を向いて歩き始める。

 その変わらない彼の反応を見て、私は安堵して、嬉しくなって、また少し不安になる。


 こんなことを繰り返して彼はどう思っているのだろか、本当に心から嫌がっているのだろうか。迷惑になっていないのだろうか。

 出来ることなら彼から見た私がどう映っているのかを知りたい、どう思っているのかを知りたい。


 でも、知ってしまえば今の関係が戻ってこないような気がして、何度振り払っても溢れてくる考えが私の心を締め付けていく。

 私の心は限界なのかもしれない。


 彼の背中を見つめれば見つめるほど、私の声に振り返ってくれる彼を見るたびに。

 私の中で彼が大きくなっていく。私の世界を彼という存在が侵していく。


 いっそのこと、私の世界が彼一色に染まっていけばいいのかもしれない。

 そうすれば、余計なことを考えなくて済むかもしれない。


 彼に、私がどう見えているのか。

 彼が、私を見てくれなくなったら。

 彼が、私を見ていなかったら。

 彼が、私の言葉に耳を傾けてくれなくなったら。

 私のいる場所に、明日は別の人が立っていたら。


 こんなことを考えず、ただ彼だけを見て、彼のためだけの私でいることができたらと、そう思ってしまう。

 でも、そう思うことができない。


 彼に私の声を聴いてほしい。

 彼に私の姿を見てほしい。

 彼に私の手を握ってほしい。

 彼に私を知ってほしい。

 私のことを、好きだと。言って欲しい。


 私欲的で、我儘で、そんな一人よがりな願い事。

 こんな私を見たら、彼はどう思うのだろう。

 気持ち悪がられちゃったりしちゃうのかな。

 どんどんと自分の世界が黒く染まっていくようだった。


 不意に彼から声が掛けられる。

 いつの間にか、彼とお別れするいつもの場所に付いていたようだった。


 彼がサヨナラと言って私の家とは違う、彼の家路を進み始める。

 暖かかった彼の背中が急に冷たく感じられてしまう。

 彼の大きな一歩が、小さくなる背中が、私の心を強く、締め付けていく。


「ねえ!」


 思わず大きな声を出してしまう。

 彼は少し驚いたようにこちらを振り向く、あまり見ることのできない表情に少し嬉しくなってしまった。


「ま、また明日……」


 先の言葉を用意していなかった私が言ったのは別れの言葉。平凡で、日常的な言葉。

 呼びかけた大きな声と正反対な小さな声になってしまい、慌ててしまう。

 聞こえなかったのかもしれない、そう思い彼を伏し目がちにみる。


 どうやら私の小さな声はしっかりと届いていたようだった。

 彼は少し笑い、また明日と答えてくれた。


 そしてまた背中を見せて歩き始める。

 どんどん小さくなっていく背中からは冷たさではなく、また暖かさを感じることができた。


 彼の背中が見えなくなり、私は大きく息をした。


 いつかこの気持ちを彼に伝える時が来るかもしれない。

 その時までは、彼の背中を見つめていたい。

 ずっと熱を持っていた頬に、冷えた自分の手を当てる。


 ひんやりとした感覚が気持ちよくて。

 胸の中はまだまだ熱いけど、それが心地よかった。


「……好きだよ」


 そう言える日が、来るといいな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ