目指せ憧れの御朱印帳ッ!
厳密に言うとアフタヌーンティーというのは、発祥の地イギリスが一般的に夕食時間とされる夜の七時以降を観劇やオペラ鑑賞や夜の社交などにあてるため、その前に軽く食べておこう的な感じで始まったらしい。
まぁ、この21世紀の今、明るい日差しの下でそんな事を言っても「アフタヌーンティー警察の人ですか?」みたいに思われるだけだろうとは思うけど。
それに、ここで食べておかないと、この先で綸子がガス欠を起こすだろうし。
並んで坂を歩く綸子は、今は元気いっぱいだが油断はできない。
「わー、あれが旧イギリス領事館?……あ、猫いる猫ッ!」
少し坂を上がった所で瓦葺の城壁の建物が見え、綸子が駆け出して行く。
尻尾の長い黒猫が、石畳の上、門の入口でこちらを窺うように座っていた。
(全然変わってないな……)
建物としては意外とこじんまりとした雰囲気だ。
窓枠は青に塗られており、周囲の植え込みに合わせて落ち着いた空気が漂っていて、個人宅と言われても違和感がない。
とはいえ、やはりイギリス建築だからだか、植え込みなどの庭木には力が入っているのが見て取れる。
そこを塒にしているのか、数匹の猫が怖がる様子もなくゆったりと庭を横切っている。
「かわいー! あれ子猫だよね? 兄弟かな?」
しゃがみ込んで私のカメラでパシャパシャ撮りまくっている。
もう綸子に貸しっぱなしでいいか。
「ほら、入るよ」
「はーい」
満足したのか少女は素直に付いて来る。
門からまっすぐ進んだ石段を上がると、中は意外に暗い。
料金を払って二階に上がれば建物の見学ができるが、今日の目的は一階にあるティールームだ。
「おお、これがイギリス……」
幕末の日本人みたいな感想を漏らしながらサングラスを外し、綸子が中に足を踏み入れる。
入ってすぐの暖炉や中庭の見える大きなガラス窓、並んだテーブル、艶のある木の床----ここが私達の第一の目的地だ。
天井の照明も昔のイギリスっぽい。
大正時代に建てられたというから、そのころの雰囲気なんだろう。
ティールームは奥側と窓側に分かれていて、予約していた私達は窓側に通された。
窓側のイスと丸テーブルは籐で出来ていて、私と綸子は窓を向いて並ぶように座る。
日差しを受けた木々の緑の向こうに函館の街並みが見える。
「お待たせしました、ビクトリアンローズセットです」
「おお……これが……」
だからアンタは幕末の侍か。
一日限定10セットのメニューは、普通のアフタヌーンティーのセットよりも品数が多い。
ティーセットにスコーン、サンドイッチ、小さなケーキ(ムース?)にパウンドケーキ、クッキー。
もう普通に昼食でいいんじゃないってくらいテーブルの上で存在感を放っている。
「これが……イギリス……」
何やらブツブツ言いながら、少女は丸いスコーンを手に取る。
「あっつ!」
そういやここのスコーン、殺人的なくらいに熱いんだっけ。
本場に倣っているのかは知らない。
それでも果敢にジャムを塗り、かぶりついている綸子は嬉しそうだ。
「ふーこも食べて食べて」
「二人分だもん、食べるわよ」
そんなこんな言い合いながら、結局は綸子が三分の二くらいたべて、私は慎ましくキュウリのサンドイッチを齧った。
「あ、隣にお土産屋さんあるよ?」
「うーん、そんな買うようなモノあったっけ?」
ティールームの隣の売店には日傘だの時計だのアクセサリーだの置物だの、中にはイギリス関係ないだろうというようなものまであってなかなかにカオスだ。
「あ、猫の歯ブラシ立てだ、かわいー」
掌に乗るくらいの黒い猫の形をした歯ブラシ立てを見付け、綸子が声を上げる。
「これ二つ買おうよ?」
「二つ?」
ニコニコ顔で門を出る綸子に続いて私も旧イギリス領事館をでる。
とりあえず満タンになったようで、安心である。
「で、ここからどこ行くの?」
またサングラスをした綸子が函館山を見上げる。
「旅の安全祈願に、函館八幡宮まで歩きます」
「あ! 御朱印帳だね!」
そう、次の目的は、御朱印帳だ。
「さ、これから歩きまーす!」