やった!初めてのアフタヌーンティー!
地図を見ると分かる通り、函館の町はいたってコンパクトだ。
大きく分けると湯の川温泉エリアと函館山エリアがあり、その間を市電が繋いでいる。
だからその気になって頑張って回れば、昼頃に駅に着いたとしても、日が暮れるまでにはかなりの場所を巡る事ができる----物理的には。
「すごい! 本当に坂ばっか!」
市電を下りた綸子が坂の天辺、つまり函館山を見上げながら感嘆している。
それぞれの坂の上り口には坂の名前と由来が書いてあり、一つ一つに歴史がある事を教えてくれる。
「でもさ、みんな冬とか転ばないのかな?」
「うーん、こっちはあまり雪降らないからねぇ、私、昔は一時期函館に引っ越そうかなんて思ってた時期もあるんだわ。札幌よりあったかいし、海好きだし」
実はあのアパートを出て函館に住もうと本気で考えていた時期もある。
元カレの思い出が邪魔ではあるんだけど----。
「ふーこは港町とか好き系なんだ?」
「いや……猫多いからちょっとそういうのっていいなって……」
若い女の子のふんわりした憧れみたいで何だか恥ずかしくて、誰にも言った事はない。
ただ、特に何がしたいとかではないけれど、ここの海が好きだった。
あと、知り合いが誰もいないのも、私にとっては魅力的だった。
(新しい自分になりたい、的な……? って、言葉にすると結構こっ恥ずかしいな)
まぁそれだけの理由である。
ちなみに蕎麦も打てないし、パンも焼けない。
カフェをするほどコーヒーも好きじゃないしな。
函館が舞台の映画も観た事ないし。
でも、そんな私でも漠然と何か心惹かれるのが、この函館と言う街なのかもしれない。
「うーん、でもふーこの気持ちもすごく分かるなぁ、私もなんかこの街の空気、好き」
「そう?」
さて、広末町駅で降りると、駅の方から八幡坂、日和坂、というような良く名前を聞く坂が並んでいる。
商店や住宅街が並んでいるせいでさほど勾配を感じないのだが、実は結構体力を消耗する。
なので、函館のこのエリアはいかに体力を温存してどれだけの場所に行けるのかが勝負なのだ。
でも、綸子と一緒なら話は別だ。
もう夏になりかけの今、日差しの中をいきなり歩かせる訳にはいかない。
鴨島さんにも予定は余裕を持ってと言われてるし。
大事なのは、水分補給と甘い物、それから知らない街へ来たんだというちょっぴりセンチな高揚感----だと思う。
「それじゃ、まずは一息入れてから散策を始めましょう」
やはり平日のせいか、天気はいいのに人影は少ない。
それでも信号のある通りまで出ると、観光地らしい賑やかさが感じられる。
「どこ行くの?」
「アフタヌーンティーよ」
そう言うと綸子は坂の下で「やった!」と飛び跳ねた。