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その1 まずはドレスを選びましょう

衣裳舘は入口から割とすぐ近くにあった。


昔は何に使っていた部屋なのだろうか、存在を知らなかったら素通りしてしまいそうな、想像していたよりも小さな入り口だった。

見学客達もちらと目は向けるが、わざわざ立ち止まるような人はあまりいない。


(まぁ値段が値段だし……)


体験料大人一人2500円は決して安くはない。

けど、綸子のドレス姿が見られるなら今日の私は一万でも出す。


「……ここかぁ」


さっきまで元気に館内を歩き回っていた綸子が、ちょっとへっぴり腰になって中を覗いているのが、子供みたいで微笑ましい。


「……行く?」

「い、行く……って、これスリッパのままでいいんだよね?」


 きょろきょろしながら入ると、こじんまりとした受付に、さわやかなスマイルのお姉さんが二人。

 恰好は普通受付っぽい制服だ。


 そりゃそうか。


「体験ご希望ですか?」

「あっ、はい! 大人二人で!」


 奥行きのある部屋の両側には、着替え用の衣装がずらりとハンガーにかけられている。

 袴や羽織もあるけれど、やっぱり目を惹くのは当時のデザインのドレスだ。


「はい、それではまずお好きな衣装をお選びください。洋装の他に和装もございます。また、追加で千円お支払いいただきますと、アクセサリーや帽子、ティアラ、ミニブーケなど何点でもご使用できます」


「ティアラ!?」


 綸子のテンションが2段階くらい上がった。


「基本的にどのスポットでも撮影できますが、今日みたいなお天気でしたらやはりバルコニーでの撮影がベストかと思いますよ」


なんという澱みのない説明。

まさに立て板に水。


なんかゲームのチュートリアルで説明してもらってるみたいだ。


うーん、しかしここの貸し衣裳、思ってたよりも本格的で、種類も豊富だ。


(ああ、3着くらい着せたい……どれも似合いそう……)


 はいからさん的な袴も似合いそうかなと思ったけど、綸子はずっと洋装の方に張り付いたままだ。


「うー、ありすぎて選べない……」


 並んだドレスの前を行ったり来たりして本気で悩んでいる。


 そう言えば私もウェディングドレスの下見に行った時もこんな感じだったな、とか思い出さなくてもいい事を思い出してしまった。


 まぁ、別に今は一緒にドレスを着てくれる子がいるから全然平気ですけど。


「よし、決めた!」


 綸子が顔を輝かせた。


「ふーこにはこれ!」


 あ、そっか。

 私のドレスを選んでくれてたんだっけ。


 少女が手にしているのは袖付きの深い青のロングドレス。

 ベルベット(?)の生地に金の縫い取りがとても綺麗だ。


「じゃ、次は私の選んでよ」

「え、ええと……」


 二人でお揃いにするんだから、デザインも似たような感じがいいだろう。


「って、けっこう胸元開いてない? これ私が来ても大丈夫なヤツ?」

「全然平気だって。明治の人が来てたんだし」


 いや明治の人がみんなこれを着ていた訳ではないぞ。


「……じゃあ、これなんかどうかな?」


 私は桜色のドレスを手にした。

 これも袖付きだけど、同じような生地とデザインなのにどこか軽やかさがある。


「マジで?私もそれ狙ってたんだよね」


 受け取ったドレスを嬉しそうに抱きながら、受付のお姉さん達に見せるのが勿体ないような笑顔でそんな事を言ってくれる。


「で、これにティアラとネックレスとブーケを付けたいの」

「はいはい」


 緩んだ顔を引き締めてから、私はおもむろにお姉さんを呼ぶ。


「これでお願いします」

「かしこまりました。それでは更衣室にお入りください」


 更衣室は少し広めで、着ていた服や鞄、貴重品なんかは籠に入れて預ける感じになる。


(って、これ、一人で着れるのか?)


 サイズは合うんだけど、裾が長くて着替えながら踏みそうになる。

 これ、地味に重労働だ。


「お背中のファスナーはこちらでお上げしますので、着替えましたらお声をかけて下さい。あと、タンクトップやブラのひもは肩から外してくださいね」


 カーテンの外からそう言われ、慌ててもぞもぞと言われたとおりにする。


 隣の更衣室で綸子も同じ事をしてるのかと思うとなんか恥ずかしい。


「あ、ファスナーお願いします」


 悪戦苦闘の末、そう声をかけるとすぐにお姉さんが来て慣れた手付きでファスナーを上げ、衣裳を整えてくれる。

 

「そういえば今更なんですけど、靴とかってあるんでしたっけ?」

「申し訳ありません、当館はスリッパのみとなっておりまして」


 そりゃそーだ。

 しかもこの裾だったら靴を履いても見えないよな。


 なんだか色々やり遂げた気分になってカーテンを開けると、ほとんど同じタイミングで綸子が隣から出て来た出てきた。


「あら、お二人ともすごく素敵です」


 綸子は顔を輝かせたが、私はどちらかというと悪役令嬢っぽくないか?


「双子コーデみたいでお似合いですよ。お二人にぴったりのティアラもありますし、どうですか?」

「お揃いのティアラ……」


 この歳でティアラを付ける日が来るとは----。


 が、綸子と撮る大事な記念写真。

 恥ずかしがっている場合ではない。


「じゃ、オプションお願いします!」


 乗り掛かった舟だ。

 こうなったらとことん悪役令嬢のコスプレしてやる----!


 引き攣った笑顔で悪役令嬢はお姉さんにオプションを申し込むのだった。

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