ドレス……着ちゃう?
異国情緒といえば、旧函館区公会堂----というのは、有名だ。
なんだけど、実は本当に中に入った人は案外少なかったりする。
そして実はこの私もその一人だったり。
「えーでも、公会堂って、函館の番組とかでよく出てくる建物じゃん? なんかもう親の顔より見た気がする」
そこ、笑っていいとこなんだろうか。
「ま、まぁ確かにそうなのよね。ただ、歴代の天皇が宿舎や休憩所として使ったりするくらい豪華な作りだから間違いなく函館のシンボルなのよ」
「んーでも、入って遊ぶって感じじゃなさそう……」
おっしゃる通り。
実はルネサンス時代の様式を取り入れた洋館、という若干の敷居の高さもあって、知名度の高さに比べて観光客はそれほどでもなかったらしい(と、ガイドブックで予習した私)
旅行だからみんな結構カジュアルな格好で、ふらっと入っていいのか迷ったりする人もいるんじゃないのかな。
かくいう私もちょっとドキドキしてたり。
「じゃあなんで今日来たの?」
うん。
確かに不思議よね。
「ふふふ、それはね、公会堂はしばらく修復保全のために4年くらい休館してたんだけど……なんと、このたび外壁の塗り直しと明治時代の柄を再現した床材を使用した事で建築当時の豪華さを取り戻したのよ!」
「……ふ―こってそんなに建築に興味あったっけ?」
うっ。
完全に見抜かれてる。
「てかさ、公会堂って、確か当時のデザインのドレスを着て写真を撮ったりできなかった?」
「……できます」
軽く目を逸らした私の耳元で、綸子が囁く。
「それ、凄くやりたかったんだよね」
「ホントに!?」
見上げる目がキラキラしてる。
なんだか、お姫様ごっこを楽しみにしている女の子そのものだ。
「なんだ、だったらそう言ってくれれば良かったのに」
「えー、そういう気持ちを察してくれるのが彼女なんじゃないのぉ?」
ジト目でそう言われてしまうと、信頼されてるんだか見透かされてるんだか揶揄われてるんだか全然分からない。
「それにさ、現にこうして連れて来てくれた訳だし」
そう言ってくれているという事は、これは『正解』だったみたいだ。
「でもさ、ふーこはなんで来ようと思ったの?」
「えっ、えっと……なんていうか、始めての旅行だからその、二人でドレスで写真残したいな、みたいな?」
うわ、改めて口に出すとめちゃくちゃ恥ずかしい。
でも絶対やりたかった事の一つだから、どうしても二人でここに来たかったのだ。
「……それ、いいよね」
「うん、何かの形に残したくて色々考えたんだけど……」
で、9時からなのでさっそく見学。
料金は見学だけなら一人300円。
まだ早い時間だからそんなに人はいない。
「とりあえず軽く廻って見よっか」
「うん」
建築当時のままではなくリニューアルしたとはいえ、やはり間取りや家具の豪華のせいか、空気感が違う気がする。
(こ、これは早く着替えたい! 早く着替えてリンコといちゃ……ではなくこの素敵空間を優雅に散策したい!)
二階の柱がなく隅々まで見渡せる大広間も、函館港が眼下に見えるバルコニーも、どうして今まで来なかったのかと思うくらいに素晴らしい。
(でも初めて来たのがリンコと一緒だから、結果オーライか)
と思ったら、つい言ってしまった。
「ここは元カレとは来てないからね!」
「あ、あ、うん……?」
私の妙なテンションに気圧されて、微妙に心配そうな顔になる綸子。
「別に本気で気にしてる訳じゃないから大丈夫だよ? いやまぁ、お互い初めての方が嬉しいけど……」
最後の方をちょっとモゴモゴと言うお嬢様。
急にそんな事言われてしまうと、こっちまで挙動不審になる。
「そ、それではそろそろ行きますか……」
「やたっ!」
小さくガッツポーズをして綸子が『ハイカラ衣装館』とある方向へと歩き出す。
「ふ―こはどんなのが着たいの?」
「うーん、あまりハデじゃないやつかな? 普通のがあれば普通のでもいいかも……」
ここにきて怖気づく私。
冷静に考えてみるとアラサーでお姫様ドレスでもないような----。
「と、歳相応でいいです……」
でもそれじゃせっかくの経験なのにつまんなくない? と綸子は言い、
「じゃあさ、お互い着せたいの選んで一緒に撮らない?」と提案してきた。
「うーん、面白系はNGね」
「分かってるってば!」
割と盛り上がりつつ『ハイカラ衣装館』へと辿り着いた私達は、生まれて初めて女二人でドレスを撮るというそれなりに貴重なイベントを成功させるべく、若干の緊張をしながら中へ入ったのであった。




