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異国情緒といえば! まずは旧函館区公会堂でしょ!

 朝のホテルのフロントは、チェックアウトする人のキャリーケースやお土産を買う人で混雑している。

 家族や友人が互いに呼び合う声で、綸子の呼ぶ声なんかすぐに掻き消えてしまいそうだ。


 そんな訳で、部屋で今日の天気予報を見つつ身支度を整え、私達二人は人が少くなった頃にフロントをに鍵を預けて、タクシーに乗り込んだ。


「すみませんが、少しゆっくり走っていただけますか?」

「えっ、珍しい! いつもならなんだかんだでタクシーには乗せてくれないふーこがタクシーを!」


 今日で世界が終わりそうなくらいに大袈裟に驚かれてしまったが、これは今回の予定内の行動だ。


「……いや別にそんな普段ケチな人みたいな言い方をしなくても……」

「そうかなぁ、おかしいなぁ? ふ―こならこの距離なら絶対歩くのになぁ……」


 車の流れを真剣な表情で見ていたベテランそうな運転手さんが、無言で笑った----気がして、私は赤くなる。


 とはいえ、たしかに実際函館市内でタクシーを使うのは夜の移動と、帰りに駅まで行く時と、後は湯の川温泉方面へ行く時くらいだ。


 だから、まぁ元町をぶらぶらするくらいなら、タクシーはあまり使わないような気はする。


「ほら昨日は海の方とまでで結構歩いたからね、今日は少し体力を温存しながら廻ろうかなと思って」

「えー、別に私は全然元気だし」


 そう言われても、鴨嶋さんからは無理は絶対に差せないように厳命されているので、用心に越したことはない。


 帽子もちゃんと被せているし、サングラスもさせた。

 何かあったら骨まで残さずにこの世から消されるのはこの名もなき庶民、私、麦原風子である。


「あ、もしかしてムギさんから何か言われてる?」


 げ、意外とそう言うトコ気付くんだよね。


「んー、そういう訳でもないけど」


 言葉を濁す私の顔を覗き込んで、綸子が耳元で囁く。


「でもさ、3Pさえしなければ……取りあえずの激しいプレイはしても大丈夫だって」

「は?! あ、あの鴨島さんがそ、そッ、そんな事言ったの!?」


 思わず悲鳴に近い声を出してしまって、慌てて運転手さんに謝る。

 私がもし運転していたら、ハンドルを切り損ねていたどころか路肩で三回転くらいしている。


「……いや、ムギさんなら私が聞いたらそう言うかなって、今私が勝手に想像したんだけど」

「それどんなイメージなのよ……あの人はそういう関係の事は死んでも言わないでしょうよ、あー、もうびっくりした」


 私は眉間に皺を寄せてシートに沈み込む。

 ああ、そう言えば今思い出したけど、鴨島さんって自分の名前は絶対に「紬」って呼ばせないんだよな。

 だから何って言われたらそこまでなんだけど、初めて聞いた時から妙に引っ掛かっていて----。


 「ムギ」さんでも可愛いけど、多分それは、鴨島さんにとっては「紬」とは絶対的に違う意味を持つ名前みたいな感じで----。


(いや、今はその話は考えるのはやめておこう)


 いずれはちゃんと考えなきゃいけない問題になのかもしれないけれど。

 あるいは、既に出されている鴨島さんからの私への宿題なのかもしれないけど。


 鴨島さんについては札幌に帰ってから悩もう。


「……えーと、今日は元町エリアを中心に回る予定なんだけど、あの辺りは全体的に結構坂がキツいのよね」

「うん。ググーグマップで見た。」


 坂はともかく、陽を遮るものがあまりないため、直射日光と坂道の照り返しでかなり体力を使う。

 なので、と私はガイドマップを綸子の前に広げる。


「今回は最初に坂の上にのぼって、そこから少しずつ色んな場所を見ながら下の市電通りに向かって降りて行こうと思うの」

「なるほど、ふ―こ、ちゃんと考えてるんだ」


 珍しく褒めてつかわされる。


「あっ、勿論途中で入りたいお店があればそこに入ればいいし、あまりスケジュール自体はきっちり決めていないからね。その方がこの街の歩き方には合いそうな気がするから私がそうしようかなってだけで」


 まくし立てる私に、綸子はニッコリ返す。


「……いや、私はふ―この方が何回も来てて函館の事詳しいから、全然お任せだけど」


 胸元で私とお揃いのネックレスが揺れている。

 って----めっちゃ根に持ってるよな、この子。


「まぁまぁ、私だけが勝手に決めても面白くないからね? こういうのは一緒にあれこれ相談しながらの方が楽しいでしょ?」

「……それは実体験から?」


 唐突に真顔で畳み掛けられる。

 これ以上はオーバーキルです止めて下さい」。


「あーそうですよ、なにせ私は男を見る目が皆目ありませんからね」

「いやでもめったにないいい体験をした訳だし、私もいるし」


 あっ、はい。


 貰い火でマンションが焼けて、預かっていた高級釣り道具が全焼したという理由で結婚寸前の元彼に捨てれられ、今はその画像を偶然に見た超高級マンションにお嬢様に住まわせてもらっています、なんて体験だとしたら、今度スカッとジャパンにでも投稿してみるか。


 あの番組まだやってるか知らんけど。


「あの、お客様、どちらで止めましょうか?」

「あ、ええと旧函館区公会堂でお願いします」


 気が付けばもう「函館らしい」地区に入っていて、エリア全体に濃度の濃い異国成分が漂っている。


 まずは最初の目的、旧函館公会堂が見えて来た。

 それほど高くない建築のはずなのに、クリーム色の柱にスカイブルーの目を引く建物が、良く目を惹く。


 正面から見ると左右対称になる設計は、コロニアル建築と言うらしい。


 明治四十年に大火で喪失した町会所を三年後に再建したとの事だけど、昔の函館は札幌なんか目じゃなかったくらいに大都会だったんだよなぁ。


 そうそう、例の「どうだ明るくなったろう」も函館の料亭での出来事らしいし。


「で、ここ入るの?」

「そ、ここで遊ぶの」

「遊ぶ……?」と怪訝そうな顔の少女を降ろし、タクシーを見送った私は公会堂に向かって歩き始めた。

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