表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/38

お嬢様、函館二日目はどこへ行きましょうか?

「さてと、昨日は海側をメインに歩いたから、今日はハリストス正教会とかあの辺を廻りたいんだけど、いい?」

「いいよー、ふ―こにお任せする」


 部屋に戻った綸子は、私の目の前でスルスルとワンピースを脱ぎだした。


「わ、ちょっと! 向こう見て着替えてよ!」

「いやブラしてるし」

 

 いやいや、ブラだってあまり見せるもんじゃないでしょう。


 確かに前に一度この子酔っ払って脱ぎ捨てたブラを拾って洗濯はしたけど、だからといって、私イコールブラに耐性ある人、とかは思われたくないのですが。


「ふーこってさ、そういう所少しお堅いよね」

「いやこれが日本の標準だと思うんだけど……」


 何か悪いのか分からないという顔のままお嬢様は日焼け止めクリームを念入りに塗り、姿見の前でくるっと一回りする。


 朝の光の中で、倫子は光の粒子が集まってできた半透明の妖精みたいだ。


(あんなにご飯食べたのに細いままだな……)

 

 そうは思っても、決して羨ましいとは思えない。

 彼女のそのスタイルの良さには、想像できないような苦労があるのを知ってしまっているからだ。


「今日も晴れなんだっけ?」

「あ、うん」


 だったら帽子とサングラスは忘れないようにしないとね、と呟きながら綸子は旅行バックの中を漁っている。

 そう言えば、ほんの少しだけ肌が焼けたようにも見える。


「やっぱ制服で行っちゃだめ?」

「ダメです」


 昨日は比較的きっちりと回るルートを決めておいたけれど、今日は倫子の体調を見ながら適当に回るつもりだ。


(とはいえ、絶対に食べるつもりらしいカールレイモンは外せないしなぁ)


 夜ご飯の時間に間に合うようにすればあとは何処へ行ってもいいのだけれど、実はそれが一番難しかったりして。


「リンコは行きたい所ないの?」


 軽い気持ちで聞いたら、怒涛の答えが返って来た。


「うーん、赤レンガかな? 函館ビールにお寿司も食べたいし五稜郭行きたいしジェラートも食べたいし朝市も観たいし青函連絡船も見学したいしハセストに」

「ストップストップ!」


 おいおいおいおいめちゃくちゃ行きたいところあるじゃん。


「お土産も買うし」

「うん」


 そのお土産がどうかイカのシャツではありませんように。


 あとね、あとね、と綸子は私の顔を覗き込む。


「絶対に夜景が見たいの!」

「……あ、それは大丈夫。予定に入れてあるから」


 やたっ、と少女は私に抱き付く。


「あわわ、危ない危ない」


 今日の格好は、明るいライムグリーンのチノパンに、どこで売っているのか見当もつかない、グレーの猫が豪快に蕎麦を啜り上げている全面プリントのタンクトップだ。

 一見素っ頓狂な格好だが、その上からボタンのない薄手のカーディガンを羽織ると、驚くほど似合っている。


「ただ、山頂は寒いから一度ホテルに戻って着替えないとね、レストランも行くし」

「レストランかぁ、楽しみ!」


 私はブルーのロングスカートに、マリンストライプのTシャツ。

 ストライプは細いブラックと赤が交互に組み合わさっていて、自分ではあまり選ばないタイプなんだけど、綸子が選んでくれたやつ。


 そして、二人共昨日買ったお揃いのペンダントを着けている。

 あとは日焼け止めの帽子に、サングラス。


「うん、ばっちりじゃん!」


 これで近所を歩けと言われたら勇気がいるけど、これもまた旅行の楽しみ方の一つだと思えば、まあ蕎麦を食べてる謎の猫も許せるから、非日常の力とはかくも偉大なのである。


「では、発表します」


 しばしの長考の後、私は旅行雑誌の地図を重々しく広げる。


「本日のコースは、日本最古のコンクリート電柱、赤レンガ倉庫、東北以北に現存する最古のエレベーターをメインに回ります」

「えー、ハリストスとかはぁ?」

 

 口をとがらせる尖らせるお嬢様。


「うん、あのね、カールレイモンっていうか、正式にはレイモンハウスって博物館にもなってるお店なんだけど、そこからだいたい百メートルくらい以内にハリストスがあって、そこから足を延ばすと船魂神社や旧ロシア領事館も……」

「行く行く行く行く! 絶対行くよ旧ロシア領事館!!」

「う、うん?」


 いわゆる函館観光のメインのエリアは狭い。


 その中にたくさんの歴史的な建造物やカフェやお土産屋さんがひしめいている。

 だからある程度のコースを決めて、その合間合間に色んな場所に寄るのが一番函館を満喫できる歩き方なのだ。


(ま、これも、あのバカ男にホテルから一人放り出されてから覚えた歩き方なんだけどね……)


 こんな時に役に立つとは思わなかったけれど、結果的にバカ男には感謝だ。

 しかしあの冷血男もそろそろ魚の餌にでもなって、少しは地球環境のためになって欲しいものである。


「はぁ、旧ロシア領事館館かぁ」

「中は入れないけどね」


 そう言うと、「いいの……外から眺めるだけだから……」とうっとりした答えが返って来た。


「五稜郭は入れるよね?」

「う、うん? 明日行くけど普通に入れるよ」


 私の不審そうな顔に気付いたのか、綸子は一生懸命説明しようとする。


「あのね、ゴールデンカムイって漫画があってね、旧ロシア領事館は鯉登少尉が誘拐されて来た場所なの!」


 いやそいつ誰だよ。


「……五稜郭は?」

「それはネタバレになっちゃうからダメッ!」


 ----だそうです。


「あとねあとね途中でハセスト行きたい」

「どーぞどーぞ」


 荷物は軽めにして、スニーカーの紐はきっちり結んで、さあ聖地巡り……じゃなくて、函館観光二日目、出発っ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ