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これが……朝食バイキング!?

「こっ、これは海鮮物の宝石箱やぁ!」


 ホテルの朝、一日目。

 広々としたバイキング会場の窓辺で、綸子が感極まった様子でトレーの上を眺めている。


 所狭しと並んでいるのは、イクラたっぷりのミニ丼に甘えび、サーモン、いかめしとタラコに厚焼き玉子に焼き鮭お味噌汁、

それからベーコンにオムレツに----コーンスープとプリンとオレンジジュース。

 コーンスープにはクルトンめっちゃ入ってるし。


「うーん、イクラでシャリが見えなぁい!」

 どこかの商店街で流れてる白々しいセリフも、ワンピースを着た美少女が言うとそれなりにCMぽく聞こえてしまうのが凄い。


「……あぁ、自分で好きなものが選べるって幸せ!」


 うっとりとしながら目をキラキラさせているその表情からは、ついさっきベッドから出るまでのアンニュイさはどっかに消え去っていた。

 感心さえ覚える切り替えの早さである。


 でもさ、ベーコンとオムレツとコーンスープにオレンジジュースって、それ普段の朝食じゃん!

「クルトン好きなんだ?」

「うん、大好きだけど?」


 知らなかった。

 今度からコーンスープにはクルトンも出そう。

 私は心のメモ帳にしっかり書いておく。


「ね、これ、本当に食べていいんだよね……?」


 自分の好きなものを好きなだけ食べられるというシステムは、お嬢様には新鮮な反面、不安なのだろうか、訳の分からない事を真顔で聞いてくる。


「いや、バイキングだから好きなだけお代わりしていのですよ……」

「お、おかわり!?」


 その考えはなかった的な顔になって綸子がごくりと唾をのむ。

 いや、そもそもそれがバイキングというスタイルなんで----。


「えーと、お代わりは交代で取りに行ってもいいけど、この座席表を置いて貴重品さえ手に持っていたら二人で席外しても大丈夫よ」

「じゃ、ふーこと一緒に行く!」


 さっそくミニイクラ丼を頬張りながら綸子はかたくなに主張する。

 ほっぺにご飯粒が付いているので取ってあげた。


「あっ、食べたのそれ? まあいいんだけど、メニューが多くてそれは嬉しいのよ! でも人が多すぎ!だからふーこと一緒の方が安心!」

「……はい」


まあ確かに遅めに入った割には、会場は混雑している。


(それでもだいぶ会場に入る時間をずらした方なんだけどなー)


 このホテルは海鮮丼を中心にした朝食バイキングの元祖的な存在であり、旅行業界でも有名だ。

 それだけに他のホテルよりも混雑がすごい。

 家族連れや学生同士の旅行客も多く、みんなそれぞれ思い思いに食べている。


 が、綸子の食欲はまるで体育会系の大学生並みだった。


「あまり食べすぎるとお昼入らなくなっちゃうからね」

「大丈夫!」


 今はお代わりのミニ海鮮丼とビーフシチューをもきゅもきゅと心底美味しそうに食べている。


「あっでもね、ソーセージはね、カールレイモンのやつを食べたいから我慢した。えらい?」

「はいはいえらいえらい」

 

 でもまぁ、冗談抜きで、今が遅れてきたこの子の成長期なのだろう。

 嬉しい反面、自分は歳を取ったのだなぁなんて感慨が浮かんでしまい、ちょっと箸が遅くなる。


『いやぁそれでね、朝会社に行く支度してたら動悸と息切れがひどくてもう死ぬのかななんて思っちゃってさ』

『そういえばちょっと元気なかったものね』


 ふと、かぶせなくていいタイミングで隣の席のおばさま達のトークが聞こえてくる。


『何日か前から体調が悪かったし、検診でもここ一年で10キロくらい瘦せたから、一度甲状腺を見てもらいなさいなんて先生に言われてたんだけど、そのままにしてたら今度は全身痛いし熱っぽいし寝汗もかくし肩は凝るしで、もうこれは絶対ダメな奴だと思って先週病院行ったのよ』

『え、全然知らなかった、ゴメン……それで血液とか心電図とかやってもらった?』


 私もつい聞いてしまう。

 昔なら聞き流していたんだけど。


『もちろん! これまでの体調のメモとか全部渡してX線もとったわよ』

『で、どうだったの?』


 綸子お嬢様が3個目のプリンを取りに席を立った。


『それが、結論としてはちょっと早い更年期ですって……笑えるでしょー? なんか、とにかく症状が多すぎて、普通の病気なら死んでますって言われたわ』


 けらけらと笑いながらおばさまは食後のコーヒーを優雅に飲む。


『個別の病気にしては症状がとっ散らかってるらしくて、更年期なら全部説明がつくらしいわよ………正直ずっこけちゃった』

『そうなのねぇ、まぁ人によって全然違うとは聞くけど、そんなに違うのね……ま、私にできる事あったら言ってね』


 もう一人のおばさまはホッとした顔で立ち上がる。


『こうして貴女と二人で旅行できなくなったら寂しくなるもの』

『あら奇遇ね。私もよ……さ、これからどこへ行きましょうか?』


 二人のおばさまはそのまま連れ立って会場から出ていった。


(あんな歳になっても仲がいいなんて、憧れるな……)


 昔なら聞いた途端に忘れてしまうような話なのに、段々年齢が上がるに連れて他人事とは思えなくなって、つい反応してしまう。


(うーん、こういうの聞くと、なるべく健康に気を付けようと思っちゃうな……あの子と会う前ならそんな事もなかったと思うけど)


 だけど、少しでも長く綸子といたいなら健康にも気を付けなければ。


(真面目に食生活考えよう……この旅行が終わったらだけど)


 食後に何を飲むか考えながら席を立つと、ちょうど飲物のコーナーにミルクティー色の髪が見え隠れしている。


『ねぇ、あの子どっかで見なかった?』

『アイドルかなんかじゃないの?』


 学生らしき少女達が綸子を見ながらひそひそと話している。

 その横を通り抜け、「何飲むの?」と聞くと、「うーんコーヒーは今朝飲んだしなぁ」という答えが返ってきた。


「ほら、ふーこが淹れてくれた夜明けのコーヒー」

「いやあの時間だと夜明けでもないと思うけど」


 部屋に備え付けのミルとコーヒー豆で不器用丸出しで淹れたコーヒーが、お嬢様はいたく気に入ったらしい。

 明日の朝も淹れる事を約束させられてしまった。


(んー、飲み物くらいは健康的にいくか)


「じゃ、私は緑茶にしようかな」

「だったら私も緑茶にするー」


 そんなやり取りをしている私達を少女達はびっくりしたような顔で見ている。

 まぁ、マネージャーだと思ってくれればおおむね間違いがないので、それでよろしく。


 ちょっぴりの優越感に、割と重たい劣等感を添えた笑みで彼女達を見やる私。


「うーん、食べた食べた」


 やっと満足したお嬢様が空になった湯呑をことり、と置く。


 最近やっとこの子の心底満足した顔というのが分かるようになってきた気がする。

 そして、そんな顔をもっともっと見たいと思う自分に気付く。


 私の欲張りは際限を知らない。


(よし、今日もいい天気……綸子と函館をめいっぱい楽しむぞッ!)


 結論。

 バイキングのあるホテルにしてよかったです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しいシーンだけでなく、鴨島さんと綸子ちゃんのお母様の関係、綸子ちゃんの複雑な事情が 物語全体に厚みとなっており、非常に楽しく拝見させて頂きました。 [一言] 作品に対する熱い想いを語りた…
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