二人で温泉、ハジメテの体温 前編
思っていた通り最上階の大浴場は人が少なかった。
歩いている人達も、たいていがお風呂上がりの格好をしている。
「おー、休憩所からも函館山が見えるんだ!」
男湯と女湯の間には少し下がった場所に休憩所が設置されていて、椅子やテーブルが置いてある。
展望用の大きな窓からは函館山やレンガ倉庫辺りの風景が一望できるようになっている。
「すごいね! 温泉からも見えるの?」
「見えるよ。だからこのホテル割と人気なんだよね」
さっきまで煮え切らない態度でいたくせに、大浴場のフロアに着いた途端、綸子のテンションはあっという間に戻っていた。
こういう所はまだ本当に子供なんだよなぁ。
「ここ、無料でアイス食べられるから上がったら部屋に戻る前に休んで行こうね」
「うんうん!」
部屋から持って来た温泉用のユニフォームみたいな上下の服に着替えて来た私達は、タオルなんかが入ったカゴを下げて女湯の暖簾をくぐった。
「えーと……」
が、スリッパを脱ぐ所でもう綸子はフリーズしている。
「これは脱いだら棚に置いてね」
「……これ、帰り、絶対自分のスリッパ間違えない?」
まぁ、そこは頑張れ。
「ここが脱衣所ね、自分の荷物をロッカーに入れて鍵は手首に着けるの」
「ぬ、脱ぐの? ここで?」
少女が信じられないというような顔で辺りを見渡す。
「え、カーテンと仕切りとかさ……」
「基本、温泉とか銭湯にはないのよ。だからあまり見られたくなかったら端っこの開いてるロッカーを探すといいわね」
てなわけで、我々は広い脱衣所の一番奥に並んでロッカーを確保した。
「あ、もう少し離れた方が良かった?」
「……隣がいい」
そう言いながら、私にぴったりくっ付いて来る。
いや、周り誰もいませんけど。
「ふ―こが先に脱いで」
「はいはい」
半分背中を向けるような格好になって私はまずユニフォーム(?)を脱ぐ。
で、ここからが問題な訳で----。
(え、何この変な沈黙は……?)
残っているのはブラとパンティー(ネックレスは二人共部屋で外してきている)しかないので、それのどちらかを脱ぐのだけれど、何故かめちゃくちゃなんかこう、見てないけど見ている視線を感じて仕方ない。
「……ちょっと可愛すぎちゃったかな? ははは」
一応お出かけ用のブルーのレースのブラのホックに手をかける。
いやあの、そんな凝視されると手元が狂いそうなんですが。
「ふーこ、案外かわいいの選ぶんだね」
「いや、これはこういう時用かな。久し振りに着けたわ」
あ、皆がどんな下着なのか気にしてたのか。
と思ってたら、「替えのやつもそんな感じ?」
なんか声がマジだ。
え、なんでなんで?
しかしまあ考えても仕方ないので、脱いだブラを脱衣かごに入れ、タオルをカゴから出す。
気のせいか綸子の咽喉が鳴ったような気がした。
「えと、別に決まりじゃないけど浴槽に入るまではタオルで前を隠すの。浴槽に中には入れちゃダメだからね」
「……分かった」
私は唇でタオルの端を噛むようにしながら素早くパンティーを脱ぎ、脱衣かごの下に入れる。
「はい、これで完了。次はリンコの番ね」
「……じゃあ、こっち絶対見ないでね。見たらコロス」
なんでだよ!
大体前に酔っ払って脱いだブラジャー片付けたのアタしなんですが!
背中を向けた私の後ろで衣擦れの音が聞こえる。
(こうしてる方がかえって恥ずかしいんですけど……)
綸子の身体を覆っていた下着が、私の横で外されていく。
別にお風呂に入るだけなんだけど----だけど、とても大事な儀式に立ち会っているみたいな気持ちで、ドキドキする。
(お、落ち着こう、これはお風呂お風呂……初めて一緒にお風呂に入るだけ……)
うわどうしよう。
正視できるかな。
「……用意できた」
その声に振り向くと、ミルクティー色の髪の少女は軽く俯くようにしてタオル一枚になっていた。
「これで、温泉入れる?」
「うん、入れる……ばっちりだよ」
なるべく綸子の肌を目に入れないようにしながら私は先に歩き出した。
ここは備え付けのシャンプーやリンスの種類が高級なうえに豊富で、高くてなかなか手が出せないようなものまで揃っているのが女性客に人気だ。
「ここから好きなのを取って洗い場まで持っていくの」
「えー、あり過ぎて選べないなぁ」
困ったような声を出しながらでも目は輝いている。
そういえば、この子は普段はどんなシャンプーやリンスを使っているのだろう。
いつもいい香りがしているけど。
(旅行って、こんな風に自分が相手の事を知らないという事を知る機会なんだ……ただアイツの時はそれに気付かない振りをしてたけど)
いやいや、昔の記憶はこんな時には封じておいた方がいい。
結局同じものを選んで、私達は大浴場の入口に向かう。
ガラス戸の向こうに人影はほとんどない。
「じゃ、行きますか」
「……ッ!」
珍しく緊張した面持ちになって、綸子が頷く。
ガラガラと引き戸を開けると、湯気と共に温泉の香りが私達を包み込んだ。




