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外人墓地の、その向こうに行ってみない?

 市電は私と綸子が並んで座れるほどには空いていたけど、末広町でかなりの人数が降りてしまった後は、ガラガラに近くなっていた。


「あ、ツルハあるよ」


 外を眺めていた綸子の声に妙な安心感が籠っている。


 なんとなく私にも分かる。

 知らない土地でのホーム感とでも言えばいいのだろうか。


 例えば、遠出した先にびっくりドンキーがあると、万が一食べる場所がなさそうでも、ここに来ればいいかみたいな。


(日常から離れるために旅行に来ているんだから、変といえば変なんだけど……)


 こういう心理って、何か名前がついていたりするんだろうか。


 目に入るのはクリーニング店、アパート、あとは全国チェーンのスーパー。

 ここまで来ると、車窓の風景は地元の人達の生活圏という感じに変わってくる。


「普通の街だけど、やっぱりこういうのも好きだな……全然知らない人達の生活なのに、見ててなんとなく幸せな気分になる」


 ついそんなおセンチな言葉が口を突いて出ると、意外にも「そだね」と返って来た。


「ふーこの気持ち、分かるよ……前はこんな風には思わなかったんだろうけど……なんか不思議」

「そっか、分かってくれるかぁ」


 こんな風に言い合えるのも私には幸せだよ、って付け加えようと思ったけどそれは胸の中にしまっておいた。


 何の変哲もない通りを、市電はゆるゆると進む。


 どつく前の駅に着いた時は、私達と、あとは買い物袋を下げた地元の人らしきおばさんしかいなくなっていた。


「……? なんか工場と公園しかないんだけど? どこ行くの?」


 綸子はと言うと、戸惑っている。


 平日の午後だからどつくは稼働中なのだろうけど、見に行くにはここからちょっと離れている。

 それに行ったとしても、門の外から中を覗けるくらいだ。


 一方の公園はといえば、これまた何の変哲もない。


「あ、分かった! あれだ、外人墓地!?」

「せいかーいです」


 そう。

 函館と言えば外人墓地。

 そのまた奥の喫茶店へ私達はこれから向かうのだ。


「えーでも、お墓でしょ? お墓しかなくない?」


 まっとうな疑問ではある。

 でも、連れて行くにはちゃんと理由があって----。


「行ったら分かるわよ。ただ、ちょっと坂道歩くけど、だ……」

「猫! 猫いるよ!」


 近くのお蕎麦屋さんの看板の下に佇む猫を見付けた綸子は、あっという間に走って行ってしまった。


(あの様子なら大丈夫か……)


「いい子だねー」


 どこかで聞いたセリフに私は吹き出しそうになる。

 人馴れしているのか逃げようとしない猫を撮りまくってる少女を、しばらく観察してから、私は呼び戻しに行った。


「いやー、可愛いかったぁ。余は満足じゃ」

「この辺りはお寺の猫もいるし、外人墓地にも結構猫がいるのよ」


 途端に綸子の目が輝く。


「それを先に言ってよ!」

「ごめんごめん」


 なんて言いながら歩いている間も、道端の家の前にある縁の欠けたプランターの横や、コンクリートの塀の上を猫達が歩いているのが見える。


「ふむふむ、やっぱ港町といえば猫なんだね」


 綸子は一人で納得しながら猫を撮るのに忙しい。

 長い坂道もこれなら苦にならなそうだ。


「もうすぐ着くわよ」


 左に立派なお寺を、右に民家越しの海を臨みながら進むと、たばこやお供えの花を売っている小さな個人商店の所で道は二つに分岐する。

 そこを海側に進む。


「わぁ、お墓すごい!」


 車がすれ違うのにはちょっとしたテクニックの要りそうな路地を抜け、視界が開けると、景色が一気に変わった。

 道の両脇には柵に囲まれた緑豊かな墓地----外人墓地だ。


 海に向かって、思い思いの大きさやデザインの墓石が並んでいる。

 道路脇には、何故か赤い前垂れを着けたお地蔵さんも並んでいる。


 外人墓地と一口に言っても、ロシア人墓地や中国人墓地というように国ごとに区分が分かれていて、柵一つとっても特色があるのだ。


 そのうえお寺もあるから普通の日本人のお墓もある----っていうか、そっちの方が数としては多いかもしれない。

 割とカオス。


「私、こういうとこなら入ってもいいかも」


 綸子がまんざらでもなさそうな顔で墓地を覗く。


 縁起でもないけど、確かにこういう海が見えるお墓なら私もいいかな----って、どうせ先に入るのは年齢的に私だろうけど。

 いや、そうであって欲しい。


 綸子には、ずっと元気でずっとずっと長生きしてもらわないと。


「あ、猫いた!」


 日差しで温まった墓石は、猫達の絶好の寝場所でもある。

 目を凝らせばあちらにも、こちらにも、猫達が我が物顔で横になっている。


(お墓、かぁ……一緒に入れたら嬉しいけど、でも、私達、その頃にはどうなってるのかな……)


 綸子が柵に張り付いて猫を撮っている間、私は、読めもしない墓碑銘を、ぼーっと眺めていた。


「あーやっぱ私もここ入りたい!」

「無理です。色んな意味で」


 夕方近くの海風は、少しだけ湿っている気がする。


「でもさ、お墓が観光地って言うのも、ちょっとどうなんだろうね?」

「それ、散々満喫しておいて今言うの?」


 あははと綸子が笑う。


「そうだよねー、フツーに観光しちゃった人が言う事じゃないよねぇ」


 私達はゆっくり歩きながら墓地を抜けた。

 海側は、スカンポが生い茂っている。


 ざわざわざわ。

 少しだけ風が強くなって来た。


「この先行ったら海に出ちゃうんじゃない?」


 綸子はちょっと不安げな顔で私を見上げた。


「海までは出ないよ。行くのはあそこ」


 左側の小高くなった所を私は指差した。

 田舎の小さな小学校とか、役場とかを思わせる雰囲気の赤い屋根の古い建物が見える。


「えーと、喫茶店?」


 不思議そうな顔の綸子。

 それはそうだ。


 ここは昔の検疫所だった建物なのだ。

 とはいっても、壁がピンク色なのが少しメルヘンチックさを出している。


「咽喉渇いたでしょ?」

「うん」


 もうすぐ陽が沈む。


「ここで夕陽を見ようと思うんだけど、どう?」

「え、見たい!」


 綸子は声を弾ませた。


「今日なら絶対きれいだよ!」


 うん、私もそう思う。

 晴れてて本当に良かった。


(この子の喜ぶ顔がもっと見たいから……って、私、どんどん欲張りになっていくなぁ)


 嬉しいような。

 怖いような。


 でも、悪くない気持ちだ。


「早く早く!」

「はいはい」


 当時のままであろう石段を上って、裏手から仄暗い店内に入る。

 香ばしい茶葉の香りがうっすらと漂って来る。


 ここはお茶専門の喫茶店なのだ。

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