モーモータクシーの攻防!?
さて、モーモータクシーといっても、
別に牧場に行く専用タクシーなどではなく、街中を走っている初乗り料金560円の普通のタクシーだ。
運が良ければ普通に走っている所を見る事ができるし、現に函館に着いたばかりの時にも綸子が見かけたくらいには走っている。
とはいえ、やはり可愛いから人気なうえにそれほど台数もないため、確実に乗りたければ予約必至であなのだ。
「あ、もしかしてあれ?」
函館八幡宮からなだらかな表参道を延々下り、市電通りに降りたところで、ホルスタイン柄のタクシーを見付けて綸子が歓声を上げた。
「わーやっぱり可愛い! 牛だよ!牛ッ!」
(……語彙が小学生だな)
「うん、牛だね」
綸子は私をキッと見る。
「何か感動が薄くない?」
「いや、昔子供の頃ゲートウェイって言うパソコンメーカーが札幌に直営店を出してその宣伝で似たような牛柄のタクシーを走らせていたから、懐かしいけどそこまでは感動しないというか……」
そんなの知らないよと頬を膨らませる少女を見て、買い物カートを押しながら通りすがった品の良さそうなおばあさんが、にこにこしている。
あ、なんかすみません----。
「あの、予約していた麦原です」
スマホを見せ、開いた窓越しにそう名乗ると運転手さんがテキパキとドアを開けてくれた。
ふふふ、これがデキる大人よ。
「うふふ、ちょ、麦原だって……なんか照れるし、へへへ」
綸子が一人で相好を崩しているが、取り合えず放っておく事にする。
「じゃ、最初に駅までお願いします」
「あれ、ホテルじゃないんだ?」
綸子は意外そうだ。
「うん、先に荷物を取ってからホテルにチェックインした方が楽でしょ」
「なにそれエッチじゃん! やはり元彼氏持ちは手慣れてますな」
耳まで赤くなった少女は一体何を勘違いしたのだろうか。
「いやいや、荷物を置いたらまたでかけるよ?」
「旅行の時ってずっとそうしていたの?」
やっぱり気にしているんだろうか。
何かの拍子に棘のある言い方をしてしまうのが、まだ子供っぽい。
でも、嫌味と言うよりは----どこか寂し気に聞こえる。
「残念でした。今回のホテルは私も初めてよ」
函館には色々と魅力的なホテルがあるが、今回は綸子の体力を考えて、駅に比較的近い事と、チエックインが午後三時という事で決めたのだ。
実は他にもあるんだけど、それは後のお楽しみという事で----。
タクシーは函館駅に向かって走り出す。
「まぁいいんだけどさ、せっかく記憶から抹消していたのにピンポイントで人様の傷を抉るのはやめて?」
「でもさ、考えようによってはそのクズ男のお陰で間的に成長できた訳じゃん? 圧倒的成長に感謝、的な感じにしとけばそんなに黒歴史でもないんじゃない?」
「いやいやいやいやブラック企業じゃないんだからさ、黒歴史はどんなにポジティブで薄めても所詮は黒歴史なのよ」
そんなものなのかぁ、と少女は呟き、何かを考え始めたようだった。
彼氏がいただけでもいいじゃんなどと抜かしたら、その柔らかそうなほっぺを抓ってやろうかと思ったのに、ちょっと肩透かしだ。
「正直言うとさ、なんか私の知らないふーこが私の知らないゴミみたいな男と私より先に函館に旅行に来ていて朝から晩まであんな事やこんな事をしたんだと思ったらさ」
「待って、どんなえげつない想像をしてるんだよ……ゴミなのはまぁ否定しないけど……」
入院生活が長かったせいだろう、綸子の声は悪口の時すら抑え気味だ。
それでも私はドギマギする。
運転手さんは全く聞こえてない風で黙ってハンドルを握っているけど。
(こういうカップルとか、案外慣れてるのかな……)
私達の痴話喧嘩など車内の空気の一部みたいなものでありますようにと願っているうちに、駅に近付く。
「じゃあ、荷物も持って来るのでここで待っててください」
ロータリーの辺りで止まってるとモーモータクシーの車体はやっぱり目立つ。
中には写真を撮ってる人までいる。
コインロッカーから出した綸子の荷物は、二泊三日にしてはやはり異様に大きかった。
「……朝も聞いた気がするけど、何が入ってるの?」
綸子はニヤリと笑った。
「さっきの話の続きだけどさ、私を差し置いてゴミ男と先にあんな事やこんな事をしたと思うとムカつくからさ、その倍くらいはこの旅でふーこにあんな事やこんな事してやろうとおもってるの」
完全に据わった眼でそう言われて、私は蛇に睨まれたれたひよこの気持ちというものを生まれて初めて感じる事ができたのだった。
(た、助けて……)
さて、これからタクシーはいよいよホテルに向かうのである。




