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ハジメテのお泊りッ!

 私の名前は麦原風子。


 そこらへんの会社に勤めている、たいした特徴もないアラサーのOLだ。

 道を歩いていたって、誰も私に振り向く事もない----隣に綸子がいない限りは。


 隣にいるのは、蓮見綸子。


 今年で二十歳になったらしいが、並んで歩くと、ミルクティーみたいな色のウルフカットが日本で一番良く似合う高校生にしか見えない。


 そのくせ、北海道屈指の大企業のお嬢様でゲーム好きのニートだったりする。

 正確には、ニート兼子会社の社長、的な立場らしいけど、ただ歩いている分には、大きな瞳をしたどこか儚げな陰を纏った美少女だ。


 なんて言ってる間も、ほとんどの通行人が綸子の顔を見ては息を呑んだり二度見したりしている。

 で----私は、その綸子の恋人という事になっている。

 

 最初は契約上の恋人だった。

 今は、私の意思で----って言っていいのかな?


 ま、一応そういう事にしておく。

 勢いだったとはいえ、東京の父親の元へ行こうとしたのを引き留めたのは他でもない私なんだから。


「ねぇ、ふーこったら何ぼんやりしてるの?」

 

 綸子が私を呼ぶ声に、前にはなかった甘い響きが混ざってるのが分かる。

 顔は、ふくれっ面だけど。


「せっかくこうしてデートしてるのにさ」

「あ、うん……デートって言うか、普通に買い物だけどね」


 私達は近所のスーパーで待ち合わせて、夕食の材料を買っているのだ。

 今夜は焼き鮭にじゃがバターと、あとはつみれ汁にでもしようかと思う。


 函館からのドライブから帰ってからは、こうやってたまに二人一緒に夕食の材料の買い出しに出たり、少し足を延ばして商店街まで行ったりするようになった。


 恋人らしいというと恋人らしいのかもしれない。


 だけどそれ以外は、特に生活に変化はない。


 マンションのワンフロアで別々の部屋に暮らしているのも今まで通りだし、夜もそれぞれの部屋で寝ている。


 一応一緒に寝ようとか言うかなと思ったのだけど、それは綸子の方からお断りされてしまったのだ。


「ほら、私夜型だからふーこが寝てる横で色々やってたらうるさいっしょ?」

「色々って、何してるの?」


 まあ仕事とか投資とかかなと思いながら聞いたら、


「あー、ゲームの配信したり、オンゲーとかかな」

「配信? そんな事までやってんの!?」


 ニート生活は全然変わってないどころか、更にレベルアップしていた。


「うん、試しにやってみたらさ、結構再生回数増えてビビったぁ」


 あっけらかんとしている。

 

「そういうの、大丈夫なの? ほら、前もオフ会とかやった時……」

「何? 心配してくれてるの?」


 いきなりジャガイモの袋を持ったまま顔を覗き込んできた。


「いや、生活の乱れは健康によくないから……」


 ほぼ成功しているとはいえ、綸子は心臓の治療中なのだ。

 しかも長年の主治医は札幌から東京の大学に行ってしまったから、何かあってもすぐに対応できるか分からない。


 私にできる事はなにもないけれど、せめてまともな生活を送らせるのは保護者、いや、恋人としての役割であって----。


「……もしかして、妬いてたりする?」

「真面目な話をしてるんだってば」


 もう、その上目遣いは反則だっつーのに。


「でも、少しはそういう事心配してくれてるんでしょ?」

「う、まぁ……そういうのもちょっとはあるけど」


 ボソッと答えたら、綸子は「やった!」と腕に抱き付いて来た。


「こらこら、そういうのは外でしないの」

「えー」


 バカップルみたいな会話をしながら、野菜売り場から魚売り場へと進む。


「でさ、今度行きたい所があるんだけど」

「どこ?」


 塩分少なめの鮭の切り身を選んでいる私に、綸子はニッコリと告げた。


「函館! 温泉入るの!」


 危うく私は切り身のパックを取り落とす所だった。


「は? こないだ行ったばかりでしょ!?」

「あれはチャンプ号ででしょ? 今度は電車で行くの」


 いやいやいや。

 運転しなくても日帰りで函館の温泉はキツいですって。


「……ん、日帰りだと思ってる?」

「お、思ってますけど……?」


 お嬢様と暮らしているメリットは頑張って半額の鮭を買わなくてもいい事だ。

 取りあえず、新鮮でいい物を食べさせてあげられる。


(……じゃなくて)


「えと、泊りがけでって事?」

「うん、二泊三日で行く」


 決定事項かよ!


「いや、でもあの、その私は月曜日は会社に行かなくてはなりませんので……」

「ふーこ、勤続祝い今年だったよね?」


 今度こそ叫びそうになった。


「確か会社からお祝い金と一週間の休暇がもらえるんでしょ? お金は私が出すから、ふーこの有給は三日私にちょうだい?」

「な、ななな……なんでその事を……?」


 立ち尽くしたまま唖然とする私に、お嬢様は可憐に微笑む。


「だって、私、ふーこの事なら何でも知ってるよ? ふーこだって私のブラジャーのサイズ知ってるじゃん?」

「わわわわ……あれは自分で酔っ払って脱ぎ捨てたのを私が拾っただけで……!」


 そうなのだ。

 私達はまだキスしかしてないし、綸子のブラジャーのサイズもたまたま知ってしまっただけなのに、それなのに----お泊り旅行に行く事になってしまったのだ----!


 付き合う時の順番って、こんなんでいいんだっけ?


「き、決まりなんだよね?」

「決まりだよ?」


 何か問題でも? みたいな顔をした美少女の横で、店員さんが値引きシールを切り身のパックに貼り始める。


 こうして私達のはじめてのお泊りデートは、スーパーの通路でいきなり告知されたのだった。

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