第3章 戦争計画
▼第3章 戦争計画
聖歴2021年 8月15日 11:00 オケアノス皇国 内閣閣僚会議室
会議室で、内閣総理大臣であるヤニスは頭を抱えていた。
このままでは本当に、アナンケ王国と戦争状態になりかねないと。アナンケ王国との交戦を受け、ON,OAF総司令のマヌエルとミハイルが緊急電話会議に招集された。
「マヌエル君、ミハイル君、状況の報告を。」
「海軍では被害は確認されていません。今回、交戦した5機の敵機はアナンケ王国海軍の通常動力空母アレースより発艦したアナンケ空軍の新型戦闘機An-20Cであると思われます。データを調査したところ、皇国統合軍傘下の諜報部が情報を得ておりました。同機は我々の保有するOf-3と同レベルのスペックを擁する第4世代戦闘機であると分析しております。なお、空母アレースの艦載機数は80機とされています。我々の空母ゼウスの20機と比較しても4倍の差があり、プシュケでの紛争を経験した精鋭のパイロットが揃うゼウス空母打撃軍でも苦戦を強いられるかと。」
「空軍ではOf-3が1機撃墜され、1名の戦死者を出してしまった。パイロットであったカリアスの脱出は確認できていない。アナンケの新型機An-20Cについても、その搭載ミサイル数は4発と少ないものの機銃掃射能力と飛行速度、ミサイルの速度においては我々を上回っていて、ミサイルの搭載数と射程の優位を活かした戦いに持ち込めなければ、我々は苦境に立たされるだろう。」
「空軍が研究開発を行なっていた第5世代戦闘機OFXはどうなっているんだね。」
「試作的な実機が30機程度完成しているが、前線への配備にはまだ時間がかかる。」
「了解した。ならば現状の戦力での奮闘を期待している。我々、内閣にできることがあれば言ってくれ。」
マヌエルはヤニスの両眼をまじと見つめて、憂うように語った。
「アナンケは現在も、ガータ諸島付近で軍事演習を行なっており、1個空母打撃軍が演習に参加しています。戦闘が発生していて更なる戦闘の激化が考えられる以上、警戒レベルを上げて、国内各地に点在する航空基地に厳戒態勢を取らせた方がよろしいかと。」
「わかった、首相としても、我が国の領土を占領させるわけにはいかないからな。警戒レベルの引き上げを行っておこう。無線通信は敵国に傍受されないよう、只今より無線通信は特秘チャンネルに切り替えること。内閣としても、アナンケ王国に対して外交ルートで抗議を行うことにする。」
「承知致しました。絶対に、ガータを守り抜きます。」
「頼んだよ、マヌエル君、ミハイル君。」
「はっ!」
2人はぴしと敬礼して、足早に会議室を後にした。
8月15日 12:00 首相官邸報道室
「只今から、アゲシポリス官房長官より、定例記者会見が行われます。アゲシポリス官房長官、壇上へお上がりください。」
「これより定例記者会見を始めます。」
アゲシポリス官房長官────
駐アナンケ大使を8年間務め、かつての国防大臣として13年前にプシュケへの義勇軍派遣を提案した実績のある対アナンケ防衛通。個人レベルでのアナンケ防衛筋との交流も深く、「オケアノス国内で最もアナンケに近い者」として、その道に明るい人物だ。
「えー、我々の声明と致しましては、本日10:30ごろに発生しました、ガータ諸島領空内でのアナンケ王国空軍の領空侵犯及び、オケアノス皇国空軍所属機の撃墜といった、非人道的かつ、国際法を無視した諸行為に関しまして、遺憾の意を示すと共に、今後、事態が急速に悪化する可能性があることから、深い憂慮を示します。周辺海域で軍事行動を取るアナンケ王国に対しては、自制的な行動を要請すると共に、我々としても、パイロットの命が奪われているという現状から、アナンケ王国に対して、最も強い表現を用いた抗議を行ないたいと思います。」
「記者からの質問等、ございますでしょうか。」
いつもなら、記者席からまばらに手があがるのだが、今回は事態の緊迫を受けて、記者ほぼ全員からどっと手があがった。
アゲシポリスは記者席を見回してから、無言で、前方に手をやった。
「オケアノステレビです。アナンケは現在も、東エルピーダ海において海軍演習を行なっており、今後更なる軍事的行為が行われる可能性があります。こちらについてはどういった対応をされますか?」
「内閣として、先ほど、警戒レベルの引き上げによって、全空海軍基地に出動及び即応態勢を取らせると共に、ガータ諸島領海内でスクランブル対応を行いました。空母ゼウスにも同様の態勢を取らせております。また、アナンケ王国による核攻撃の可能性に備え、もし核ミサイル発射を探知した際に、即座に反撃できるよう、我が国の核弾頭搭載ミサイル、Peacekeeper-3をアナンケ王国に向けて配備しております。」
「それでは、戦争になる可能性がある、ということでしょうか?」
「いえ、その心配はございません。我々としても、ガータ諸島は我が国固有の領土であるという立場を保持しつつ、国際連邦に対して安全保障理事会の招集を要請したところであります。加盟国の4分の1以上の賛同が得られれば、安保理に招集がかかるかと。」
アゲシポリスは官房長官として、できるだけ国民の混乱を招かないよう、落ち着いた回答を行ったつもりだが、記者達の表情から不安を拭い去ることはできなかったようだ。
「まもなく時間ですので、質問を終了させていただきます。」
記者席についていた記者団が立ち上がり、官房長官を追及する。
「ちょ、官房長官!」
「ご説明を!」
「国民は戦争に巻き込まれてしまうのですか!?」
「ガータ諸島が奪われれば、我が国の安全保障環境に影響が!」
「今回の衝突により、株価が急激に下落していますが、今後の経済対策はどうされるのですか!?」
「国民はパニックとなり、コンビニやスーパーに押し寄せています!」
「官房長官!」
「官房長官!」
足早に報道室を後にして、アゲシポリスがやっと口を開いた。
「────戦は近い。アナンケの奴らを、あまりなめてかかるな。」
報道補佐官が首を傾げる。
「と、言いますと?」
「奴らにとって、軍拡と領土拡張を邪魔している最もたる存在は、紛れもない、我々オケアノス皇国だ。奴らが周辺国に戦争をふっかけるたびに、我々の義勇軍が到着し、兵器の性能差によって領土拡張が失敗に終わっている。」
「だからこそ、我々から潰してしまおうと?」
「ああ、恐らくそうだろう。オペレーション・テイクダウン────」
「オペレーション・テイクダウン?」
「君はまだ聞いたことが無かったか。まあそれも当然だろう、奴らがハシミールの戦いで我々に打ちのめされた後から、我々への復讐を目的として秘密裏に練られてきた作戦だからな。」
「ここ数年の、アナンケの急速な軍拡はそのための布石だったということでしょうか。」
「ああ、おそらくはそうだろう。どうしてこの国は、2680年もの間、外国勢力に侵略されずに済んできたと思う?」
「オケアノスが島国だからでしょうか。」
「その通りだ。だが、それよりも決定的な理由がある。周辺諸国、特にアナンケは、常にその国境をなだたる軍事強国と接してきた。島国人の俺らには理解しがたい感性だが、大陸の奴らというのは、常に隣国に攻め込まれるというリスクを考え、陸軍を増強する運命に置かれていたんだ。そのせいで彼らは強力な海軍を持つことができず、オケアノスに対抗する術を持たなかった。しかしその『法則』が変わりつつある。」
「と、いいますと?」
「原因は主に二つだ。一つは、紀元前から膨大な人口を擁していた統一プシュケが軍閥時代に突入することで、プシュケが事実上の内戦状態に陥ったこと。今はかろうじて、連邦国家という形で体裁を保っているがな。もう一つは、イレーネのお花畑思想にある。イレーネのやつらは憲法のせいで軍事費を大幅に抑え込まれてしまっている。やはりこれが一番の問題だ。アナンケにとっての『北狄』と『南蛮』がいなくなった今や、奴らにとっての敵は『東夷』にあたる我々オケアノス皇国のみ。まったく、イレーネが戦争を放棄したからといって、戦争はイレーネを放棄していないことを、なぜあいつらは分からないのか。理解に苦しむよ。」
アゲシポリスが、やり場のない怒りを吐き出した。
補佐官が心配そうにしながら、アゲシポリスに問いかける。
「ということは、アナンケにとってエルピーダに敵がいなくなった今、矛先を向けられるのは…」
「アナンケとの間にガータ諸島の領土問題を抱える我々で間違いない。これは我々の諜報員から聞いた話だが、オペレーション・テイクダウンとは主に3段階に分けられるものらしい。」
第一段階 ガータ諸島において奇襲攻撃をしかけ、海軍の数的優位によってオケアノス海軍の主力部隊「ゼウス空母打撃群」の戦力を削ぐ。
第二段階 中距離ミサイルDM-98によってオケアノスに飽和攻撃を仕掛け、同国の空軍基地、軍港を使用不能に陥らせる。
第三段階 オケアノスの基地が復旧するまでの短い期間に、陸軍戦力において圧倒的優位を誇るアナンケの主力部隊を電撃的にオケアノス本土へ強襲上陸させ、制圧。
「我々が本土防衛を達成できるかどうかは、八割方ガータ諸島での海戦にかかっている。ガータ海戦で海軍戦力を失えば、我々にとって敵の輸送船や強襲揚陸艦を沈める手立てはなくなる。ましてや第二段階のミサイル防衛も、我々の保有するイージス艦が生存するか否かにかかっているのだから、海戦で敗れれば負け戦を強いられることとなる。それだけは何としてでも避けたい。そのために我々、政府としても出来る限りの対策を講じなければ。すまんが、先に行かせてもらうぞ。」
重たそうに報道資料を運ぶ補佐官を尻目にして、アゲシポリスは早足でヤニスの元へと向かった。
アゲシポリスが首相官邸はヤニスの仕事部屋の扉を、コンコンコンと、丁寧に3回叩く。
「アゲシポリスです。」
「どうぞ中へ。」
「失礼致します。」
「かけたまえ。」
ヤニスに促されてアゲシポリスが席につく。
「アゲシポリス君、君はこの戦局をどう見るかね。」
「恐縮ながら私の意見を述べさせていただきますと、今回の戦争はアナンケによるオペレーション・テイクダウンが実行に移されるものかと。」
「詳しく聞こうじゃないか。」
「はい、総理もご存知の通り、彼らの長期防衛大綱の中には極秘裏に、オケアノスに復讐をするという項目が含まれております。それを体現化したのが、この作戦なのです。当作戦が実行に移される以上、我々の主力艦隊であるゼウス空母打撃群とアナンケの主力艦隊であるアレース空母打撃群との間での大規模海戦は避けられないかと。ここで勝利を収められるかどうかで、我が国の防衛の命運は決まると言っても過言ではないでしょう。」
「なるほど。君の意見はいつも参考にさせてもらっている。私としてもできる限りの警戒態勢を敷く。君は、国民に混乱が生じないよう、引き続き情報の収集と発信に努めてくれ。」
「承知致しました。」
「よろしく頼むよ。」
「はい、それでは失礼します。」
深くお辞儀をして、アゲシポリスが部屋を後にした。
閉まりつつあるドアからは、ヤニスの固い表情が薄ら見えた。
「これは戦争になるぞ。」
ヤニスは部屋の中で一人、こらえきれない歯痒さと戦っていた。