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海の向こうの怪物  作者: 軍ちゃん
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プロローグ

▼プロローグ 

はるか遠く海の向こう。水平線を隔ててもなおその姿を垣間見ることのできない「大陸」では、有史以来このかた戦争が続いてきたらしい。弱者が覇者を忌み嫌うことで、また、時に独裁者の身勝手によって引き起こされることもあった、血みどろのそれ。何千万の敵を殺そうとも、何千万の同胞を殺されようとも、どちらかの目的が達成されるまで、戦いは継続されなければならない。「目的が達成されなくとも、戦争を終了してはならない」と、誰が決めたわけでもないのに。


戦争の始まりは、遠い昔のこと。大河川の近くに文明が発生し、人々は農耕生活を送るようになった。これにより、古代文明人は狩りに出る必要がなくなり、人類は安定の境地に足を踏み入れるべく、小さくも大きい、輝かしいその第一歩を踏み出したように思えた。


しかし、光のさす場所には必ず陰ができる。彼らが安定の境地に至ったとき、また彼らは、人類が滅亡するまで永遠に続く「戦争」という底無し沼に脚を突っ込んでしまった。


水を持たざる文明は農耕ができないため、その生き残りをかけて水を持つ文明に挑戦し、兵糧が足りずに敗北を喫してきた。かろうじて生き残った勝者たる文明も、戦争による不満で内側から反乱が起き、幾度となく崩壊し、そして再び統合することを繰り返してきた。成功する文明が現れれば、必ずや、持たざる文明が現れ、彼らの覇権を邪魔する。それがあの「大陸」の沿革、いや、この荒唐無稽ともとれる世界の中で「唯一観測可能な歴史の法則」とでも言うべきであろうか。


ただし、この星の上でたった一つだけ、その法則から外れる例が存在する。我々の住む国家、オケアノス皇国だ。我が国は誕生してこのかた2680年、一度たりとも外国勢力による侵略を受けたことがない。その四方(よも)を、海という天然の障壁が守ることによって、人々は外敵の侵略を気にすることなく、平和ボケした生活を送ることができ、副産物として、「大陸」のどこにも見ることができない独自の文化が発達した。


とはいっても、数百年に一度の単位でごく稀に、力をつけた大陸の勢力が海を渡って押し寄せることがあるが、先祖らはそれら全てを、水際にて撃退してきた。彼らの努力があってこそ、今のオケアノス皇国があるのだ。


歴史とはいわずもがな、決められたパターン通りに進むだけのプログラムに過ぎない。我々の創造主たる神がプログラミングコード(戦争計画)を書き、それを実行するだけのこと。


そう、「戦争は終了されてはならない」。

神が、コードを書き続ける手(見えざる手)を止めるまでは。


いまだかつてこの「歴史の法則」に逆らって繁栄を享受した国家などなく、人間は所詮、神の掌の上で、コードに従って動くことしかできない、そういう存在なのだ。


だからこそ、我々オケアノス皇国が大陸から離れている限り、神がコードを書き続けられる限り、臣民は皆、未来永劫安定した生活を保障され、尊い命が戦争に巻き込まれることもないのだと、誰もが確信していた。


しかしその慢心が今、この国を滅ぼしたりうるエネルギーとなっている。オケアノス皇国の西に、海を挟んで君臨する「陸の塊」、エルピーダ大陸には現在、多数の勢力がひしめく中で、特段の猛威を振るう強国がいくつか存在する。


そのうちの一つがアナンケ王国。我々の隣国であり、真東に海を挟んですぐオケアノス皇国と睨み合う構図だ。世界トップレベルの強力な陸軍を持ち、その広大な領土に55の少数民族を抱える巨大帝国。大陸文化の伝統を重んじる宗教保守派の多い国家で、最近では、隣国との国境紛争地帯「ハシミール地方」への重戦車師団派遣、反政府言論人の無条件拘留、オケアノス皇国領「ガータ諸島」領海内における同国軍艦の無許可航行など、過激な行動が目立つ。軍事強国である一方、内部での対立が激しく、守り繋いできた文化が破壊されつつある。


アナンケは、自らが世界の中心であるというアナンケ中心主義から、周辺の国家への圧力を強め、最終的には周辺の国家全てを飲み込もうとする異常なまでの領土的野心をその内に秘めている。もちろん彼らの領土拡大先には、エルピーダ大陸の周辺国家だけではなく、我々の住む島も含まれる。


また、語らずにいられないのがイレーネ共和国であろう。イレーネとは調和、平和という意味を持つ古代ギリシャ語であるが、この国が現在の安寧を手に入れるまでの道のりは極めて困難なものであった。


イレーネの国土の大半は平地によって占められており、むろん国境地帯には山や大河川などの障壁がないため、すぐ南側にアナンケを抱える同国は歴史上、歴代のアナンケ勢力によって度重なる侵略を受けてきた。そのため独立を失うことも少なくなく、彼ら国民の平和を叫ぶ声には、他国に類をみない力強さと重みがある。


調和と平和による繁栄を目指そうとする考え方は、穏やかかつ、事勿れ主義的な国民性にも顕著に見られるほか、何よりその防衛政策に最も特徴的に表れているといえよう。


同国は自由イレーネ暫定政府と、今はなきアナンケ社会主義共和国連邦との間で戦われたイレーネ独立戦争によって多くの若者に血を流させたという反省から、独自で共和国憲法(お花畑憲法)を制定し、同憲法の9条にこう書き記した。


「我々は独立戦争の苦い記憶から、二度と戦争に手を染めず、いかなる国際的不調和も武力を以つて解決することを拒み、平和と国際連帯によってのみこれを解決することを誓う。したがって軍隊とは、これを必要最低限度を超えて保有してはならないのであつて、国民は、これを遵守しなければならない。」と。


それでもイレーネ国内には、「銃を持つことによって我々は独立を手に入れることができたから、再軍備を進めるべきだ。」と主張する国民が数多く存在する。


これに対しイレーネ政府は「国際情勢が緊迫した際は、我々の同盟国であるオケアノス皇国と連帯することによってのみ、平和的にアナンケを思い留まらせることができる。」とし、再軍備派の意見を一蹴し続けてきた。


この、ある意味「弱腰外交」とも取れるイレーネの防衛政策は、常にその領土的野心を燃やすアナンケ王国の軍事行動を駆り立て、両国間に存在する国境紛争地帯「ハシミール地方」に、アナンケが重戦車部隊を投入し小競り合いでイレーネ側の22歳の軍人が死亡するなど、弱腰外交のツケが回ってきている。


結局、彼らが守りたかった「若者の命」とはなんだったのだろうか。


現在、ハシミール地方には多くのイレーネ系住民が生活しており、国際法上もイレーネに帰属するのだが、総合国際機関である国際連邦の常任理事国であり、拒否権をもつアナンケ王国がイレーネへの帰属を拒否し続けているために、アナンケによる実効支配が続いている。


これに対し、イレーネはオケアノス皇国に「同盟に基づく連帯防衛措置の発動」を要請したが、アナンケ王国との直接的な戦争を避けたいオケアノス皇国はこれに乗り気ではなかったため、要請は回答をあいまいにされたまま留保された。


オケアノスが、「頭のいかれた平和主義者」のイレーネをある意味で見殺しにするのも、当然の措置だったのかもしれない。現代国民国家とは所詮、国民の権利を国家が国民に代わって保護するために生じた一つの方法に過ぎず、国民の利益を追求する利益団体でしかない。


その利益団体が、人間の求めるような友情を希求することがなぜあるだろうか。いや、ない。そのため、良心に基づいた同盟関係など、発生するはずもないのだ。


悲しいが、国家間には人間のような友情などはなく、彼らが同盟を構築するものまた、戦略的利益のために過ぎない。だからこそオケアノスは、ハシミール奪還のために自国民の血を流すことに非協力的だったのだ。


「国家間に友情など存在しない。」


だからこそ、たとえ刺し違えたとしても反撃できる力を持ち、自分の身は自分で守らなければならないのだ、と。ハシミール紛争はイレーネの国民にその種の感情を芽生えさせる一大契機となった。


アナンケとイレーネが互いに「対岸の火事」を繰り広げる中で、オケアノス国内にはどこかのほほんとしたような、慢心ともとれる論調が蔓延っていた。


「我々は海に守られながら2680年も生き存えたのだから、今更防衛に力を入れずとも、きっとどうにかなるだろう。」と。


しかし、その路線は誤りである。伝統的な陸軍国家であるはずのアナンケ王国が海上権益確保のために海軍を増強する中で、同国初の空母建造にも力を入れ始めた。アナンケ王国は10年以内の空母6隻構想を掲げ、原子力空母と電磁式カタパルトの開発に、国の総力をあげて乗り出した。


先程も述べたように、オケアノスは古くからの海洋国家、島国である。島国の防衛ドクトリンとは「敵に上陸をされないこと」が前提であるわけだから、それに伴って海軍を増強するのは自然な流れであるはずだ。


それでも我々の首脳陣はその重い腰を上げる気配すらなく、現状の海軍力に満足しきって、アナンケが何を企んでいるかを知ろうとすらしていない。完全なる思考停止状態だ。


やはり、新興国であるアナンケが今まで技術的に立ち遅れていたからか、オケアノス国内には、どこかアナンケの技術力を見下すような雰囲気が強く根付いている。そのせいもあってか首脳部は、オケアノスの離島であるガータ諸島を虎視眈々と狙っている対アナンケ防衛戦略についても、「我々の保有する2個の空母打撃軍は戦闘能力と技術力でアナンケを大きく突き放しており、彼らの保有する空母6隻に十分対応することができる。それに、彼らの陳腐な技術力では空母を作るのに何年かかるかは分からないので、国民にはぜひとも安心していただきたい。」として姿勢を崩さない。


そう、彼らは信じて疑わなかった。この国にいる限りは、外敵に攻撃されることなど絶対になく、死ぬまでずっと、平和な暮らしをすることができるのだ、と。

産まれてこのかたずっと崇拝してきたプログラミングコード(歴史の法則)が、イレーネ共和国のことを「平和ボケした連中の集まり」と揶揄する彼らを、裏切るその日までは。

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