第87話 立ち退き要求
「これお美味しい! ボク気に入っちゃった」
「ユキコさん、こんな飲料があるんですね」
「ハチミツが使ってあって贅沢ですけど、甘さがクドくなくていいですね。健康にもよさそうです」
「ショウガを甘い飲み物にするなんて、僕には思いつきませんでした」
この世界にはジンジャーエールがないので、自作してみました。
ショウガはこの世界にもあって、普段は薬として使われているみたい。
これに、レモンに似た柑橘類と、死の森で採取した巨大ミツバチの巣から集めたハチミツを使って、ジンジャーエールを作る。
スライスした材料を均等に大きなビンに入れて、常温で一日、冷蔵して三日ほど待つだけ。
時おり、ビンの中身を振ることを忘れず。
これを炭酸水で割ってオヤツに飲んでいるのだけど、ララちゃんたちにも好評だった。
「ハチミツが高価なので、販売は難しいかな?」
ショウガはそれほど高くないし、レモンに似た柑橘類も同じだけど、やはりネックはハチミツね。
たまに魔獣である巨大ミツバチの巣を探してハチミツを採るのだけど、微量を甘味扱いで売るのが限界かな。
ジンジャーエールって、ハチミツを大量に使うからね。
この世界だと、ちょっと贅沢なのよ。
ソーダ水で割って飲むものだから、一杯分ならそこまで高価でもないのかしら。
でも、お店で出したら他のハチミツを使ったメニューが作れなくなってしまうので、これはジンジャーエールは私的に楽しむしかないのかな?
そんなことを考えながら、みんなで開店前の小休憩をしていたら……。
「ほほぅ……。ここが、ニホンか。客は多いから金になりそうだな」
「さすがは旦那様。目のつけどころが違いますなぁ……」
「あのぅ……お客さん。まだお店は開店前なのですが……」
突然、二人の中年男性が入ってきた。
一人はとても太っていて、服装や装飾品はとても豪華。
貴族ではなく商人だと思うけど、いかにも『成り上がり者』といった感じね。
急に大金が入ったので、とりあえず贅沢してみました、みたいな。
そしてもう一人はとても痩せていて、くたびれたカマキリのような印象を受ける。
太った男性の部下だと思うけど、腰巾着的な態度を隠しもしなかった。
「俺はこの店の客ではない! 新しい経営者だ!」
「経営者は私ですけど……」
この人、いきなりなんなんだろう?
いきなり、私のお店を自分のものだなんて……。
「これでどうだ!」
カウンターの上に、『ドンッ 』と一抱えもある革袋が置かれた。
これはつまり、お金が詰まっていると見ていいのかしら?
そのお金で、ニホンを買い取りますと。
「あの……ニホンを売る意思はありませんから」
というか、ここは賃貸物件だ。
お店を売ってほしいのなら、この店と土地の持ち主に言うべきでは?
私にお金を出しても意味はないと思うけど……。
「ふんっ、お前の意思などどうでもいいのだ。この土地とお店の持ち主とはすでに交渉が成立しているからな」
本当に、店舗と土地の持ち主と売買契約を終えていたの?!
というか、このお店の賃貸契約って一年更新だったはずで、まだ更新時期じゃないから契約違反だと思うけど……。
「愚かな小娘め! いいかよく聞け! 確かに前の持ち主とは一年間の賃貸契約を結んだのだろうが、この土地と店は俺のものになった。俺は小娘とは賃貸契約を結んでいないのでな。とはいえ、お前も引っ越しなどの準備で金がかかるであろう。これは支度金だ」
この大きな革袋に入ったお金。
そういう意図だったのね……。
それにしては随分と多いような……。
「ユキコさん、これ全部銅貨だよ。意外とセコイ」
「ガキがぁーーー! 大人をバカにするなぁーーー!」
「事実なのに」
いつの間にか、アイリスちゃんが革袋の中身を確認していたようで、中身が全部銅貨であることを教えてくれた。
だから大きな革袋に入っているのかぁ……。
これだと迷惑金、慰謝料……言い方は色々とあると思うけど……少ない?
「女将さん、立ち退き料として見れば相場くらいだと思いますよ」
そうなんだ。
ボンタ君は、こういうことにも詳しかったのね。
やっぱり、経営する側の家の子なのかな?
「とにかく出て行けよ! 一週間の猶予をやる!」
「さすがは旦那様、慈悲深いですな」
「慈悲深いなら、一週間で出て行けなんて言わないのでは?」
「うるさいぞ! 小娘その2が!」
「その呼び方って、大人としてどうかと思いますよ。あなたに名前で呼ばれたくないからいいですけど……」
少し前までは男性恐怖症だったはずなのに、ファリスさんも随分と言うようになったなぁ……。
でも、この二人に名前で呼ばれたくないのは事実よね。
「(ララちゃんは静かね……)」
うちで一番の古参だからひと言くらい言い返すのかと思ったけど、なぜかとても静かだった。
二人を『じぃーーー』と見ていて、顔見知りなのかしら?
でも、ララちゃんに王都の知り合いって少ないような……。
「とにかくだ! 一週間で出て行け!」
「商業ギルドに訴えても無駄ですからな。この土地と店の所有権がこちらに移った以上、前の持ち主との賃貸契約は無効なのですから」
痩せたカマキリ部下が最後にそう言い残し、店をあとにする。
「女将さん、このお金どうしますか?」
「返す……返して要求を突っぱねたとして、立ち退かないで済むのかしら?」
「難しいかもしれません……前の持ち主のままだったら、一年間の契約更新前に立ち退かせるのは違法なんですけどね」
「ボンタ君、詳しいね」
「聞き齧り程度ですけどね」
ボンタ君の実家のことはともかく、せっかくお店が繁盛しているのにまた立ち退きかぁ……。
今度は、ちゃんと土地とお店を購入した方がいいのかしら?
「向こうは違法なことをしているわけではないから、僕があれこれ言えないなぁ……あっ、串焼きを適当に。塩でね」
「公平さを欠きますからな。殿下を追い落とそうとする勢力がいないわけでもなく、そういうことは差し控えた方がいいでしょう。女将、ハチミツ入りの玉子焼きを」
「意図がわからないな。このお店の客入りのよさを狙ってかな? シオニコミ大盛りで」
「しかしそれは、ユキコ君がこのお店を切り盛りしての結果だ。上物だけ買っても意味はないだろうに……ミソニコミとエールを」
「ユキコ女将! これはいい契機だ! 俺様と店をやろうぜ! ハラミ串を塩で五本!」
「なにがいい契機だ。それなら俺でもいいだろうに。串焼きお任せ、カレーで」
「親分、どうにかならないっすかねぇ……ショウユダレのレバー三本追加で」
「正式に、土地と物件を購入しているからなぁ。元の所有者は不義理をしたが、法は犯していない。自警団が出張るのはよくないな。タンシオ串を」
お店からの立ち退きを要求する二人組が去ったあと、店はいつものようにお客さんでいっぱいになったけど、カウンターの前に陣取る濃い常連たちと、テーブル席の常連さんたちとの間に距離ができていた。
カウンター席前の濃い常連さんたちが立ち退きの件を話し始めたので、一般庶民ばかりの普通の常連さんたちはそれをシャットダウンし、自分たちだけで楽しむモードに突入したというわけ。
彼らは、本能でわかっているのだ。
この店のために話し合っているのはわかるけど、自分たちは混ざらない方がいいと。
「アイリスちゃん、エールお替りね」
「はーーーい」
「ファリスさん、山イチゴの果汁水に氷ね」
「はい、今お持ちします」
アイリスちゃんとファリスさんで応対できているから、特に問題はないと思う。
「余所者の商人だからであろうか? 少しばかり荒いの」
お爺さんは、あの二人組の正体を知っていたようね。
「余所者なんですか?」
「いくら法的には合法でも、あんなことをすれば軋轢も大きかろう。王都で活動している商人でやる奴はいないよ」
普通なら、一年後の契約更新の時期に合わせて土地とお店を購入し、私たちに少し包んで更新はナシで、という風にするのが一番賢いやり方だからね。
「王都の商人たちに先を越されないようにと、焦ったのでしょうか?」
常識的な手だと、王都の商人たちに先を越されてしまうかもしれない。
そういう風に考えたのなら、あの態度でも納得がいくわね。
「あそこは、生粋の王都の商人なら誰も買わぬよ。なぜなら、ワシが紹介したのだからな」
そうなのよね。
このお店を私に紹介してくれたのはお爺さんだから、本当ならこんな理不尽なことは起こらないはず。
王都の商人で、この店に手を出す人はまずいないからだ。
スターブラッド商会を敵に回してまで手に入れる価値があるほど、ここは大きな利益が出る土地や店ではないのだから。
「調べてみたが、あの二人は『バルツザルト』の出だな。あそこは今、少し景気が悪いのでな」
「……魔猿の群れですか?」
「ララちゃんは、あの町の近くの出だったな。ララちゃんの故郷の村だけではない。今、あの町の周辺では魔猿が大量発生していてな。しかも、えらく狂暴なのだ。元から人を襲ってその肉を食らう魔獣とはいえ、ああも暴れ回るものではない。しかし、その原因がわからない」
ララちゃんの故郷がある村を滅ぼした魔猿の群れは、その後もいくつかの村を襲撃し、滅んだところはないが多くの犠牲者が出ているそうだ。
ただ、その無軌道な凶暴さは、これまでの魔猿には見られなかったものだそうで、おかげで魔猿がでる地方は現在不景気の真っ最中であった。
移動と流通を大きく阻害されると、経済に大きな影響が出るから。
「あの二人は、ララちゃんの故郷の村の近くにある町の出なのね」
もしかして、ララちゃんが二人を見ていたのって……。
「知り合い?」
「向こうが、私のことを覚えているかどうかはわかりません。私はたまにお遣いでバルツザルトに行っていましたから。そこで非常に評判の悪い商人でした」
バルツザルトの町の主な産業は、周辺の村々から農作物や特産品を買い取り、それを王都や貴族の領地に売りに行くことであった。
「あの太った方、デブラーは村の人たちを騙して農作物や特産品を安く買い取り、それを高く転売して儲けたそうです。最近では、その悪行のせいで商売も傾いていたとか……」
これまでの悪行が祟って、農作物や特産品を売ってもらえず、さらに魔猿が地方で暴れているせいでさらに商売が傾いてしまったらしい。
「商売場所を変えなければならず、その結果があの横暴な態度ってわけね」
「そう考えるのが一番楽なのだが、少し変なところもある」
「変?」
「この土地と店の持ち主だが、ワシが賃貸を仲介したのだ。普通の条件では売らんだろう。実際に調べたら、相場の数倍も出していた。これは変だ」
この土地は、いわゆる中間層の平民が住む地区と、今再開発中である貧民街の境目のような場所にある。
そんな微妙な場所にある土地を、わざわざ相場の数倍で買い取る意味がないのだ。
「お祖父様、その値段で買って元は取れないんじゃないか?」
ミルコさんの言うとおりだと思う。
自分でお店を経営するにしても、人に貸すにしても、土地代の回収には莫大な年月がかかるはず。
どう考えてもおかしな商売なのよね。
「ユキコが上手くやっているから、自分も大丈夫だと思ったんじゃないのか?」
「元々の土地代がおかしい。ここがそんな値段のわけがない。となると考えられるのは……元の持ち主も、元々売るつもりはなかったんじゃないのか? 断るだろうと思って吹っ掛けたら、向こうは出すと言った」
相手がその条件を呑んでしまった以上、お爺さんのことは気になっても、土地と店を売るしかなくなってしまったと。
多分、イワンさんの予想が正しいのだと思う。
「ここを高額で買う意味……少なくともニホンという繁盛店があるから、という理由ではないな」
なにか他の理由で、デブラーはこの土地が欲しいのだ。
そして、そのためには高い金を出しても惜しくはない。
「土地代などすぐに回収できるほどの利益が出る。この土地に?」
でも、ただの土地とお店よね。
別に金鉱やダイヤモンド鉱山があるわけでもないし……。
「財宝でも埋まっているんですかね?」
「「「「「「「「「っ!」」」」」」」」」」
冗談で言ったのだと思うが、ボンタ君の発言にみんなが一斉に注目した。
「みなさん、本気にしているんですか?」
「可能性はゼロではないな」
「親分まで」
「ボンタ。じゃあお前なら、この土地と店を相場の数倍で買うか?」
「買いませんね」
「だからだよ。デブラーとかいう商人が、この土地の持ち主に恵んでやりたくなったとか、そんな奇特な理由でもなければ買わないだろう。デブラーは、ララちゃんの話によるとかなりの業突く張りだ。必ず大きな儲けに繋がると確信したからこそ大金を出した。でなければ銅貨一枚の出費も惜しい男だろう、そういう風に思わないか?」
「確信がなければ、ポンと出せるような金額ではないですからね」
親分さんの推論に、ボンタ君も納得したようだ。
「となれば、やることがある」
「親分さん?」
彼は席から立ち上がると、後ろのテーブル席のお客さんたちに声をかけた。
「ちょっとばかり今日は早仕舞いなんだ。みんなすまんな」
「いえ、親分さんの頼みなら」
「なあ」
「また来ます」
親分さんのお願いを無視して長居できる人なんていないか。
みんなすぐに店を出てしまい、今日は早めの店仕舞いとなったのであった。




