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野生のJK柏野由紀子は、異世界で酒場を開く  作者: Y.A


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第80話 大奥さん来訪(前編)

「いらっしゃいませ」

「あら、いい雰囲気のお店ね」

「そう思っていただけたら幸いです。お爺さんのお連れの方ですか?」

「お連れ……半世紀以上の関係よ」

「お爺さんの奥様ですか」

「奥様って柄でもないけど。今日はお任せでいいわ」

「あの……お爺さん、今日は静かなんですね」

「ワシは……いつも静かに飲んでるよ」

「お二人を伺うように見ているミルコさんとアンソンさんは、なにかあったんですか?」

「気にしないで。今日のお昼にちょっと、二人の生き方について注意しただけだから」



 ひと目で、『これは!』といった感じの老婦人が入ってきた。

 とても綺麗で上品な人なのだけど、同時にオーラのようなものを感じるわね。

 お爺さんが成功できたのが納得できるというか……。

 もっと内助の功的な人だと思っていたけど、まさに女傑といった感じね。

「(他の常連さんたちは、誰も近づかないわね……)」

 相手はスターブラッド商会先代当主夫妻なので、取り入ろうとする人がいるかと思ったら……。

 それすらしにくい空気を出しているから。

 私の前の席に二人で座り、その周囲には誰も近づかなかった。

「いらっしゃいませ」

「あら、ヤーラッドの親分さんじゃないの」

「大奥さんか。こんな店に来るんだな」

 親分さんだけは、いつものようにお爺さんの隣の席に座った。

 さすがは親分さん。

 あと、ミルコさんアンソンさん。

 遠くの席からこちらを伺っているけど、お店の全員に丸わかりというか、なんか怪しい……。

 どうせ隣のカウンター席が空いているから、こっちに来れば……無理そうね……。

「うちの旦那が、コソコソとこのお店に通っているから気になったのよ。私に言わなかったのは、私が大切な花壇を踏み荒らすって思われたからかしら?」

「大奥さん、ここは日々の仕事や生活に疲れた男たちが、心を休めるために来るお店だ。ご隠居は、大奥さんには合わないと思っただけだと思う」

「私も、日々の仕事や生活に疲れて心を休めたいと思ったことは、過去に沢山あるわよ。つまり、このお店に合っているってことじゃない」

「かも知れないが、そんな女性は大奥さんくらいだよ」

 実際にうちのお店って、九十九パーセントが男性客だからなぁ……。

 たまに果汁水を飲みに来る教会のミランダさんも、営業時間前に来るし、あれ実は私の奢りだったりした。

 ニホンの女性客って、実は結構珍しいのだ。

「ヤーラッドの親分は、やっぱりいい男ね。私が旦那と出会う前なら、押しかけ女房になったのに」

「それは大変に光栄ですな」

 凄いなぁ……。

 みんなが、その迫力というかオーラに押されっぱなしの大奥さんと、普通に話せてしまう親分さんって。

 やっぱり、デキる男は違うわね。

「話ばかりしていても仕方がないわね。早速なにかお願い」

「わかりました」

 任せるとは言われたけど、いつもどおりのメニューしか出せないけどね。

 それでも最近メニューが増えたので、まずは前菜的なメニューから。

「あら、綺麗ね」

「カブの山ブドウ甘酢漬けです」

 カブはこの世界にも普通にあるので、それを山ブドウの果汁を混ぜた甘酢につけたものだ。

 若い人はあまり好きではないかもしれないけど、山ブドウの味と香りがついた甘酢に浸かったカブは、私は好きだった。

 お店でも、年配のお客さんたちが最初に頼むことが多いわね。

「これはいい前菜だな。串焼きが美味しく食べられそうだ」

 自然の流れで親分さんにも同じものを出しているけど、彼はカブの山ブドウ甘酢漬けを美味しそうに味わっていた。

「エールが進むの」

「そうね。カブの歯ごたえ、甘酢の酸味、山ブドウの甘みと香り。バランスがいいわ」

 大奥さんも気に入ってくれてよかった。

 お爺さんは何度か頼んでいて、気に入っているから、普通に食べているようにしか見えないけど。

「あっ、これ美味しい……付け合わせとか前菜に使えそう」

 こちらを伺っているアンソンさんも、この料理を気に入ってくれたようだ。

 彼ならもっと上手く作れるはず。

「コカトリスの砂肝の煮込みと、冷や奴です」

 次は、この世界では鳥扱いされているコカトリスの砂肝を、ショウガ、醤油、お酒、ハチミツ、塩で煮込んだものと、豆腐は下にシソの葉を敷き、上には下ろしショウガ、刻みアサツキを載せて醤油をかけたもの。

 ショウガは普通に売られていて、アサツキは森に生えていたものだ。

「エールが進むの」

「あなた、お酒の飲みすぎはいけませんよ」

「大奥さん、だからご隠居はあなたをこの店に連れて来たくなかったのさ」

「気持ちはわかるけど、お酒の飲みすぎは駄目よ」

 実際大奥さんは、柑橘系の果汁水を氷入りで飲んでいた。

「ファリスはここで働いていたのね。男性恐怖症は大分治ったようでよかったわ」

「はい、これも女将さんのおかげです」

 大奥さんは、上にローブを羽織りながらもメイド服姿でお客さんに冷えたエールや氷入りの果汁水、炭酸水などを提供しているファリスさんに驚いていた。

 以前の彼女なら、考えられないことだったからだ。

「男性は、ミルコとしか話せないなんて人生面白くないからね。いいんじゃないの」

「お祖母様が、何気に酷いぜ……」

 ミルコさんは評判がよくない頃だって、ずっと兄のように男性が苦手なファリスさんをフォローしていたと聞いている。

 面白くない男扱いは可愛そうな気がする。

 悪い人ではないのだから。

「コカトリスの内臓ね。たまにレストランとかでも出るけど、そんなに美味しいものではないわよね。これは生臭くもなく美味しいけど。なにかコツがあるの?」

「ええ、適切な下処理と、保存の仕方ですね」

「ああ、だからファリスね……氷を出せるし」

 ほとんどの食材は、冷蔵、冷凍すれば長持ちする。

 この世界の人たちもそれは知っているけど、実際にそれができるかどうかは別の問題だ。

 ハンターたちは一匹でも多くの獲物を獲りたいから、血と内臓を抜く作業、獲物冷蔵保存まで手が回らない。

 魔獣の死体は体温が高い内臓から腐っていくので、生臭い内臓は安く売られ、庶民の味というイメージになったというわけ。

 内臓は臭い。

 金持ちはあまり食べないのがこの世界の常識なのだ。

 だから私のやっていることは、ある意味異端ではあった。

「聞けばあなた、いいハンターでもあると聞くわ。狩猟に専念した方がいいんじゃないの? 料理屋は面倒じゃない」

「ミランダ……」

「面倒な面があるのも事実ですけど、昔、亡くなったお祖父ちゃんが言っていたんですよ。無意味に獲り過ぎるな。獲った獲物は大切にしなさいと」

 沢山獲って炎天下で腐り始めるよりは、必要な量だけ獲ってちゃんと下処理して美味しい料理にした方が、私は無駄が少ないと思うのだ。

 今はより強くなって、『食糧倉庫』の容量も上がったからいくらでも狩猟できるのだけど、一日頑張ればお店で出す分は確保できるし、飲食店の肝である食材費はゼロに近い。

 実はちゃんと儲かっていた。

 それに狩猟と採集は嫌いじゃないけど、そればかりってのもね。

 という話を、私は大奥さんにした。

「あなた、面白いわね」

「そうですか? 面倒くさがりで飽きっぽいんですよ。次はメインの串焼きです」

 コカトリス、魔猪、ウォーターカウの様々な部位の串焼きを、お勧めの味で焼いて出していく。

 レバーはタレがお勧めで、ボンジリは塩、ササミは味噌ダレ、モモはすべての味を食べ比べてもらう。

 串焼きはみんな好みの味、部位、魔獣などがあって、私は常連さんの好みは大体覚えていたので、今日はお爺さんが好きなものにしている。

 親分さんには、別の彼好みの串焼きお任せを出したけど。

「やはりレバーはタレだな。魔猪バラのカレーも俺は好きだな」

 今日も、親分さんに気に入ってもらえてよかった。

 親分さんは味にうるさいので、彼が満足すれば、今日のうちのお店の味が水準に達している証拠であった。

「全部美味しいわね。お肉の質が圧倒的にいいわ。この『かれー』という香辛料を組み合わせたものはちょっと噂になっていたのよ」

 大奥さんは、次々と串焼きを食べていく。

 お爺さんよりも食べているけど、全然太っていないのね。

 今でもよく動いているからかしら?

「この近所のジャパンというお店よ。あなたが教会と組んで経営している。そこのすーぷかれーが美味しかったって、ビクトワール商会の奥さんが話していたけど、本当だったわ」

 大奥さんの同業者ともなれば大商会のはずなのに、ジャパンに来ていたのね。

 あそこは、たまに平民が美味しいものを楽しむくらいの値段設定だから、そんな人たちは来ないのだと思っていた。

 この国の王子様は、デミアンさんに厚焼き玉子サンドを買いに行かせたり、自分もお店に通っているけどね。

 あんな人は珍しい例だと思うのよ。

「随分と甘い条件であのお店をやっているけど大丈夫なの?」

「甘いですか?」

「だって、家賃は格安で、食材を納品した利益しか取っていないのでしょう?」

 なるほど。

 大奥さんは、私のことを事前にちゃんと調べてから来ているのね。

 それにしても、さすがはお爺さんの奥さんよね。

「なんでも介在して利益を増やす手もありますけど、私は面倒くさがりなので、お任せで一定の利益が取れればいいかなって」

 そりゃあ、毎日ジャパンに行ってライアス店長たちに細かく指示を出し、事細かに監視しながらお店を経営していけば、今よりも儲かることは確かだ。

 だけど、それをしたら私の余暇が……。

 定休日以外に、ちょっと空いた数時間で私はララちゃんたちと買い物に出かけたり、新しい料理を試作して、ティータイムがてら試食してみたり。

 そんな時間が好きだったりするので、無理に仕事を増やしてもな、という気持ちが強かった。

 それにそこまで無理をして稼いでも、使う時間がなくなっちゃうから。

 あとは、これが私なりの生存戦略なのだ。

 新しく珍しい料理や食材は、少し足りないくらいがお客さんが沢山来てくれて儲かるから。

 当然真似はされるだろうし、料理に特許や著作権はなく、あっても私がそれを回収できるとは思わない。

 ただ、類似品にはそう簡単に負けないようになっているので、これで十分と言えた。

「私は、今が一番効率がいいかなって思うんです」

「なるほどね」

 大奥さんは、私の考え方に納得できたのかな?

 とにかく、次のメニューを出しましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  野郎の隠れ家にナパーム弾かティルトウェ○トを放つとこんな感じになりそうですね。 [気になる点]  怯える男が酒をたくさん飲んでも、酔えないのではないでしょうか? [一言]  既に営業妨害…
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