第79話 大奥様
「俺様、ピンチじゃないか? お祖父様、ヘルプ!」
「ミルコ、意味がわからん」
「俺様、ユキコ女将に男性として見られてないんじゃないかって疑問があるんだぜ」
「男性としては見られているぞ」
「本当か?」
「恋愛相手とか、結婚相手として見られていないだけだ」
「それはないぜ! お祖父様!」
「はははっ! これは傑作だ!」
「ちなみに、アンソン。お前もだな」
「あがっ!」
まだ一年も経っていないのか。
突如、他の国から迷い込んできたと自称する黒い髪の女性ユキコ・カシワノが王都にやって来たのは。
しばらくはハンターとして活動していたが、わずか数ヵ月でララというハンター仲間と共に大衆酒場『ニホン』を開いた。
この酒場の料理がとても美味しく、ワシもすぐに常連になったほどだ。
女将の料理は、とにかく素材に拘る。
そのため、自ら狩猟、採集し、解体や下処理までしているほどだ。
彼女はこの国の人間ではないので、この国の古い常識に囚われず、次々と新しい料理でワシを魅了した。
ハンターをしていたので腕っ節もなかなかだが、なにより度胸がある。
あの若さで、任侠の世界では有名人であるヤーラッドの親分に対し一歩も引かず、自分のお店を守ってしまったのだから。
ワシのバカな孫ミルコも更生させてくれたし、その幼馴染の料理人であるアンソンも料理人として一段腕を上げた。
実に素晴らしい女性で、ワシがあと五十年若ければと言ったことがあるが、これは決してお世辞ではないぞ。
まあ、これはうちの妻には内緒じゃが……どうせミランダのことだ気がついているであろう。
他にも、新しい喫茶店を開いて孤児たちの職を世話したり、ガブス侯爵に狙われた少女を守り、大貴族相手に一歩も引かなかった。
王太子殿下がお忍びでお店にやって来て、以後は常連としてニホンに通うくらいだからな。
女将自身は胸が小さいとか、女らしくないとか、そんなことを気にしているようだが、うちのミルコを始め、彼女を妻にしたいと願う男性はとても多かった。
ミルコも頑張っておるが、今のままだと期待薄かの。
ワシとしては、ミルコに頑張ってほしいのだが。
アンソンも厳しいか……。
イワン様とアンソニー様……彼女と麻薬絡みの事件に巻き込まれ、それを女将のおかげで解決できたが、王宮のしきたりのせいで今は公職に就いていない。
と、女将には言っているが、あの王太子殿下が有能な二人を謹慎させるわけがない。
あの二人は自らの意思で無役になり、ニホンに通っているのだ。
あとは、教会のマクシミリアン副区長か……。
彼も、女将に興味を持ったようだな。
なかなかのモテぶりだが、本人はどうもそういう面に疎い部分があるようだ。
ヤーラッドの親分が気になっておるようだが、二人の仲はなかなか縮まらない。
女将自身が、今はお店の経営に夢中でそれどころではないというのもあるのか。
「(となると、ミルコにも可能性が残っているのか?)」
女将がワシの義孫になる。
悪くないどころか、いい話だな。
ただ、ワシとしてはそれを無理強いしたくないのも事実。
それでも、ミルコは可愛い孫なので頑張ってほしいし、アンソンも知らぬ仲ではない。
「まあ、ワシもミランダと一緒になる前は色々とあったものだ」
「何世紀前の話です? ご隠居様」
「こら! アンソン! 人を化け物扱いするな!」
ワシはまだいいとして、もしミランダに聞かれでもしたら……。
「アンソン、お店を開いてオーナーになったら、随分と生意気な口を利くようになったのね」
「げっ! 大奥様!」
「『げっ!』じゃないわよ! まったく私たち夫婦を化け物扱いして。私も一応女性なのよ。そういう配慮のなさが、アンソンがいまいち女性にモテない理由なのよ」
姿を見せた途端、言いたい放題じゃな。
ワシの妻ミランダは。
「俺は、これでも結構女性客に人気ありますけど……」
アンソンはこれでも、有名な若手料理人だからな。
繁盛店のオーナーでもあるし、玉の輿狙いの女性も多かろうて。
「へえ、じゃあその中から選んだら? 本命がいるんじゃないの?」
「ええ……」
普段は自信家で強気のアンソンも、うちのミランダ相手では形無しじゃな。
ちょっと相手が悪いか。
「ミルコ」
「はい、お祖母様」
うちのミルコも、ミランダには頭が上がらない……ワシも含めて上がる奴はいないがな。
「アンソンもミルコも気に入った女性に興味が出たわ。どんな子かしら?」
「ユキコ女将はですね……」
ミルコは、ミランダに対し女将がどんな人か丁寧に説明した。
「若いのにやるじゃない。私の若い頃とソックリね。きっと将来は私みたいになるわよ」
「「……」」
アンソン、ミルコ。
絶句する気持ちはわかるが、こう見えてミランダは昔は綺麗だったんだぞ。
今もそれなりに綺麗だが……そしてそれ以上に気が強いが……。
その昔、借金塗れのスターブラッド商会に笑顔で嫁ぎ、商会の内のことばかりか、ミランダが立ち上げた事業も多い。
世間の連中はワシを大きく評価するが、ミランダが妻でなければ、ワシは今の半分も成功できなかったであろう。
ゆえにスターブラッド商会の者たちは、ミランダを『大奥様』と呼んで特別視している。
跡を継いだ息子も、いまだミランダに頭が上がらないところがあり……それはワシも含めて全員か……。
それに女将とミランダは、容姿はまったく似ていないが気質は似ているところが多い。
ミルコもアンソンも、せめてそこで言い返すくらいの気概がないと、女将を妻にするのは難しくないか?
お前たちも、以前は容赦なく女将に叱られていたではないか。
「女将は、お祖母様よりも優しいから……」
「だよなぁ……大奥様とはちょっと違う……」
ワシからすれば同じようなものだと思うが、すでに終わったことだし、相手は惚れた女性。
同じ叱られたにしても、ミランダと女将では違うと思っているのか……。
過去を美化するのは、人間の本能かもしれないの。
ミランダに叱られたことは美化できないようだが……。
「興味出たから、今度お店に行ってみるわ」
「「「ええっ!」」」
「どうしてあなたまで驚くのよ。そういえばこのところ、毎晩のように家にいないわね。その女性のお店?」
「別にそういうお店ではないぞ。それとあれだ。あそこは極めて庶民的なお店だ。ミランダには合わないと思うぞ」
老い先短い老人であるワシにとって、あのお店に通うのは数少ない楽しみの一つなのだ。
別に、ミランダがニホンに行っても構わないはずだが、心のどこかで大切な花園を踏み荒らされるのを防ぎたい気持ちになったのは、ミルコとアンソンも同じかもしれない。
だいたい、いつもミランダは他の商家のご婦人方と高級なレストランに通ったり、有名なお店に買い物に出かけているではないか。
ワシの趣味には合わないが、夫婦はお互いの行動を尊重し合うもの。
常識を超えた無駄遣いをしているわけでもなく、ならばワシもそれに文句を言う筋合いはない。
ミランダは苦労に苦労を重ねた。
ようやく今、悠々自適の生活に入れたのだから。
「なにを言っているのよ。私の実家はどこにでもある由緒正しき平民の家よ。買い物だって、これは商家同士のおつき合いの一環なのであって。決めたわ! 興味が出たから私もニホンとか言うお店に行くから」
「「「……」」」
ワシも、ミルコも、アンソンも。
ミランダを止めることは叶わなかった。
元々そんなことができるとは、スターブラッド商会の誰もが思ってはおるまいが……。
「さっそく今夜ね」
「(お祖父様……俺様も一緒に行くぜ……)」
「(俺も、今夜はお店に行く)」
そうだな。
今のワシらにできることといえば、できる限り女将のフォローに回ることくらいなのだから。
「(お祖父様、女将とお祖母様。強烈な個と個がぶつかり合って、大変なことになるかもだぜ)」
「(それは俺も危惧していた)」
「(それをどうにか中和するのがワシらの仕事だ)」
「あなたたち、なにをコソコソと話しているのかしら?)」
「なんでもないぞ」
「そうそう。お祖母様の気のせいだって」
「まあいいけど。どんな娘か楽しみね」
「「「……」」」
すまん、女将。
うちのミランダはちょっと気が強いところがあるが、悪い女性ではない。
上手く接客してくれ。
あとで埋め合わせは十分にするから。




