第78話 大人の味
「おおっ! 辺り一面にハーブが生えているわね」
「ユキコさん、早速採集しましょう」
「ファリスさんも、アイリスちゃんも手伝ってね」
「「はーーーい」」
狩猟は、人数が人数なので簡単に終わった。
元々慣れた人たちが多いし、今日はプロも混じっていた。
みんなで効率よく魔物を狩り、丁寧に下処理して、必要な量の肉とモツ、毛皮、その他素材を確保したというわけ。
アイリスちゃんがまだ慣れていないけど、なんと彼女は弓を使えた。
故郷の村はかなりの田舎だったそうで、アイリスちゃんは家計を助けるため、弓でウサギや鳥を獲っていた。
狩りガールだったわけね。
あまり力はないけど、弓のコントロールはかなり良かった。
さすがにワイルドボアを狩るのは無理だけど、一匹だけ出現した魔鹿は見事に仕留めている。
実はアイリスちゃんは、逞しい少女だったわけだ。
狩猟が終わり、今度は採取物を求めて森の奥へと進んで行く。
たまに出くわした獲物を狩りつつ、私たちはハーブの一大生息地に到着した。
ここは穴場というか、かなり強いハンターでないと辿り着けないというか。
たまにハンターが、魔獣に襲われて死んでしまうそうだけど……死体とかないよね?
見てしまうとトラウマになるから嫌なのだけど。
「女将、これは?」
「ミントですよ」
さすがの親分さんも、ハーブには詳しくないみたい。
ミントはシソ科ハッカ属の植物で、葉っぱを口に入れると爽快味および冷涼感を感じるハーブなのは、あまり知らない人はないと思う。
料理、カクテル、お菓子、薬用酒の材料になり、製油は歯磨き粉に入っていたり、アロマテラピー、消臭、虫除けに使われる。
この世界のミントは……細かい種類は色々とあるのだと思うけど、自然に自生していた。
地球のよりも葉が大きく、匂いが強いので、利用するこちらとしては便利ではある。
少量で効果が出るからね。
魔獣は、この匂いを嫌って避ける種と、逆に健康維持のため定期的に摂取する種の両方がいると聞いたわ。
過去にも、この群生地で遭遇したこともある。
地球では漢方薬としても用いられるので、魔獣もそれを本能で理解しているようね。
モロッコでは、緑茶に生のミントを入れて飲むと聞いた。
うちのお店でも、ミント茶に、ミントを使用した料理やデザート。
個人的には、ミントの精油でハミガキ粉、消臭剤、虫よけ、入浴剤、アロマテラピーに用いていた。
ミントはとても使い勝手がいいのよね。
沢山採れるし。
「なんか、庭にでも植えたら楽に収穫できそうだがな」
「親分さん、ミントは危険なんですよ」
「そうなのか?」
ミントは栽培してはいけない。
なぜなら非常に繁殖力が強いので、短期間で大量に増えてしまうから。
地下茎を完全に取り去らないとまた生えてくるので、私の住んでいた場所では厄介な雑草扱いだったな。
同じく、ドクダミも。
「ここにあった方が定期的に魔獣に食べられて、ちょうどいいくらいだと思いますよ」
「どうしても栽培したいなら、鉢植えにしないと駄目です」
「ファリスさんは詳しいのね」
「魔法学校でも毎年注意されるんです。ミントは魔法薬の材料として比較的よく使われるので、自宅の庭で栽培すれば楽だと考える生徒が毎年出るそうで……」
庭にミントを!
そんな危険な行為!
無意識下の生物テロじゃないの!
「鉢植えで育てるか、安いんだから買えという話を、講師たちが必ず年頭にするんです」
その講師たちも、自分や周りの人間がミントでやらかす様を見ているからこそ、毎年若者たちに忠告しているのね。
「他のハーブ類もあるな。俺も採って帰ろう」
アンソンさんが料理やデザートに使うため、自生しているハーブ類を採取し始めた。
私たちも、周辺をよく見ながら状態のいいミントや他のハーブ類を摘んでいく。
山菜や、食用にもなる薬草など。
豊富に採れて私たちはホクホクだけど、ここまで辿り着くまでが危険なので、一般人はその恩恵を受けられなかった。
ハンターたちが採取したものを買うしかないのだ。
私たちは自分で食材を集めているから、お安く、利益率も確保できた。
採りに来れる日が限られているから、採取量には限界があるけどね。
これだけやればいいと思う人もいるだろうけど、私は酒場の仕事が好きなので、今の生活のペースを変えるつもりはないわ。
それに毎日狩猟採集生活は、死の森でもう飽きてしまったのよ。
週に一~二回の方が面白く感じられていい。
「ユキコ君、熱心に野草の芽を採っているけど、なにかに使うのかな?」
「料理の材料ですよ。今日のバーベキューにも出しますので」
「それは楽しみだ」
「出たぁーーー!」
「デカイなぁ……こんなに大きいの、ボク初めてだよ」
イワンさんと野草の芽のみを採取していると、クルミに似た木の実を採取していたララちゃんとアイリスちゃんの悲鳴が聞こえてきた。
見ると、視界にトグロを巻いた巨大な蛇が、二人を見ながらチロチロと細く赤い舌を出している。
「ララちゃんなら大丈夫でしょう?」
「ユキコさん、生理的に無理です!」
蛇の魔獣は、よほど大きくなければそれほど厄介ではない。
人間を食べようとする大蛇サイズならともかく、今いるのはせいぜい三~四メートルほどの大きさだったからだ。
小さな魔獣を襲って食べる程度なので、ララちゃんとアイリスちゃんに差し迫った危機はなかった。
逆に、向こうが驚いているはず。
「無理ですよぉ!」
「ボクも、蛇だけは駄目!」
ただ、女性はどうしても蛇とか爬虫類系は駄目な人が多く、二人はその場で抱き合いながら動けなくなってしまった。
「しょうがないわね(蛇も美味しいのよね)」
私は腰の剣を抜くと、そのまま蛇に接近し、そして躊躇なくその首を刎ねる。
頭は食べられなくもないけど、処理が面倒だからいいか。
そして、倒したヘビの斬り口を下にして血を抜き始めた。
この世界にも、蛇の生き血を精力剤代わりに飲む人がいると聞くけど、私は寄生虫のリスクがあるので生き血は飲まない。
ブラッドソーセージにしても、私はちゃんと加熱しているのだから。
「ユキコ女将は凄いな」
「さすがは姐さん! 実に男らしい」
「男らしい言うな!」
大きな蛇の首を刎ねただけなのに、みんな私を見て若干引いているのはなぜ?
テリー君からは、『男らしい』なんて言われてしまうし……。
自警団員たちや、マクシミリアンさんが連れて来たハンターたちは、もっと凄い魔獣を沢山倒しているじゃないの。
「そうなんだけど、俺たちも蛇は苦手だから、極力戦わないようにしているんだよ」
「売れないってのもあるし、食べられるのかわからなってのもあるな」
「さすがは、ニホンの女将というか……」
せっかく人が気を利かせて蛇を退治したのに、なぜか微妙に引かれる私。
こうなったら、この蛇をかば焼きにして美味しく食べてやる!
「さすがはユキコさんです」
「ボク、感心しちゃったよ」
ララちゃんとアイリスちゃんが褒めてくれるのはいいのだけど、私も男性から引かれずに、女の子らしいと思われてみたい。
「……すみません……私、蛇はどうしても苦手で……魔法で倒した方が早いのに……」
「仕方があるまい。女子の大半は蛇が苦手だからな」
「イワンさん、私は別に苦手じゃないですよ」
「人間に例外はつきものだよ。ユキコ君」
「はあ……」
本当に蛇が苦手そうなファリスさんがようやく再起動したけど、イワンさんを始めとする男性陣は、『それはそうだよなぁ……』といった表情で彼女を見ていた。
これが、私とファリスさんとの間にある女子力の差というやつか……。
「蛇、怖ぁーーーい!」
「女将さん、それは露骨すぎです……」
ボンタ君、言うようになったわね。
事実だから否定できないけど!
私は、お爺さんがマムシ酒を作るためのマムシ獲りにつき合っていたからか、子供の頃から蛇は苦手じゃなかった。
他の爬虫類も同じだ。
だからこそ、死の森で恐竜みたいなトカゲを見ても体が竦まなかったのだけど。
トカゲの肉って、鶏肉に似てさっぱりしていて美味しいのよね。
「さすがはユキコさん!」
「頼りになるよね」
なんだろう?
ララちゃんとアイリスちゃんに褒められて嬉しくないわけでもないけど、同時に複雑な気分になってきた。
「蛇が怖い、怖くないなど。女性の本質となにも関係ないけどな。確かに、蛇は美味いからな。女将、楽しみにしているぞ」
「親分さん……」
そうよね!
親分さんは、女性のもっと本質的なところを見るから、わざと蛇に怯えて女性らしくしなくてもね。
蛇を怖がっておけば、男性の好感を得られそうなんて考える女性に引っかかるなんてこともないだろうから。
「女将、もう十分ではないか? それにしても便利な特技だな」
「そうですね」
「プロのハンターでも、輸送の問題で引っかかる者は多いですから。収納系の特技は羨ましいです」
マクシミリアンさんと孤児出身のハンターたちは、私の『食料保存庫』を羨ましがっていた。
どんなに戦闘力に優れたハンターでも、人里離れた森などで魔獣狩りをすると、持ち帰れる食材の量に限界がある。
荷物持ちを雇う手もあるのだけど、森の奥に行けば行くほど危険なので、なかなかそういうわけにはいかないみたい。
荷物持ちが素人では魔獣に襲われて死にやすく、凄腕のハンターを荷物持ちに雇うなど本末転倒だからだ。
そもそも、自分が戦った方が儲かるので引き受けない。
自警団などは、大人数のパーティで対応しているけど。
「大蛇の首を一撃で刎ねた度胸と強さといい、ハンター専業になればいいのに」
「私は、今の仕事が好きなので」
「おいおい、ようやくお前らの後輩たちの就職先が決まったんだ。女将を勧誘しないでくれ」
私は、ハンターたちの勧誘を断った。
マクシミリアンさんも、私がお店をやめてしまうと孤児たちが失業してしまうので、ハンターに勧誘するのはやめろと、彼らに釘を刺していた。
「じゃあ、戻ってバーベキューにしましょう」
夕方になる少し前、私たちは狩猟と採集を終えてお店へと帰還するのであった。
「肉が焼けたぜ! 今日は、試作したソーセージもあるから、ドンドン焼くぜ」
「私も作っておいた料理を持って来たぞ」
「ミルコとアンソンはやるな。私はそんなに料理はできないので、こうしてワインを持ってきた」
「私もだよ、イワン。私たちは貴族なのでね。たまには見栄を張るのさ」
「女将さん。このワイン、とても高いやつですよ」
「ボンタは自分で飲まないくせにワインに詳しいよな。親分も驚いていたし。どこで覚えたんだ?」
「テリー、俺に一杯くれ」
「畏まりやした! 親分に相応しいワインですね」
夜、ジャパンの前庭でバーベキューパーティーを始めた。
狩猟と採集に参加した人たちは全員出席している。
色々な魔獣の肉が焼かれ、野菜、ミルコさんの工房で試作したソーセージ、アンソンさんも洒落たサラダやサイドメニューなどを大皿で作って持参した。
イワンさんとアンソニーさんは、お高いワインを何本も差し入れてくれて、みんな大喜びね。
ニホンとジャパンの料理も沢山出され、みんな思い思いに飲み食いしている。
ボンタ君はワインにも詳しいのかぁ……。
多分、どこかいいレストランの子なんだと思う。
それも王都のではない。
彼の実家が王都なら、自警団に入る前に家族が止めたはずだからだ。
多分実家でなにかあって故郷を飛び出して来たのだと思うけど、本人はあまり話したくないようね。
親分さんも無理に話さなくてもいいと思っているらしく、ボンタ君がワインに詳しい理由を聞き出そうとしたテリー君にワインを注げと命令して、上手く誤魔化していた。
「いいワインだね。デミアンもそう思うでしょう?」
「若が普段飲んでいるワインに比べれば……ですけど」
いやそんな、王太子殿下が飲むワインと比べるのはどうよ?
うちのワインなんて、もっとランクが低いから。
それでも、殿下とデミアンさんしか頼まないという。
それに最近は、うちのフレーバーエールや果汁水をよく頼むようになったので、ワインは今の在庫がなくなったら終売ね。
他に誰も頼まないから。
「労働のあとの一杯は美味い」
「そうですな」
この二人、クソ真面目に採集をしていたからなぁ……。
普段難しい仕事ばかりなので、自然で野草を採る作業にリラックス効果でも求めていたのかしら?
「そういえば、女将。これはどんな料理なのかな?」
「天ぷらです」
野草や薬草、肉、卵などに卵と小麦粉の衣をつけ、魔法で搾って精製した大豆油で揚げた天ぷらに、殿下は興味津々なようだ。
本当はゴマ油も欲しいのだけど、ゴマがあまり確保できないのがネックになっていた。
「これは美味しいね。野草の若芽のみをテンプラにするのか……ホロ苦くて大人の味ってやつだね」
「どれどれ……」
「うわっ! ビックリしたぜ! お祖父様、急に現れるなよ」
「急ではないぞ。ちゃんとララちゃんにお土産も渡してある」
「ユキコさん、このお店のケーキは高いけど、美味しいって評判なんですよ」
狩猟と採集には参加しなかったお爺さんは、高価なケーキをお土産に持って来てくれた。
王都でも評判のケーキ……美味しそう。
さすがはお爺さん。
私たちが喜びそうなお土産のチョイスが上手よね。
「ワシなどは、この白いものに興味がある」
「これはお豆腐です。材料は大豆ですよ」
大豆油を搾ったあと、これで豆腐を作ってみたのだ。
この前、旅行で海に行った時、こういうこともあろうかと海の水から魔法でニガリを採取しておいてよかったわ。
あとは、オカラを炊いたものとかね。
年配の人に人気のメニューになりそうなので試作してみたわ。
「優しい味で、年寄りにはいいの」
「大豆かぁ……ユキコはよく思いつくよな」
「アンソンさん、これは私の故郷の料理ですから、私が考えたわけではありませんよ」
「それにしても、作れるのは凄いな」
豆腐は、ただ作るだけなら結構簡単に作れるけどね。
この世界にはなかった料理だし、私は豆腐作りに慣れていないので、結構形が歪なんだけど、気にしている人はいなかった。
「未知の料理……まあまあだな。早くニホンで定番メニューになればいいのに……殿下は気に入りそうだからな」
出た!
またしても、デミアンさんのツンデレが!
どうやら彼も、豆腐を気に入ってくれたようだ。
「女将、これは?」
「ちょっとした前菜代わりですよ」
親分さん以外は、誰も気がついていない料理が二品あった。
初めて親分さんと出会った時、自分が気に入るメニューを出せばショバ代は相場でいいと課題を出された時に出した『コフキ』を調理したものであった。
「塩を振って焼くだけでは美味しくないので、ちょっと改良してみました」
まずは、塩茹でしたコフキを擦り降ろしたゴマで和えたもの。
油を取れるほどの量はないので、ゴマ和えの材料にしたのだ。
次は、串を刺さずに塩を振りながら焼き、その上に潰したクルミと味噌を混ぜたものをかけたもの。
コフキのクルミ味噌和え。
やはり、年配客向けの試作料理であった。
こういう料理は、なくなったお祖父ちゃんが好きだったから、思い出して作ってみました。
「女将は色々と美味しい料理を作るが、こういう地味ながらも食べると落ち着く料理も作れるから凄いな。俺は十分女らしいと思うけどな」
「親分さん……」
「このトウフもいい。俺もそんなに年じゃないんだけどな。苦労が多いのかもな」
その若さで、他の大物親分と張り合うくらいの縄張りを維持しているのだ。
その苦労は並大抵ではないと思う。
「ですから、そういう方が息抜きに寄るのがニホンですから」
「では、俺はあの店を別の方法で守っていかなければな」
仕事なのか、遊びなのか。
少なくとも、私と親分さんは楽しい時間を過ごせたのでよかったのだと思う。
それと、ニホンの新メニューに冷ややっこと、コフキや山菜、野草のゴマ和え、クルミ味噌乗せなどが加わった。
頼む人の大半が年配のお客さんだけど、その中に親分さんもいて、彼は特にコフキのゴマ和えをいつも頼むようになった。
亡くなられたお母様を思い出しているのかしら?




