第76話 お忍びの常連客
「あの……」
「やあ、女将。元気してた?」
「殿下は、なにをしていらっしゃるのですか?」
喫茶店『ジャパン』が、オープン当初の喧騒からようやく落ち着きを見せ始めた頃、すでに定番となっていた行列の中に見慣れた人たちが……。
本物の王子様だったイケメンと、子爵様でもあるツンデレ警備隊長デミアンさんが、なぜか他のお客さんと一緒に並んでいた。
人気の飲食店に並ぶ王子様と子爵様ってどうなんだろう?
庶民の私は、そんな風に思ってしまうのだ。
「実はデミアンが、ここの『厚焼きタマゴサンド』をお土産に買ってきてくれてね。あれはいいねぇ……。で、出来立てを食べたくなったわけだ」
お店での飲食だけだと混み具合が酷いので、一部商品のテイクアウト販売を始めたのだけど、まさかデミアンさんがジャパンで一番人気となっている厚焼き玉子サンドをお気に入りとは……。
「私は、『ゴージャス』のコーヒーの方が、コーヒー豆本来の味と風味が楽しめていいと思うのだが、別にこの店のフレーバーコーヒーも……特にアーモンドバニラは素晴らしい……まあ及第点だな。サイドメニューはこちらの方が充実しているのでな。たまたま! ちょっと気まぐれでで……若にお土産として買って帰っただけだ。若がお店で作り立てを食べたいと仰るので、私は護衛役としてついてきただけだ」
相変わらずの、ツンデレ発言!
私は知らなかったけど、デミアンさんはジャパンの厚焼き玉子サンドが大好きなようだ。
殿下の護衛と言いながらも、出来立ての誘惑に耐えられなかったのであろう。
でも厚焼き玉子サンドって、実は大人の男性に大人気だった。
親分さんも大好物で、お店に来れない時は、よく若い子たちに買いに来させているから。
「気に入ってもらえてよかったです」
「他にも興味があるメニューが多いから、これからも定期的に通わないとね」
いいのかしら?
王子様は、セレブ御用達のゴージャスに通わなくて。
ちなみにゴージャスとは、以前ライアス店長が勤めていた王都でも有名な老舗喫茶店であった。
かなりの大型店で、店内は多くの貴族やお金持ちたちで賑わっていると、以前親分さんから聞いた。
私は行ったことないけどね。
とても敷居が高そうだし……。
「コーヒーをそのまま飲むのならゴージャスの方がいいけど、総合的に美味しいのはジャパンじゃないかな? 女将は、お店に変わった名前をつけるのが好きだね」
「店名が珍しいというのも宣伝要素なので」
「確かにそうだ。女将は商売が上手だなぁ……」
殿下が褒めてくれたけど、実は店名を考えるのが面倒なので『ニホン』を英語にしただけという……。
どうせこの世界の人たちは英語なんてわからないだろうから、とても都合がよかった。
「ゴージャスは、メニューが少ないですからねぇ……コーヒーをブラックで飲む時にはいいですけど……」
「僕は、そこまでコーヒー本来の味とやらに拘っていないからね。ジャパンの、安いコーヒー豆でも工夫して美味しく飲ませるという方針は僕は好きだよ。おつき合いなら、あっちに行ってブラックコーヒーを静かに飲んでいるさ」
王子様としてなら、ゴージャスのコーヒー。
プライベートで楽しむのなら、ジャパンのフレーバーコーヒーってわけね。
「サイドメニューは、こっちが圧勝でしょう」
「ゴージャスに、厚焼き玉子サンドはありませんからね……」
デミアンさん、本当に厚焼き玉子サンドが好きなのね!
親分さんも甘い厚焼き玉子も、厚焼き玉子サンドも好きだから、渋いイケメンは厚焼き玉子に魅かれるものなのかしら?
「今日僕は、茹で玉子とマヨネーズを和えたタマゴサンドの方も食べに来たんだ。楽しみだねぇ」
この国の王太子殿下までもが通うお店になったので、ちゃんと味を維持していけばジャパンは大丈夫そうね。
納品する食材を切らさないようにしないと。




