第54話 あの薬
「ユキコさん! 本当に一人で魔獣が多数生息する森の奥に行くのですか?」
「ええ、どうしても私には必要なものがあって。それが『リザルトの森』の奥で採れるって話だから」
「私も、ボンタさんも、ファリスさんも同行します! させてください!」
「そうですよ、女将さん。水臭いですよ」
「私たちは店主と従業員だけの関係ではなく、友であり仲間ではないですか。その欲しいものの入手、私たちもお手伝いしますから」
「四人で行けば成功率も上がります。ユキコさんがいくら強くても、危険な場所に一人で行くのは無謀ですよ」
「それで、ユキコさんはなにが欲しいんですか? 新しい食材とか?」
「なら、お店の新しいメニューにできるかもしれませんね。絶対に僕も行きますよ」
「私も魔法の特訓になりますから。それで、女将さんはなにを探しているのですか?」
「……胸を大きくする薬の材料……」
「えっ? 小さくてよく聞こえません。なにを大きくする薬の材料ですか?」
「……胸?」
「えっ? もう一度教えてください」
「胸を大きくする薬よぉーーー! ファリスさん、聞こえたかしら?」
「胸ですか? ユキコさんの胸はそこまで小さいですか?」
「ララちゃんとファリスさんの胸と比べると特にね」
「「……」」
「ちなみに、ボンタ君も」
「あのぅ……僕のは胸板が厚いんだと自覚している次第です。胸じゃないですよ」
「とにかく! 私的な用事だから、私は一人で行くから!」
「でも一人は危険ですから! 食材捜しも一緒にってことで……ねえ、ユキコさん」
「うう……」
私の胸は、日本人としては平均的……最近の若い子は発育が良すぎるのよ……と言ったら平均的なのよ。
それが、西洋人ぽい住民が多いこの世界に飛ばされてみたら、私の胸は一気に平均以下になってしまった。
今の私が、これから胸が大きく成長する時間的猶予もさほど残されておらず。
十四歳なのに同年代の平均を超える胸を持つララちゃんに、これはもう見事な巨乳であるファリスさんもいて、私の胸はますます小さく見えてしまう。
比較されてしまうわけだ。
これまで密かに、食事や運動で努力してみたけどまったく効果がなかった。
駄目なのかと諦めかけていたその時、あの島の近くにある漁港から徒歩で北西に一週間ほど。
森の中にあり、周辺に魔獣が多く生息していて狩場として有名な町で、私はとある噂を耳にした。
『胸に塗ると巨乳になる魔法薬』なるものが存在し、その材料が町から大分離れた森の奥にあるというものであった。
胸に塗ると巨乳になる……。
怪しいネット通販商品みたいだけど、この世界に普及している魔法薬の中には、地球ではあり得ない効能があるものも多かった。
ないとは言い切れない以上、私はその可能性に賭けてみたくなったのだ。
このままなにもしないで胸がそのままの大きさであるよりも、一縷の望みに賭けてみたい。
それが人間というものじゃないかしら。
というわけで、まさかララちゃんたちに迷惑もかけられず、私は一人でその魔法薬の材料を探しに行こうと思ったのだけど……まさか止められてしまうとは……。
一人で行かないと恥ずかしいという理由もあったのだけど、もうバレてしまったから仕方がないか。
ついでに、他の食材も収集すれば言い訳も立つ。
というわけで、私たちは四人で胸を大きくする魔法薬の材料があるという、リザルトの森の奥へと進んでいくのであった。
きっと、そこには希望があるはずだから!
「はあ? グレイトモスキートの毒液が一番の目的だって? そんなこと、俺は認めないからな!」
「私がリーダーなのよ! リーダーの命令に従いなさい! それに、森の奥に向かうまでに通常の狩猟と採集も行うわよ! 森の奥に到着したら、ちょっとグレイトモスキートの毒液を手に入れるだけだからいいじゃない」
「俺はそんなものいらない。必要ないし、高く売れるわけでもないしな」
「私が必要なのよ!」
「グレンデルは、そんなものいらないよな?」
「ええと……リルルちゃんにはとても必要なもので、リルルちゃんは普段リーダーとして頑張っているし、グレイトモスキートの毒液だけ採取するってわけでもないから……そのくらいならいいと思う」
「グレイトモスキートは倒すのが面倒なんだよ! 俺は嫌だぜ!」
森の中を移動していたら、若い男女の口喧嘩が聞こえてきた。
少女が二人と、やんちゃそうな少年が一人。
三人共、ボンタ君、ララちゃんとそう年齢は違わないはずだ。
ファリスさんは十六歳なのだけど、彼女は落ち着いた人で、言うまでもなく胸も大きいので、とても大人びて見えてしまうのだ。
私も含めて、みんな『ファリスさん』って呼ぶくらいだから。
それで違和感ないし。
「女将さん、ハンター同士の喧嘩ですね。よくあることですけど」
「そうなんだ」
「ええ、特に結成間もないパーティでは。よく魔法学校の生徒たちがパーティを組み、アルバイト目的や、なかなか手に入らない素材を求めて森に入るのですけど、よく喧嘩になりますね」
「そうなんだ」
命がけだし、仕事の方針や、報酬の分配、男女が混じるので人間関係で揉めそうなのは理解できた。
でも私は、ララちゃんと出会ってからお店を開くまで一緒に討伐と採集をしていたけど、喧嘩になったことがないんだな、これが。
二人きりだったからかしら?
「私とユキコさんは仲良しなので、喧嘩なんてしませんよ」
「どんな理由で揉めているんでしょうかね? 男性の方に不満があるようですけど……」
聞き耳を立てると、パーティのリーダーらしき女性がとある魔獣の毒液の採取を決定し、それに少年が反発していうようだ。
そんなもの、大した金にもならないのに、森の奥でないと採取できないので面倒だと。
「森の奥で獲れるグレイトモスキートの毒液……ええと……」
同じく聞き耳を立てていたボンタ君の視線が痛い……。
なぜならそれは、私も求めていたものだから。
「あのリーダーの女性……」
ファリスさん、私とリルルという名のリーダーの胸を見比べるのはやめて!
いくら自分の胸が大きいからって!
言うまでもなく、リルルという少女の胸は慎ましやかだった。
「あのグレンデルという人は板挟みになって大変ですね……あっ」
ララちゃん、気がついてしまったのね。
二人の間で板挟みになっているグレンデルという少女の胸の大きさが、ファリスさんと遜色ないレベルなのを。
つまりあのパーティは、私たちと同じような……でも、私はリルルという少女よりは若干胸が大きい……はず。
勝てたところで、共に……これ以上はやめましょう。
「女将さん、どうしますか? あんなところで喧嘩していたら危険ですよ」
ここは魔獣の棲み処だから、無防備に喧嘩なんてしていたら思わぬ奇襲を受けてしまう。
ボンタ君は優しいわね。
私の胸が小さいとは思っているだろうけど。
「あななたち、喧嘩は町でやりなさいな」
「はあ? 他人がうちのパーティのことに口出しするなよ!」
見た目どおりというか、ヤンチャな少年は私の忠告に大きく反発した。
若いから仕方がないのかな。
でもね……。
「ボンタ君!」
「はい!」
私が合図すると、ボンタ君は大斧を持って少年たちにとって死角となる方向に向けて走り出した。
「なんだ?」
「「えっ?」」
やはり、気がついていなかったみたいね。
口喧嘩に夢中になり過ぎて、三人の視線に入らない死角から、巨大なワイルドボアが突進してきたのを。
ワイルドボアは猛獣だし雑食でもあるので、突き飛ばされて大怪我をして動けなくなったら、人間も食べられてしまう。
日本の猪だって、小動物などを捕獲して食べることもあるのだから。
「えいっ!」
ボンタ君を視界に入れた巨大な魔猪は標的を彼に変えるが、彼は至近で魔猪の突進を回避し、すかさず横合いから大斧で首に一撃を入れた。
頸動脈を断ち切られた魔猪は、大量の血を流しながら、つんのめって動かなくなってしまう。
すぐ近くまで巨大な魔猪が滑り込んできた三人は、顔を蒼白させていた。
もしボンタ君が手を打たなかったら、三人は巨大な魔猪に跳ね飛ばされていたからだ。
それで動けなくなれば、あとは魔猪を含む魔獣たちの餌となってしまう。
体を食べられ続け、悲惨な最後を迎えたかもしれないのだ。
「狩猟と採集の方針は、森に入る前に決めておきなさい」
私だって、恥を忍んで胸を大きくする魔法薬の材料……まあ、グレイトモスキートの毒液なんだけど……の採取をパーティで決定したのだから。
無謀にも一人で行くつもりだった件は、わざわざこの三人に言わなくてもいいよね。
「すまねえ……」
ヤンチャな少年は、口調はぶっきらぼうでも素直に謝ってきた。
悪い子じゃないようね。
顔立ちがいいので、将来は女性が放っておかないかも。
「普通、今日は主にこの辺でこれを主目的に狩りをするとか、これを採取するとか、パーティで決めないのかしら?」
「リルルが、急に森の奥でグレイトモスキートの毒液を採取するって言い出したんだ。いくらリーダーでも勝手じゃないか。なぜかグレンデルも、リルルの味方だしよ……」
「……」
なるほど……。
ヤンチャな少年は、グレイトモスキートの毒液の効能を知らないのね。
グレイトモスキートはリザルトの森の奥だけに住む巨大な蚊の魔獣で、これに刺されると毒液のせいで体が動かなくなってしまい、そうなったらもうあとはグレイトモスキートにすべての血を吸われてしまう。
かなり怖い魔獣なのだけど、これの毒液を極少量用いれば胸が大きくなるのだそうだ。
ただ、グレイトモスキートは倒しても実入りはないに等しい。
毒液のみが、他の特殊な魔法薬の材料だったりして、わずかに需要があった。
そんなに沢山必要ないので、大した値段では売れないそうだけど。
リザルトの森の奥は、かなり腕の立つハンターしか入れないので、ヤンチャな青年からしたら突然森の奥に行くと言われても……ということなのであろう。
気持ちはわかるわ。
で、リルルさんだけど、事前にグレイトモスキートの毒液を採取すると言いにくかった。
私とまったく同じなので……これも理解できる。
グレンデルという少女がリルルの提案に理解があるのは……というか許容したのは、ここでリルルの提案を却下すると、『お前は胸があるから、私の気持ちなんてわからないんだ』と言われてしまうのを怖れたからであろう。
多分この三人、友人同士なんだと思うけど、人間関係は難しいわね。
「森の奥には、貴重なキノコとか薬草もあるじゃない。他にも、珍しい魔獣もいる。そのついでに、一匹くらいグレイトモスキートを採取してもそう手間は変わらないわよ。なんなら、今日は二つのパーティ合同でやる?」
「いいのか? その人なんて、凄い腕じゃないか」
ヤンチャな少年は、魔猪を一撃で仕留めたボンタ君の腕前にえらく感心していた。
確かにあらためて他人からそう指摘されると、ワイルドボアを一撃で倒せるボンタ君は、優れたハンターや猟師なのであろう。
本人は頑ななまでに料理人志望だけど。
狩猟や採集も、食材集めの一環なのよね。
つまり、私と同じだ。
ワイルドボアを倒す方法はあれが一番効率いいからで、私だって同じ方法で倒すようになっていた。
私の場合は剣やスコップを使うけど。
「別にいいわよ」
「そのお姉さんも、魔法使いだろう?」
ファリスさんが魔法使いなのは、ローブ姿なので一目瞭然であった。
私の場合、ローブ姿は性に合わないというか、攻撃魔法も使えず、魔法学校にも通わずなので、いまいち魔法使いとしての自覚がないからだと思う。
ローブをあまり着たくないという、極めて個人的な理由もあるけど。
ハンターパーティで、魔法使いが混じるなんて滅多にないからなぁ……。
魔法使いって、学生時代もそうだけど、複数の魔法使いで狩猟などをするパターンが多かった。
魔法使いはバラした方が、RPGなんかではそうだけど、生まれや職業気質のせいなのか、ハンターや猟師と魔法使いって相容れないことが多いみたい。
だから、ハンターパーティに魔法使いが一人もいないなんてよくあることだった。
魔法使いが作った魔法薬を購入して補うパターンが大半なのだ。
危険も多い狩猟採集で、魔法薬を作れる魔法使いを失うリスクというのもある。
お金がない学生なら、自分で魔法薬の材料を採取することも多いけど、一人前になったら買った方が結局安くつくケースが大半であった。
業務の分担や、生産効率向上の話に近いと思うけど。
実際、ヤンチャな少年たち……オルガという名前であるとすでに自己紹介されたけど……の中に魔法使いは一人もいなかった。
オルガは剣を使い、パーティのリーダーであるリルルは槍を、巨乳ちゃんのグレンデルは弓を使っていた。
弓を引く時、胸が邪魔にならないのかしら?
私はつい、彼女の胸に魅入ってしまった。
あのくらいあればなぁ……親分さんも喜ぶかしら?
「あっ、あの……私になにか?」
「別に大したことじゃないの。二人の喧嘩の仲裁大変だったわね」
まさか彼女の胸に魅入っていたとは言えず、私はグレンデルがオルガとリルルの喧嘩の仲裁で苦労した件を労った。
「私たち、幼い頃からいつも一緒で」
「幼馴染ってわけね」
「はい」
ずっと一緒にいて気心は知れているから、まったく知らない人とパーティを組むよりはスタートダッシュが楽かもしれないわね。
「オルガ君が、あの……その……そういう細やかな配慮とか無理だから……」
胸の小さな女性が、それをいかに大きくしたいと願っているか。
それを解決する魔法薬の材料を取りに行くことを、男性に伝えるのがいかに恥ずかしいか。
だからリルルは、森に入ってから方針を変えてしまった。
その気持ちを男の子が理解できるかは……その前に、オルガはグレイトモスキートの毒薬が、胸を大きくする魔法薬の材料なのを知らないみたいだし……。
そんなもの、男の子には必要ないから当然か……。
「オルガ、そこは男らしく『俺に任せろ!』くらい言って頑張れば、女性にモテるかもよ」
「意味がわからねえ……」
「とにかく、二チーム合同だから森の奥の高価な素材が狙えるってこと」
「なんで魔法使いまでいるパーティが手伝ってくれるのかわかんないけど、俺たちはラッキーだな」
オルガ、安心して。
この提案、私にも十分利があるから。
それと、リルルが私の胸を見て『仲間だぁ』といった感じの表情を向けてきたけど、ちょっとだけ私の方が胸が大きいと思う。
そこは譲れないというか……リルルたちは全員十五歳だそうで、私の方が年上だしね。




