第47話 巡検使
「へえ、こらあ便利だ。是非買わせてもらうぜ」
「毎度あり」
島に渡れるようになるまでの間。
私たちは、小さな漁港で商売をしながら待つことにした。
とはいえ、ここは小さな漁港。
人口も少なく、この漁港に一軒だけある酒場からお客さんを奪うのはよくないという結論に至った。
そこで、この漁港にもいる自警団の人たちと相談して、その酒場に串焼きを卸すことにしたのだ。
肉、内臓、野菜など。
カットして串に刺し、あとは焼くだけという半製品を酒場に卸す。
私たちは焼いて売る手間が省け、酒場はカットした材料を串に刺す手間が省ける。
モツの味噌煮込みもひと鍋いくらで売り、これも温めてから器に盛るだけの状態にした。
早速、新メニューということで販売を始めたけど、追加注文が入るくらい人気となっていた。
ここは漁港のため、酒場も魚料理が多くて、肉料理が不足気味だったというのもあると思う。
「私たちは逆に、この港町では魚の方がいいわ」
「ユキコさん、そろそろ焼けてきましたよ」
島への滞在中、私たちは一晩いくらで空き家を借りて生活していた。
宿屋に泊まる手もあったけど、それだと朝と夜の食事が必ずついてきてしまうと聞き、自炊できる空き家を借りることを選んだのだ。
自炊すると言ったら、とても安く貸してくれたのはありがたかった。
もっとも空き家の持ち主であるお爺さんによると、長年借り手がいなかった空き家なのでとてもありがたい申し出だったそうだ。
半製品の串と味噌煮込みの大鍋……最初は小さな鍋で売っていたけど、足りないから大鍋にしてくれと言われてしまった。儲かるからいいけどね……を酒場に納品して代金を受け取ってから、私たちは夕食をとることにした。
「漁港の利点は、お魚が安いことね」
「女将さん、この料理は初めて見ますね」
「ブイヤベースよ」
安く仕入れた新鮮な魚介類を贅沢に使ったブイヤベース。
それと、やはり捨て値で売られていたイワシに似た魚を用いた『丸干し』。
今丸干しは、ボンタ君が七輪に似た調理器具で焼いているところだ。
あとはパンとサラダ……やっぱりお米が欲しいわねぇ……。
やはり日本人は、お魚にはお米だと思うのよ。
「いい魚介の出汁が出ていて美味しいですね」
丸干しが焼き上がり、ボンタ君はそれを大皿に載せてテーブルに出してくれた。
そして彼は、美味しそうにブイヤベースを食べながら、パンを食べるという作業を繰り返している。
パンがブイヤベースの海鮮出汁豊かな汁を吸い、いい味を出しているのだ。
私はお米に吸わせたいけどね……。
パンは、この漁港にある老舗のパン屋さんから買ってきた焼きたての美味しいパンだけど、やっぱり物足りなさを感じてしまう。
お米があればなぁ……。
「ユキコさん、オコメにこだわりますね」
「お米、食べたい……」
「あの島に行けないと無理ですよ」
「そうなのよね」
だいたい、その島を支配している……できていないでお家騒動中のラーフェン子爵家が悪いのよ。
漁港の人たちから、さらに詳しい事情を聞いたんだけど。
先代当主の急死でまだ十歳の子供が新当主となったのはいいが、いきなり領地を完全に統治できるわけがなく、成人するまで新当主の従兄である人物が家宰となって島を統治するようになった。
それに不満を抱く自称忠臣たちが、新当主を旗頭に家宰の権限を奪おうとしているらしい。
でもそれって、新当主が子供だから仕方がないような……。
自称忠臣たちだけど、ただ単に家宰さんの権力を奪って自分が美味しい思いをしたいとか?
でも逆に、家宰さんが領地の実権を完全に握って美味しい思いをしているのかも。
噂だけでは、どっちが悪いのかなんてよくわからないわね。
でも新当主の成人後、家宰さんが実権を手放さなかったら、そこで動けばいいのにと思ってしまう。
下手に王国に介入されたら、最悪、統治能力不足ということで改易されてしまうかもしれないのだから。
家宰さんは、彼らが王国に訴え出て事態が悪化するのを避ける意味で、島民たちが島から出ることを禁止したのかもしれない。
あまりいい策ではないけれど、それしか手がなかったとか?
「私たちがあれこれ考えても、仕方がないわね」
とにかく私は、一日でも早く島に渡りたいのよ。
そして私にお米をプリーズ!
ただそれだけが私の願いなのだから。
「このバラ煮込みも人気のメニューなんだ。俺があと三十年若ければ、うちのカミさんじゃなくて、お嬢さんにプロポーズしたかもな」
「あんたじゃ、お嬢ちゃんはイエスって言ってくれないわよ。鏡で顔見たことあるの?」
「そりゃないぜ。夫に向かってよ。まあわかってたけどよぉ……」
「「「「「「「「「「はははっ!」」」」」」」」」」
今日もこの漁港の名物らしい、酒場を経営している夫婦の漫才みたいなやり取りを聞きながら、新メニューである魔猪のバラ肉の角煮を納品する。
私の料理はショウユとミソがないと作れないけど、塩と出汁で作れる塩煮込み、角煮などの作り方を酒場の奥さんに教えることになった。
私たちがいなくなっても、これを出せばお店は繁盛するはずだ。
その代わりに、私は奥さんから美味しい魚の塩煮の作り方を教わっている。
この料理は魚を塩と水で煮ただけの料理なんだけど、奥さん作る塩煮はとても美味しいのだ。
確か沖縄にも、『マース煮』という塩の煮魚があるのを思い出した。
「美味しいけど……」
「どうかしたの? お嬢ちゃん」
「お米が欲しいです」
「あの島のお野菜でしょう? たまに手に入った時に茹でてサラダに入れるけど、そんなに美味しかったかしら?」
少なくとも、島でもこの漁港でもお米は野菜扱いなのか……。
茹でてサラダに入れる。
そのせいか、奥さんもお米をあまり美味しいものだとは思っていないようだ。
「そのうち、お家騒動も終わるわよ」
「無理だな」
私たちの会話を遮るようにして、一人の青年が話に加わってきた。
どうやら彼は、私たちと同じく余所者のようだ。
いかにも旅人といった格好をしており、青い髪と眼鏡が目立つ、インテリ系イケメンといった印象を受けた。
彼は四人がけのテーブル席を一人で占拠し、エールと串焼きと角煮を楽しんでいるようだ。
一人酒も絵になるイケメンってやつね。
「格好良いお兄さん、あんたはどうしてそう思うんだい?」
「あの島の情勢は完全に均衡状態にある。それが大きく変わるには、幼い当主が成人するか、当主としての自我が目覚めた時であろう。つまり、少なくともあと数年後の話だ」
奥さんの質問に、青い髪の眼鏡イケメンさんは淀みなく答えた。
確かに幼い現当主が当主としての実権を持っていない今、彼自身が当主としてラーフェン子爵家を差配できるようにならなければお家騒動問題は解決しないであろう。
「あの島は、食料の自給が可能という点も大きい。別に外とつき合いがなくても島民たちが飢え死にする心配はないから、今の状況を維持できるのだ」
漁師たちはこの漁港に魚を売れず、現金収入が減って不満かもしれないけど、それで飢え死にすることはない。
島の領民たちが、反乱を起こす覚悟で家宰に対抗する……といった空気も感じられない。
島の様子がわからないので断言はできないが、私たちが思っている以上に領民たちに不満がないのかも。
そうでなければ、いかに王国に自領の混乱を知られたくないとはいえ、島を閉じてしまうなんてあり得ないのだから。
「状況が動かないのであれば、これは自分で動かすしかないか……」
「えっ? お兄さんがですか?」
「お兄さん……なぜか君に言われると悪い気がしないな。この漁港の串焼きと角煮はとても美味しくて定期的に食べたくなる味だが、いつまでもこの酒場に毎日通っているわけにはいかないか……。そろそろ動くかな」
このお兄さん、もしかしてそういう事件を解決する系の人?
姿格好はハンターや旅人に見えるけど、こう上品な雰囲気を感じるのよね。
育ちがいい……高貴な身分の人かな?
「巡検使などというものは、一応王国を隈無く監視していますというアリバイ程度に思っていたのだけど、まさか本当に仕事があるとはね」
「巡検使ですか? ではあなたは!」
「ファリスさん、どうかしたの?」
「女将さん。国内の貴族たちを探る重要な任務がある巡検使は、伯爵家以上の貴族家の一族しか任命されません。つまりこの方は……」
私たちが卸した串焼きと角煮、そしてエールを楽しむ伯爵家の人間ねぇ……。
こういう貴族様は、この世界で初めて見たような気がする。
「イワン・ビックス。ビックス伯爵家の者だが、家督は兄が継ぐし、私は生来の風来坊でね。この巡検使の任は性に合っているのさ」
「ビックス伯爵家……軍系貴族の大物ですね」
「父と兄はね。私は小物だよ」
へえ、そうなんだ。
というか、私とララちゃんは王国の貴族に詳しくないからなぁ。
ボンタ君も、そんなに王都暮らしが長くないからよくは知らない。
ファリスさんがいて助かった。
「さあて、珍しく巡検使に仕事があったね。あの島のお家騒動をどう解決するか。詳しい事情はわかっていないし、ここは……」
「ここは?」
「君に決めた!」
「はい?」
私が指名された?
しかも、なんら違和感なくその手を握られてしまった!
さすがはイケメン!
「君、さっきの会話を聞いたよ。あの島の農作物に興味があるとか? じゃあ、一緒にあの島に渡ろうか」
「ええっーーー!」
私の手を取りながら、島に自分と同行して欲しいと頼んでくるイケメン。
悪くはないけど……危険かな?
でも、島にはお米があって……。
短い時間で、私の頭の中では島に行くか行かないか。
天使と悪魔にコスプレした私たちによる激しい討論が行われ、その光景がいつまでも脳裏から離れなかったのであった。




