第42話 引導
「女将さん、どうでしたか?」
偵察中、留守番を買って出てくれたファリスさんが、あのお店の様子を聞いてきた。
私たちのお店はアルバイトの人たちが戦力になっているので、それほど問題なく多くのお客さんに対応できていた。
「全然駄目みたい」
「三日でですか? 随分と早いですね」
飲食店って美味しくても、最初はお客さんがつくまで時間がかかることもあるけど、味が落ちて客が飛ぶのは一瞬だ。
だからみんな、苦労してお店の味を守る努力をしているというのに。
ヨハンは私たちよりも不味い料理しか出せないし、真似してジュースなんて売っているけど、氷を用意できないので温いジュースを出していた。
海水浴に来ているお客さんに温かい飲み物ならともかく、温いジュースなんて出したら、お客さんが飛ぶのに決まっているのに。
「ファリスさんみたいに、氷を魔法で出せないからね。あのヨハンは」
「でも、それなら氷を作れる魔法使いを雇うのが、飲食店経営者の常識ですよ」
ヨハンはお金がなかったのか、その辺の費用をケチッていた。
だから余計にお客さんが飛んでしまったのだと思う。
「明日以降はもっと悲惨でしょうね……」
氷を作れる魔法使いを雇うお金すら惜しむヨハンが、明日以降の運転資金を持っているわけがない。
ああもお客さんがいなければ、今度は間違いなくメニューを削減し、食材に費用をかけなくなる。
当然味は落ちてしまい、ますますお客さんはいなくなり……と、あとは潰れるまで負のループを繰り返すだけだ。
「あの手下たちの日当も出ないでしょうね」
そうなれば彼は一人になってしまい、ますます出てくるメニューの数と質は落ちていく。
「一週間が限界ね」
これは、私が予言者だからとか、飲食店に詳しいからわかるわけではない。
素人でも少し頭を巡らせれば、子供にでもわかる結末というやつだ。
そして、ヨハンが店を開いてから一週間後。
海水浴場の彼の店には、誰一人としてお客さんが近寄らなくなった。
「こんなはずでは……」
「ヨハンさん……」
「すまない、インゴ、デルク。もう何日もお前らに日当を出せていないのに……」
「いえ、いいんですよ」
「そうそう。俺ら、ヨハンさんには子供の頃から世話になっているから」
「どうせ半端者扱いで、家族からも白い目で見られていますから」
お客さんがゼロなのは予想どおりだったとして、意外だったのは手下二人……インゴとデルクって言うのね。初めて知ったわ……が日当を出せないヨハンの下で働き続けていることであった。
ヨハンはどうしようもない奴だけど、あの二人には慕われているわけか。
「残念だが、もうこの店を続けるのが難しくなった。お前らに日当すら出せやしない。俺は店を閉めるから、お前らはちゃんと他のところで働け」
「ヨハンさんはどうするんですか?」
「まだ盛り返せますよ。三人で頑張りましょう」
「残念だが、それは難しい……「そのくらいは理解できているようだな」」
「祖父さん?」
ヨハンがもう店を畳むしかないと手下たちに語っていたその時、お店に杖をついたブランドンさんが姿を見せた。
やはり、痛めた腰はまだ治っていないようね。
「祖父さん、どうしてここに? 痛て!」
「「ヨハンさん!」」
杖をついて歩くブランドンさんにヨハンが近づいた瞬間、彼は持っていた杖で彼の頭に強い一撃を入れた。
突然のことと、かなり強烈な一撃だったようで、ヨハンはその場に倒れ込んでしまい、手下たちが悲鳴に近い声をあげた。
「勝手なことをしやがって! 俺はユキコさんに、一ヵ月の『契約』でこの店を貸したんだ! まがりなりにも商売をしようと思っている奴が、双方合意の元に結んだ契約にケチつけて、賃貸物件を奪い取るなど前代未聞だ! お前は町中の笑い者なんだぞ!」
「でも、あの賃料は安すぎで……」
「当たり前だ! 俺は店を閉めたんだぞ! 一ヵ月でも続けてくれるユキコさんに感謝したからこそ、俺は彼女に相場以下の賃料でこの店を貸したんだ! 俺は無料でもいいと言ったのに、ユキコさんはそれはよくないと言って、ちゃんと賃料を払ってくれた。それをお前が横からケチつけて追い出したから、今、お前の評判は地に落ちている。前も決してよくなかったが、今は最悪だ! 自警団も敵に回したな。そんな様で、どうやってここで商売をするってんだ!」
ヨハンが失敗したのは料理の質だけでなく、地元住民からの評判を地に落とし、自警団も怒らせてしまったからだ。
だから自警団は、私の新しいお店で働くアルバイトたちもすぐに揃えてくれたのか。
そして今度は、私のお店で色々と覚えた人たちが、飲食店オーナーとしてのヨハンを完膚なきまでに叩き潰すわけか。
自警団、実は結構エグイわね。
敵に回すと、そういう手で潰しにくることもあるのか。
「でもよぉ、一ヵ月だけ続けても結果は同じようなものじゃないか。なら、俺が……」
「お前は一週間でこの様じゃないか! お前が店を継ぎたいと最初から言っていれば、俺はお前を後継者に据えるべく動いていた! お前は昔からそうだ! なにをしても中途半端で続かない。それほど不器用でもないのに、どこかで詰まるとすぐに諦めてやめてしまう。調理だって、他の店で働いて覚えたのはいいが、中途半端だからユキコさんと比べられてこういう結果だろうが」
「……」
「挙句に、ユキコさんがお店を成功させているのを見て、それを奪い取れば成功できると安易に判断して契約を汚した。もうお前は終わりだ。町やこの砂浜では二度と商売はできない。この店は、他の人に貸すか売ることにする」
ブランドンさんは、ヨハンに店を継がせることはないと断言した。
「そんなぁ……でもさぁ……この店は、亡くなった祖母さんとの思い出がある店じゃないか」
亡くなった奥さんとの思い出の店かぁ……。
ブランドンさんの奥さんは、もう亡くなっているのね。
「お前が潰したようなものだろうが!」
ブランドンさんは、さらにヨハンを杖で殴りつけた。
「俺だって、俺なりに祖父さんのこの店のことを考えてこうしたんだ! そりゃあ、俺はなにをやっても続かず、親父や兄さんや伯父さんたち、従兄弟たちにまでバカにされて……あいつらは、ちゃんと他の仕事をしているから……」
ブランドンさんの息子さんやお孫さんたちは、全員他の仕事をしていて、このお店を継がなかったわけね。
それはそうか。
飲食店はやり方がよければ儲かるけど、儲けるには継続して努力し続けなればならない。
他に働けるところがあるのなら、そこで働いた方が気楽ではあった。
勤め人も大変だけど、お客さんが来なくて借金する羽目になったり、ついには潰れてしまうなんて心配はないのだから。
ヨハン以外の親族は、ブランドンさんのお店を継ぎたいと思うほど魅力的ではないと思った、というわけね。
他の飲食店が、砂浜での商売をブランドンさんに独占させていたのは、ここで参入しても最悪共倒れだと思っていたから。
でも、提供する商品を考えれば商売になることに、私たちのお店で気がついてしまった。
だから、私たちの臨時店舗にアルバイトを出している。
もうヨハンは終わりね。
それがわかるブランドンさんは、ヨハンに引導を渡しにきたわけだ。
「とにかく、店を閉めるのならちゃんと掃除をしておけ! 汚したまま閉めたら、俺はお前らを許さないからな!」
そう言い残すと、ブランドンさんは覚束ない足取りでお店を去った。
足が悪いのに、町まで歩くのであろうか?
可哀想だとは思うけど、私たちにはどうにもできない。
なぜなら私たちは、こっそりと二人の様子を探っていたからだ。
「戻りましょうか?」
「呆気ない幕切れですね」
「そうね……他に言うことが思いつかないわ」
ボンタ君にそう答えながら自分たちのお店へと戻ったのだが、それからすぐ、私たちは予想だにしなかった依頼を、予想外の人物から受けることとなったのであった。




