第38話 とある砂浜にて
「青い空! 白い雲! 綺麗な砂浜に、透き通った海! そして、カキ氷が美味しいわね」
「そうですね、ユキコさん。私はマンゴー味が好きです」
「私はパイナップル味ですね」
「僕は、ハチミツをかけたやつをお願いします」
私たちは、海水浴に来ていた。
私、ララちゃん、ファリスさん、ボンタ君の四人で、王都から馬車で一週間ほどかかる南部の保養地でバカンスを楽しんでいるというわけだ。
私のみならず、従業員一同が揃っているのは、これは福利厚生というやつね。
みんな、よく働いてくれたから。
ただこの世界には水着というもの自体がなく、みんな薄着ではあるが服を着ていた。
ララちゃんやファリスさんの水着姿を見れなくて残念……私も劣等感に苛まれないでよかった。
自虐な気もするけど、本当に二人の胸は凄いからなぁ……。
ボンタ君も胸板が厚いし。
「ところで女将さん、どうして私が魔法で出した氷よりも、女将さんが魔法で出した氷の方が美味しいのでしょうか?」
「それはね。ファリスさんは、水のみを氷にしてしまうからよ」
「水に微量含まれる成分の中には、水に溶け込んだままの方がいい種類もある。というわけですか。魔法で微量の成分調整は難しいですね」
「普段は別にそれでもいいんだけどね」
魔法で水を作る時、意識していないと純水を氷にしてしまう。
正確に言うと『ほぼ純水』なのだけど、純水は味がせず、飲むと逆に喉が渇くような感覚を覚える。
氷室に使ったり、飲み物を冷やす時に使うのはいいのだけど、カキ氷にするとなれば話は別だ。
やっぱりカキ氷を作るのなら、天然水を凍らせた氷を削って作ったカキ氷こそが、シロップの美味しさを引き立て、とても美味しいカキ氷となるのだから。
ただ、天然水の美味しさはその環境に由来するわけで、今のところこの世界の水は日本の源流の水には及ばず、私は魔法で苦労して天然水氷に近い氷を魔法で作り出していた。
お祖父ちゃんが、冬の間に山の渓流で切り取って冷凍庫に保存していた氷を削ってカキ氷にする。
私にとって、これ以上の夏のご馳走はなかったのだから。
今は夏じゃないけど、ここは王国南方にある亜熱帯地域で、海辺で薄着に着替えて砂浜に寝ころび、自分で作ったカキ氷を食べるのは最高であった。
ちなみに、カキ氷のシロップはこの砂浜の近くの『死の森』にて採取していた。
ここは私が飛ばされたポイントよりも大分南で、熱帯の果物が採れるのだ。
この世界に飛ばされた直後の私ならもう二度と入らないけど、今はかなり強くなったので問題なかった。
なお、この採集にはララちゃんたちも参加している。
実は私も含め、みんな竜を倒した影響で強くなっていたのだ。
大規模自然災害扱いの大型竜を、たとえ毒殺という手を用いたにしても、無事倒したので大量の経験値が入って大幅にレベルアップしたのだと思う。
具体的にいくつレベルが上がり、どのくらい強くなったのかは、実際に魔獣と戦ってみないとわからないのだけど。
それでも、四人で『死の森』に入って狩猟と採集ができるくらいには強くなったわけだ。
『死の森』の南部は、私でもよく知っている各種果物の産地でもあった。
自然種なのでそんなに甘くない果物も多かったけど、カキ氷用のシロップに加工する分には問題なかったわけだ。
「ここは人が少ないですね」
ファリスさんは、リゾート地という割に観光客が少ないことを気にしていた。
「高級リゾートですからね。一般庶民は入れないですよ」
ボンタ君によると、この南部のリゾート地にはお金持ちしか来ないそうだ。
「私たち、大丈夫でしょうか?」
私、ララちゃん、ボンタ君、ファリスさん。
全員、お金持ちではないよね。
私は、食材は一杯持っているけど。
「そこは、お爺さんのおかげというわけね」
他にも色々と事情があったせいもあるけど、今回のバカンスは、私のお店『ニホン』の常連にしてスターブラッド商会の前当主であるお爺さんが、推薦状を出してくれたから来れたわけだ。
そうでなければ、このセレブご愛用の砂浜と海に私たちは入れなかった。
それにしても、金持ちと身分が高い人しか入れない砂浜とか……地球にもあるから同じなのかしら?
「ユキコさん、お店、早く再開できるといいですね」
「お爺さんによると、そんなに時間はかからないっていう話だから」
私たちがお店を休み、南のリゾート地まで遊びに来た理由。
それは、私のお店があるエリアで再開発の話が出ていたからであった。
近年、魔獣に住処を追われて王都に逃げ込んで来る人たちが増えており、彼らは平民街のさらに奥まった場所で暮らしていた。
私のお店もそのエリアにあるのだけど、王国はさらに増え続ける移住者に対処すべく、平民街の再開発計画を立てた。
同時に王都の拡張もやっているみたいだけど、それだけでは間に合わないそうだ。
『ニホン』があるエリアも対象で、だけど王国の区画整理は、日本みたいに地権者と金銭などの条件を含めた立ち退き交渉して……などという優しいものではない。
時には王国軍まで動員して、強制的に住民を立ち退かせてしまうのだ。
当然住処を奪われる住民たちも無抵抗というわけではなく、時に死傷者も出てしまうと聞いた。
区画整理の対象になった地権者や、そこに住む住民たちは立ち退きに抵抗しようとし、そこを縄張りとしている親分さんは、地権者や住民の暴走を抑えつつ、王国上層部と裏で交渉して、少しでも住民たちに有利になる条件を引き出そうとする。
区画整理の件でお店の周辺は騒然としており、お爺さんも親分さんも、暫くは商売にならないのでという理由で私たちを逃がしてくれたわけだ。
それと、もし今のお店でやれなくなったら、新しい店舗を探してくれるそうだ。
お爺さんも、親分さんも優しいよね。
『お店の常連としては、あの味がなくなると嫌なのでな』
『以下同文だな。うちの若い連中もガッカリするからな』
そんなわけで、区画整理の情勢が落ち着くまでは、私たちは南の海でバカンスというわけだ。
「あっ、でも。なんか退屈ですね」
「そういわれると、ボンタさんの言うとおりです」
「手持ち無沙汰感はあります」
「ボンタ君も、ララちゃんも、ファリスさんも貧乏性ね」
せっかくのお休みなのに。
私もせわしない日本人だけど、こうやってカキ氷を楽しみながら、ノンビリ休んんで、日本からこの世界に飛ばされてからこれまでの心身の疲れを癒しているというのに。
「みんな、見てみなさい」
私が視線を向けた方では、貴族らしい人たちが執事やメイドが差し出したお酒やジュースを飲みながら悠々と休暇を楽しんでいた。
「あれが真に休むってことなのよ」
「『ここってどんな観光地があるのかしら? 全部回らないと!』、『時間が空いている! なにか観光予定を入れなければ! オプションツアーがあるわ! 申し込まないと!』とか、そういうのは本当に休んでいないんだから。だから、私たちは正しい休暇を取っているのよ」
それに、ここはセレブしかいない。
私たちが貧乏性を発揮しても、ろくなことにならないであろう。
「というわけだから、優雅に休んでいるように。うちの従業員たちがせわしない姿を見せてはいけませんよ」
この砂浜にいるのは、いわゆるセレブな方々なのだから、あまり目立ってはいけないのだから。
「女将さんの言うことは理解できますけど……隣の砂浜に移りませんか? 別に隣でも僕たちはまったく問題ないと言いますか……」
実はこの砂浜の隣には、庶民向けの砂浜もあった。
この世界の人たちはそこまで裕福じゃないから、隣の砂浜もそんなに混んでいるわけではない。
移っても問題がないのは事実だった。
「移ろうか?」
「女将さんも、実は居心地悪かったとか?」
「まあね……」
私も先祖代々由緒正しき庶民の出なので。
隣に貴族とかいると、ちょっと寛げない。
隣の人たちは私たちなんて気にもしていないけど、それでも居心地が悪かった。
根っからの庶民なんてこんなものだと思う。
「じゃあ、移動で。僕が荷物を持ちますね」
「わかりました、女将さん」
「ユキコさん、私も準備しますね」
「ララさん、私も手伝います」
悲しいかな。
せっかくお爺さんが紹介状を書いてくれたけど、私たちは身の丈に合った隣の砂浜へと移動するのであった。




