第31話 狩猟ガールたち
「女将さん、実は私も攻撃魔法は苦手な方なんですよ」
「にしては……エグイ魔法ね」
「ユキコさんの戦闘力もですよ。確かに攻撃魔法……ではないですね。魔獣からすれば同じようなものですけど」
「僕としては、効率が上がったからいいかな」
狩猟日の当日。
私たちは、岩の拘束具で動けなくなったワイルドボアたちを見て、ファリスさんの魔法の才能に唖然としていた。
これは、先日の貴族令嬢たちも嫉妬して当然というか、自分たちの立場に危機感を抱いても不思議ではないと思う。
私たちに迫っていたワイルドボア数頭だが、すべて外側から魔法で作られた岩の拘束具に覆われ、身動きが取れない状態に追い込まれていたからだ。
これまでのようにボンタ君が殴りつけて気絶させる必要もなく、すぐに私が魔法で眠らせ、ボンタ君が目隠しをしてリアカーに回収していく。
あとの下処理と解体はこれまでと同じだけど、ワイルドボアとの戦闘から解放されたボンタ君は、圧倒的に楽になったわけだ。
「今でも凄い実力ね。一人でも大丈夫そう」
「むっ、無理です! 魔獣にトドメを刺すなんて!」
あっ、そうか。
魔獣を岩の拘束具を用いて動けなくすることができても、彼女は魔獣を殺すことができないわけだ。
私は子供の頃からお祖父ちゃんに教わってやっていたし、ララちゃんの故郷である農村などでは、魔獣を殺せない人はお肉が食べられない。
ボンタ君は、親分さんの元で狩りに積極的に参加していた。
これだけの大型生物を殺すという行為に抵抗を感じる人が多くても不思議ではなく、ましてやファリスさんは王都育ち。
魔獣にトドメを刺すことに、忌避感や恐怖心を抱いても当然か。
「でも、いつかできるようにならないと」
私たちやミルコさんと一緒の時はいいけど、魔法学院の生徒たちと狩猟に出かけた時……そうか、みんなファリスさんと似たような境遇の人が多いから、余計に彼女はハブされてしまったのね。
むしろ農村の出で、魔獣を殺すことに抵抗がない人の方が、貴族の子弟たちは重宝して狩猟に誘うかもしれない。
「(元からの気質と合わせて、なるべくしてなったボッチ体質なのか……)」
可愛らしく巨乳なのに、運がないのねこの子。
男性恐怖症だから、男性ハンターに上手く渡りをつけて同行することもできないわけで。
「うちの場合、あまり獲物の数は稼がない方針だから、数はミルコさんのところで帳尻合わせてね。それで、トドメの刺し方なんだけどね」
「えっーーー! 私がやるんですか?」
「当然」
魔法薬って、かなりの割合で魔獣の素材も多かったはずだけど……。
素材を仕入れらればいいのだろうけど、学生の間はそんなにお金もないだろうから、実家がお金持ちでもなければ、自分で採取して材料を入手するしかないのだ。
「ワイルドボアの胆が欲しいって、最初に言っていたじゃない。それも質がいい肝を」
これまでワイルドボアの肝は売却していたのだけど、これは魔法薬の材料としてはよく使うものなのだそうだ。
肝は胆のうなので胆汁が取れ、これを多くの魔法薬に少量添加する必要がある。
他の魔獣の胆も同じような使い方をするらしいけど、私は魔法薬なんて調合しないので詳しいことはよくわからなかった。
でも、確かに売るといい値段だったのよね。
私たちが処理した胆は新鮮で品質がいいという理由もあったようだけど。
古い胆汁でも材料にならないってことはないそうだけど、品質が悪いと他の材料の量を増やす必要があるとかで、結局多少高くても品質のいい肝を購入した方が、魔法薬の製造コストは下がるらしい。
でも、ハンターや料理人たちの肉や内臓の扱いを見るに、品質のいい胆はなかなか手に入らないというわけだ。
丁寧な下処理で時間を使うよりも、魔獣を倍狩った方がお金になるから。
「ナイフを素早く入れて、心臓近くの太い頸動脈を一気に切り裂いてね。血は、下の桶で集めるから」
「はい!」
眠らせているワイルドボアを木に吊るし、トドメと血抜きの作業に入るが、これをファリスさんに任せることにした。
いきなりすぎると思わなくもないけど、前段階で半殺しにするなんて作業もないわけで……いくら魔獣でも半殺しにしたらもっと可愛そうなのだけど……サクッとトドメを刺してもらい、慣れてもらうことにした。
その方が手っ取り早いから。
もしこのまま魔獣が殺せないままだと、将来魔獣と遭遇した時に体が竦んでしまい、殺されてしまいましただなんて、不幸以外の何物でもないのだから。
「血がこんなに一杯!」
「はいっ! これも食材なので零さないよう、桶に集めてね」
「はいっ!」
「次は毛抜きと、内臓を抜いて!」
「ヌルヌルしますぅーーー!」
「内臓も素早く処理していく。肝は破かないでね。零れた胆汁がかかると、お肉や内臓が苦くなっちゃうから」
「はいっ!」
意外というと失礼だけど、ファリスさんは流れ出る魔獣の血を見て気絶してしまうかも、という私の心配は杞憂で終わっていた。
確かに怖がりな面もあるのだけど、なぜか同時に彼女は肝も据わっているような気がする。
ちゃんとワイルドボアの内臓を、ララちゃんの指示で丁寧に処理しているのだから。
人間の男性じゃなければ大丈夫なのかしら?
「終わりましたぁーーー」
ただ、やはりいきなりだったので精神的にも肉体的にも摩耗してしまったようだ。
作業が終わると、ファリスさんはその場に座り込んでしまった。
「新鮮なワイルドボアの肝。これ、買うととても高いんですぅーーー」
そして、手に入った新鮮なワイルドボアの肝に大満足なローブ姿の美少女。
ちょっとシュールな光景であった。
「女将さん、ふと思ったんですけど……」
「なに? ボンタ君」
「ファリスさん、女将さんに似ている部分があるかもしれないです」
「……そんなことは……」
「だって、最初に狩猟した時、『新鮮なレバーだぁーーー!』って、女将さん喜んでいましたよ」
「そっ、そんなことあったかしら?」
ボンタ君、そんなどうでもいいことをいつまでも覚えていると、モテない男になってしまうわよ。
この日の狩猟は無事に終わり、以降もファリスさんは定休日の狩猟によく参加するようになった。
最初はおっかなびっくりやっていた獲物の処理にも慣れてきて、魔法薬製造に使う新鮮な魔獣の胆も手に入り、魔法薬師としての修行も順調そうでよかったと思う。
あとは、少しはマシになってきた男性恐怖症の緩和なのだけど……。
「ファリスちゃん」
「はっ、はい……」
「なんだ、お前。まだファリスちゃんに怖がられているのか」
「うるせぇ! 俺はミルコみたいに若くねえから仕方がないんだよ!」
「若さは関係ないだろう。その面をなんとかした方がいいんじゃねえか?」
「そんな魔法薬、存在しないよ!」
「いらっしゃい!」
「ファリスさんは……無理ね。ララちゃん」
「はーーーい、うちのお店は初めてですか?」
なんとか接客はできるようになったけど、やはり初見の男性客の接客は無理みたい。
もう少し訓練が必要かもしれないわね。
でも、慣れれば注文くらいはできるようになるから、今後もうちのお店の新しい看板娘をよろしく。




