第22話 お前もか!
「はははっ、俺は天才料理人アンソン! 『ニホン』の店主ユキコに目にものを見せてくれる」
「はい?」
「俺の新作料理を食え!」
数日後、仕込み前のララちゃんとボンタ君とで仕込み前の昼食をとっていると、そこに鍋を抱えたアンソンさんが飛び込んできた。
なにやら、新作メニューを開発したようだ。
彼が抱えるお鍋から、とてもいい匂いがしてくる。
「新作料理ですか?」
「そうだ! 俺自慢のソースを用いつつ、ユキコの作ったステーキソースのように新しい味にも挑戦している。味を見てくれ!」
とアンソンさんから言われ、私たちに一皿分ずつの料理が配られた。
「(見た目は、ビーフシチューみたい)」
ステーキにフォン・ド・ボーに似たものを基本としたソースがかかっているのではなく、大きめにカットされたステーキ用のお肉が、ビーフシチューに似たルーに浸っている感じだ。
というか、ビーフシチューそのものだわ。
「ウォーターカウのスジ肉を大量に使ったソースみたいだけど、ソースほどくどくないわ。トマトやワイン、タマネギで味の深さと甘みを出しているようね」
「さすがはユキコだな」
てっ!
この人、いきなり私のことを呼び捨て?
まあ、こういう性格の人に注意しても無意味そうだから言わないけど。
「お肉が柔らかいですね」
「野菜もよく煮えていて美味しいです」
アンソンさんのビーフシチューぽい料理は、ララちゃんとボンタ君にも好評だった。
そういえば、この世界に来て初めてビーフシチューって食べたような……。
もしかしてなかったとか?
「実はこういう料理は前からあったんだけど、王城では作られなかったんだよ」
使える食材が乏しいと具入りの薄いスープみたいな感じになって、高貴な人々の口には合わないと思われた。
逆にソースをそのまま使うと……ソースは味が濃くて脂っこいから、生活習慣病になりそうね。
そこでアンソンさんが、スープも全部食べられるよう塩分濃度を落とし、トマトやワインなどの材料を加えて味を調整し、ビーフシチューモドキが完成したわけだ。
「正直なところ、お昼の部で毎日オリジナルソースがかかったステーキだと飽きるからね」
「日替わりで別のメニューを出せるように研究中だ。この料理も評判いいんだぜ」
「よかったですね」
新しいメニューが人気なら、もし今のステーキが飽きられてもお客さんが来てくれるからだ。
「ただ一つ、気になることがある。ユキコがステーキに載せていたソースの元になっている調味料だ。あれはなんだ?」
と言われても醤油と味噌なんだけど、私は自分のお店で使う分を魔法で出しているだけなので、これを製造しろと言われても困るかな。
下手に他人に教えるわけにいかないし。
知っているのはララちゃんだけだけど、彼女は誰にも漏らさないしね。
「ソースの秘密は、親にも話さないんでしょう?」
「そうなんだよな。あれがあればなぁ……魚醤っぽいけど、ちょっと違うんだよな」
さすがは元王城勤めの一流料理人。
この世界にある魚醤の味も知っていたか。
でもあれ、私も使ってみようかと思ったのだけど、使う魚の種類や塩の質、発酵させる条件で味が変わりすぎて、うちの店では採用していないのだ。
衛生管理が悪いものも多いし……。
やっぱり、醤油と味噌は偉大よね。
お米も食べたいけど、この世界では今のところ見つかっていないという。
店の経営が安定したら、本格的に捜しに行こうかしら。
「ならば、ユキコ! 俺と一緒になって店を二つ経営するのはどうだ?」
「えっ?」
なに?
この人。
私にいきなり求婚して来たんだけど。
でも、アンソンさんも悪くないけど、やっぱり私は親分さんみたいな人がいいかな?
私は大人の男性が好きなのよ。
「俺はもう二十四歳で、大人の男性だぞ!」
残念。
親分さんは三十一歳で、アンソンさんよりも圧倒的に大人の男性に見えるから。
アンソンさんは見た目どおりの年齢だけど、十年以上も王城で働いていたのは事実なのね。
「ちなみに、ミルコさんも同じくらいですか?」
「あいつは俺の二つ下だ。スターブラッド家の子供だから、本当は俺が一緒に遊べる立場になかったんだが、爺さんの方針で近所の一般家庭の子供たちとも遊んでいたな」
お爺さんは、周囲の人たちが思っているほどスターブラッド家を名門とは思っていないから、社会勉強で普通の家の子供たちとも遊ばせたのだと思う。
つい最近まで、それはまったく役に立っていなかったけど。
「つまり、俺はあいつよりも大人の男なのだ。ユキコも安心だろう?」
「ええと……」
懸命に修行して自分の店を出せている分、ミルコさんよりも大人か?
「こらっ! 俺様の悪評を吹き込むな!」
ここでさらに、ミルコさんも姿を見せた。
アンソンさんの新作料理を試食するため、ここに来る約束になっていたのだから当然だけど。
「アンソン、お前はユキコ女将が狙いなのか?」
「然り! 彼女は俺に相応しい女性だ。一緒に店をやれば、お客さんが沢山くるぞ」
「なにを! 俺様と二人で肉屋と酒場をやる方がいいに決まっているじゃないか。俺様の方がユキコ女将と先に知り合ったんだ!」
「先もあとも関係あるか! ユキコは俺の料理の腕前に感心していただろう? 優れた男に女は惚れるのさ」
「俺様の方が若いし、将来は肉屋を大きくしてユキコ女将に相応しい男になるさ! 俺様には将来があるからな」
「人を年寄り扱いするな! 二つしか年齢が違わないだろうが!」
「二十代で二つ差は大きいね!」
「愚かな。ユキコは大人の男性が好きなのだ。つまり、ミルコよりも俺の方がいいというわけさ」
「見た目はそんなに違わないだろうが!」
勝手に、私を巡って争わないでくれるかな?
もし営業時間内だったら、ボンタ君に言って追い出してしまうところなのだけど。
それに今のところ、私は結婚するつもりなんてないし。
アンソンさんがこれから次々と新作メニューを開発してくれそうなので、私もレシピを教えてもらえば店のメニューも増えて万々歳よ。
でも、私と結婚したければ、親分さんよりもいい男になってね。