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第18話 高価な料理

「ふと思ったんだが……」

「どうかしましたか? お爺さん」

「この店で一番高価な料理とはなにかと、ふと思ってしまったのだ」

「高価な料理ですか?」


 今日もいつもどおり開店した大衆酒場(ジャンルはこれでほぼ確定)『ニホン』の店内において、常連であるお爺さんが、私に一番高価な料理を訪ねてきた。

 さすがは、この国でも有数の大金持ち。

 そういう高価な料理にも興味があるのね。

「うちのお店、美味しくて安いが売りですよ」

 ララちゃんが、高い料理と言われてピンと来ないのも仕方がない。

 この店において、メインとなる串焼きは一本銅貨一枚~二枚。

 つまり、日本円で百円から二百円か。

 その他の料理もやはり、銅貨二枚から五枚くらい。

 お酒はエールしかないけど、一杯銅貨三枚。

 この世界では他にもお酒はあるけど、ワインは高級なレストランでしか出ない。

 ワインを原料にして作るブランデーに至ってはもっと高価で、よほどの大金持ちしか飲めなかった。

 うちのお店で出すわけがない、というか誰も注文しないはずなので、庶民のお酒エールしかないというわけだ。

 そんな私のお店で、一番高価なものか……・。

 まあ、なくはない。

 メニュー表には書いていないけどね。

 いわば裏メニューみたいな扱いだと思う。

「あるのか。興味あるから出してくれ」

「俺様も興味ある」

 今日も魔獣の解体と販売に勤しんだミルコさんも飲みに来ていて、いつの間にかこの店の常連になっていた。

 たまに従業員たちを連れて来るので、今ではいいお客さんだ。

「大銅貨二枚の一品ですよ」

「この店にしては高価だな」

「『ヴィクトワール』の皿料理一品分くらいか? 俺様、もう全然行ってないけど。この店の方が安くて美味しいから」

 料理方法や技術はともかく、やはり肉の鮮度や品質の問題なのだと思う。

 一皿二千円って、かなりとは言わないけど、そこそこのお店って感じかな。

「俺様も興味ある。お祖父様の奢りかな?」

「自分で頼め」

「お祖父様、厳しいな」

「とりあえず、一つ出しますね」

 メニューにはないけど、聞かれたら出せるメニューといった感じか。

 そんなに量もなく、このお店のメニューとしては非常に高価だ。

 お金がある常連にだけ出すといった感じであろう。

 ある種の裏メニュー扱いね。

「熟成肉のステーキです」

 私が考案した高額なメニューとは、ウォーターカウという水牛に似た魔獣の肉を熟成させた肉をステーキにしたものであった。

 肉の熟成は、温度を一度前後、湿度を七十パーセント前後に保ち、常にファンで風を送って仕上げる『ドライエイジング』。

 真空パックした肉を、そのまま低温で熟成させる『ウェットエイジング』。

 枝肉のまま、ただ寒い場所に吊るす『枝枯らし』など。

 私の場合、店の地下倉庫に常に氷の塊を入れて冷蔵庫と同じ状態に保つのはできるけど、常に風を送るのは難しいのでドライエイジングは無理。

 真空パックできるビニールがないので、ウェットエイジングも難しい。

 よって、古くから日本でもやっていた枝枯らしを採用した。

 その昔、日本でも冬に家の軒先に狩猟で得た肉を枝肉のまま吊るしたのが原点なので、これならこの世界でもできたからだ。

 お祖父ちゃんに習っておいてよかった。

 あとは、塩漬けにしたり、味噌漬けにしたりと。

 肉の保存は色々と試しているけどね。

 これらも味を見てから、メニューに加える予定であった。

「どうです?」

「おおっ、これは肉の味が濃く、しかも柔らかくなっていて最高だな!」

「塩のみで食べた方が、肉の味の濃厚さがわかる」

「肉を美味しく食べるのに、こういう方法があるのか。俺様、驚き。普通は保存のため干し肉にするか、定番のハーブをたっぷり使用するのだから」

「手間がかかる分、高価なのか」

「それもありますけど、表面を削ぎ落さないといけないんです。乾燥して変色してしまうので」

 熟成肉は美味しいんだけど、ちゃんと熟成しないと、それはただの腐った肉でお腹を壊すリスクがある。

 ちゃんと熟成できても、表面を削ぎ落とした分だけ肉が小さくなってしまう。

 高くて当然というわけだ。

「俺様もやりたい」

「ちゃんと管理しないと、お客さんがお腹を壊しでもしたら信用問題になりますよ。私もかなり試行錯誤したので」

 日本にいた時は、道具や冷蔵庫などの機械がちゃんと揃っていたので、私はお祖父ちゃんに教わったとおりやればよかった。

 この世界では、日本で当たり前に売っていた道具や機械がないので、苦労して適切な温度、湿度管理をしながら肉の熟成を試行錯誤で行い、ようやくお店に出せるレベルにまで到達したのだから。

「ネックは、肉の温度管理ね」

「温度? 俺様、初めて聞く言葉だな」

 ミルコさんもそうだが、誰も温度という言葉を知らず、そもそもこの世界に温度という単語は存在しなかった。

 当然、温度計などなく、湿度計もない。

 私も最初、店の地下室に魔法で作った氷を置いて冷蔵庫を再現する時、それで苦労したのだから。

 冬はいいんだけど、他の季節だと少しでも温度が上がってしまうと、肉が熟成じゃなく腐敗してしまうからだ。

「夏の方が肉は早く腐るでしょう? 肉を熟成する際には、水が凍る寸前の温度が最適なのよ」

「なるほど。確かに夏は、どこの肉屋でも肉の管理で苦労している印象があるな」

 外に出しておけばすぐに腐ってしまうし、大抵の肉屋はうちみたいに地下室で肉を保存する。

 大規模なところや、資金に余裕があるところは、氷を作れる魔法使いを雇って地下室なり倉庫を氷室状態にしていると聞いた。

 でも、肉を仕入れた店舗側すべてが適切に温度管理できるわけではない。

 夏はすぐに肉が悪くなってしまうから、大量のハーブで臭みを消す羽目になるわけだ。

「女将は魔法が使えるから有利だな。酒場を開く魔法使いは珍しいんだが」

「親分さん、私は攻撃魔法が使えないので」

 攻撃魔法が使えていたら、ハンターや猟師をやった方が稼げるんだけど。

 この世界に飛ばされ、半年間サバイバル生活をしていた時、強く大型の魔獣の相手で、とても疲れて大変だったのだ。

 魔獣を倒し続けると、自分の力や素早さが上がるのは実感できたけど、一日中魔獣相手に戦っていたら疲れてしまう。

 ワイルドボアくらいなら罠でも獲れるし、お店で調理して売れば、そんなに沢山獲らなくても利益は得られる。

 お祖父ちゃんから教わった解体、保存、調理技術も生かせ、なにより私の性に合っているからお店を開いたというのもあった。

 知り合って一緒にサバイバル生活をしていたララちゃんのためでもあるのかな。

「気のせいか、俺では女将に勝てないような気がするんだよな」

「そんなことはないですよ」

 私は、ハンター、猟師としてはよくて二流。

 だから、酒場のオーナーになったのだから。

 歴戦の親分さんには勝てる気がしないのだ。

「これは全然関係ない話ですけど、私は『女将』じゃないですよ。店長かオーナーですから」

 なんか、女将って呼ばれると、小母さんになってしまったような気がするし、私はまだ未婚で若い女性ですかから。

 そんなに貫禄ないですし。

「そうは言うてもな。その年で店を持つ者などそうはおらん」

「ご隠居の言うとおりだ。自分で言うのもなんだが、俺に面と向かってものを言える人は珍しいし、さらに女性となるとほぼいないな。女将が一番しっくり来る」

「ユキコ女将、格好よくていいけどな。俺様、そんな女将にラブだぜ。なるべく早く俺様の嫁になってくれよ」

「……(あなたたちが私を女将と呼ぶと、他のお客さんたちもみんなそれに倣っちゃうのよ!)」

「女将さん、座りがいい呼び方だと思いますよ。なにしろ、親分が認めているんですから」

「ユキコさん、私は女将って呼んでないですよ」

 結局、私のことを女将と呼ばないのって、ララちゃんだけであることが判明した瞬間であった。

 これは、新しいお客さんに期待するしかないのかな?

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