第17話 チャラ男、起業する
「それにしても、あれからもう一ヵ月ですか。お爺さん、ミルコさんは?」
「急に『閃いた!』と言って、毎日自分で狩った獲物を集めた仲間たちと解体しては、『まだ少し獣臭さが残る! これでは貴族は高く買ってくれない!』とか、うちの王都郊外にある倉庫でやっとるな」
ミルコ青年が私たちの元を走り去ってから一ヵ月。
お爺さんによると、ミルコ青年は真面目に私が見せた魔獣の解体技術の会得と、獣臭くない、新鮮な肉や内臓を売る事業を始めたそうだ。
あきらかに3Kな仕事なので、私は彼はすぐに嫌になってしまうかもと思ったのだが、お爺さんによると、段々と肉と内臓の質が上がり、徐々に高く買い取ってもらえるようになったそうだ。
「真面目にやっているんですね」
「女将に発破をかけられたからであろう。バカな孫が迷惑をかけた」
「いえ、こちらもお爺さんにはお世話になっているので」
「やれやれ、女将は鋭いな」
この店は決して治安がいい場所にあるわけでもないし、オーナーが女性なのでよからぬことを考える同業者などがいないわけがない。
ところがこれまで、この店はそういうトラブルが極端に少なかった。
特に、お爺さんがこのお店の常連になってからだ。
お爺さんとしては毎日のように通うお気に入りのお店を守っているのであろうが、うちとしては大変にありがたいわけだ。
「今ではワシよりも、ヤーラッドの親分の方がのぉ」
「俺は、ショバ代を貰えばちゃんと義務を果たす」
スターブラッド商会の元当主と、親分さんが頻繁に通うお店に手を出す不届き者は少ないか。
「そういえば、女将。今日は新しいメニューが出たと聞いたが」
「ワイルドボアの血を使ったソーセージですよ」
これまでは、試作しては賄のみで消費していたのだが、ようやく満足のいく出来になったので、少数限定だけどメニュ―に入れてみたのだ。
「新鮮なワイルドボアや他の魔獣の血に、塩、ハーブ、香味野菜、脂、小麦粉などを混ぜて腸に入れ、それを破裂しないよう低温でゆっくりと茹でたものです」
「血生臭いのかと思ったら、まったくそんなことはないな。コクがあってネットリとしていて、酒によく合う。前にある貴族のパーティーで出たことがあるが、それはハーブの味が濃すぎてな。これはそんなことがない」
「それは、古い血の生臭さを隠すためですよ」
ブラッドソーセージは新鮮な血を使わないと駄目なので、『食料保存庫』を使える私が有利というわけだ。
これを用いて保存すれば、どんな食材も経年劣化したり腐らないからだ。
その代わり、食材と水、調理器具などしか保存できないのだけど。
魔法が使える者の中からたまに出るとされている『倉庫』持ちは、色々な品を保存できるのだけど、収納能力は千差万別。
私の『食料保存庫』は、食材と水、調理器具なら制限なしだ。
その代わり、他の品は一切収納できないけどね。
新鮮な血のまま保存できるので、いつでも美味しいブラッドソーセージが作れるわけ。
「これは酒に合うな」
「親分さん、お酒の飲みすぎは駄目ですよ」
「女将が三杯ルールを守らせているのだから、それ以上は飲まんよ」
うちのお店は、一人三杯までしかお酒を注文できない。
最近、実は酒は百薬の長などではなく、一滴でも飲まないに越したことはないという学説が出たとか、転移前に聞いたけど、人間がまったく体に悪いことをしないで生活すれば健康って考えもどうかと思うので、適量ならストレス発散のためお酒を飲んでも構わないだろうというのが、私の考えであった。
その代わり、飲みすぎ防止で酒の注文は三杯までというルールは作ったのだけど。
これを守れないお客さんは、即座に店を出て行ってもらうことになっていた。
常連さんたちはみんな守っているけど。
「どうも、俺様久しぶり!」
「ミルコさん?」
とそこに、噂の主であるミルコ青年が一ヵ月ぶりに姿を見せた。
珍しくというか、仕事の内容に相応しいというか、今日の彼は汚れてもいい作業着のようなものを着ていた。
それでも、元の顔がいいので他のお客さんたちは、『イケメンはなにを着てもイケメンだな』とか話していたけど。
「この一ヵ月、大分獲物の処理が早くなり、肉や内臓の品質もよくなってきたぜ。これまでの肉や内臓とまったく違うって、結構高価な値段で売れるようになったし」
この人、本当にこの一ヵ月間、真面目に魔獣の下処理や解体技術を上達させ、顧客に高値で販売するようになっていたのか。
「ユキコ女将が処理したものにはまだ負けるが、少量のハーブ類の使用で済んで、料理の幅も広がったと評判なのさ。俺様、ちょっと報告に来たわけ。あと、エールと串焼きお勧めの三本。塩で」
今日はお客さんのようなので、私はすぐにミルコ青年にエールと串焼きを出した。
「やっぱり、ここの肉や内臓は全然獣臭くないし、新鮮だな。俺様、もっと精進しないと。注文も増えつつあるから」
「そうなんだ」
そりゃあ、今までは大量のハーブ類と決められた調理方法で獣臭さを消していたので、少しの獣臭さなら喜んで高値でも購入するか。
「派手な服は着ないのね」
「作業している時はこれで十分。ユキコ女将のお店なら、やはりこれで十分だから」
「それはそうだ」
うちの店、ドレスコードなんてまずあり得ないものね。
それにしても、この前強く言ってしまったから仕返しされたのかも。
「営業の時は、俺様もエレガンスな服装をするさ。相手は上流階級だから。スターブラッド商会の名も役に立つ」
「そういう使い方ならいいんじゃないの」
もう一つ、私が上手く処理した肉や内臓を売らない理由。
それは、余所者の小娘が販売する商品を買ってくれないからだ。
つまり、信用がないのよね。
ミルコ青年がそれをやってくれるのであれば、将来私も仕入れられるようになるかもしれないし。
そうしたら、私の店でももっと大量の料理を仕込めたり、営業時間を伸ばせるかも。
「いつか、この店に肉や内臓を卸ろせるように品質を上げていくぜ。人手も増やしたから、俺様責任重大」
ミルコ青年は、王都郊外にあるスターブラッド商会が所有する倉庫を借り、そこに生きた魔獣を持ち込んで解体しているそうだ。
幸い商売の方は順調なので、人手を増やしたそうだ。
「新しく雇ったのは、年を取ったり、負傷してあまり獲物が獲れなくなったハンターたちだけど」
なるほど。
そういう人たちは、以前のように沢山の魔獣を狩れないので、少数の魔獣でも高く売れる解体に参加したわけだ。
現役時代ほど稼げないが、給料制なので収入は安定している。
家族共々路頭に迷うことはなくなるわけだ。
彼らの雇い主であるミルコ青年からすれば、責任重大なのであろうが。
「もう一つ、俺様、ちゃんと頑張っていつかユキコ女将を嫁にするぜ」
「えっ? 最初のアレは商売の都合で言っただけでしょう?」
「この俺様にあれだけ言える女はそういない。俺様のお祖母様にそっくりだぜ。つまり、ユキコ女将を嫁にすれば、俺様は将来お祖父様を越えられるかもしれないんだぜ」
「そうなんですか?」
私は、思わず傍にいたお爺さんに聞いてしまった。
奥さんが、私にそっくり?
「容姿は全然似ておらんが、ワシの奥は、借金塗れのスターブラッド商会に嫁ぎ、ワシを支えてくれた凄い奴でな。他所から流れて来てから半年もしないうちに店をオープンさせ、こんなに繁盛させている女将に、似ているといえば似ておるな」
「お祖父様は、だからこの店の常連なんだろう?」
「そう言われるとそうか! しかしミルコよ。女将を嫁にするのは大変だぞ」
「俺様も仕事があるし、女将が変な男になびくとも思えないし、俺様そこまで焦らずにじっくり行くぜ。女将、エールのお替りとブラッドソーセージね」
「はい、毎度あり」
落ち着いてみれば、ミルコさんは顔立ちもいいし、基本的にはいい人だし、なにしろあのスターブラッド家の人間なので好物件男子ではあった。
だが……。
「女将、どうした?」
「いえ、なんでもないですよ。親分さん」
でも私は、いまのところの一番は、やっぱり親分さんかな。
それに、まだ結婚とか全然考えていないってのもあるし。