25-13 有馬和樹 「3年F組包囲される」
喜多絵麻が、はっと我に帰ったようにまわりを見る。
「あ、あの、私、生まれが広島だから……」
いや、そういう問題じゃない。
「……爆炎鬼」
無影鬼と自ら名乗るタクがつぶやいた。そう、そんな名前が相応しい。
みんなが立ちすくむ中、プリンスが喜多絵麻に近づいた。
「すまんな。助かった」
「うん」
いや、そこ「奥さんが傘持ってきた」ぐらいの軽さだけど、神を一人焼いたんだからな!
『西と東から一団! 相当な数!』
遠藤の声が静けさをやぶった。
「しまった、時間がかかり過ぎた!」
姫野がつぶやく。まわりを見れば、大通りの脇には野次馬が大勢あつまっていた。路地裏に作った迷路も、もう壊されたのだろう。
おれは耳に手をかけた。
『みんな、一旦トレーラーに戻ろう』
トレーラーの横や後部にあるハシゴから分散して登る。ゲンタも戻って来た。
通信の遠藤やボール攻撃の玉井といった潜伏している者もいるが、基本的に大勢だ。それに異世界人がいる。ジャムさん、ヴァゼル師匠、ハビスゲアル、カラササヤの四人。登るのにも時間はかかる。
今日、この戦いには土田がいない。3年F組が27人。ジャムさんたち合わせて31人か。
「テファ、登れない」
最後のおれが登ろうとした時、横から声をかけられた。あの女の子だ。
「テファちゃんは帰ろうね」
「いや! お兄ちゃんと一緒に行く!」
もう! 置いてもいけないから背負って登る。ハビじいぐらいの命ならいいのだが、お兄ちゃん、君の命は背負えないんだが。
登ってまたもや、姫野と目が合った。
「まあ……味方が増えたのは確かね」
嫌味はよせ、姫野。これで32人か。
兵士は次から次に集まり、トレーラーを通せんぼするように道いっぱいに広がった。
馬に乗った兵士が十騎ほどいる。あれが隊長格だろう。
そのうちの一人が、こちらに馬を進めてきた。
「我が名はワーグル! 王都守備隊の隊長だ」
真面目そうな男だった。言っちゃ悪いが司教連中の胡散臭さがない。
「おれの名はキング。何の用だ?」
「何の用とは心外な。都に攻め入ったのはそちらであろう」
「いやいや、斬られそうになったから身を守っただけ」
おれはクラスのみんなを指差した。
「っつうか、都を攻めに来た者に見える?」
クラスのみんなは甲冑も付けてなければ、剣も持ってない。剣があるのはジャムさんとヴァゼル伯爵、プリンスぐらいだ。
おれの言葉にワーグルと名乗った隊長は少したじろぐ。
「な、ならば、何の用で王都に来たのだ!」
「はいはい。教会に聞きにきました。なんで下々の村を襲うのか。おれらの作った免疫所をなんで潰したのか?」
「なにぃ?」
これは頭脳班の連中と事前に決めていた口上だ。戦争をふっ掛けるってのは、大義名分が必要らしい。
「嘘を申すな! このほどの流行り病、原住民のせいと聞いた」
「違うね。魔法で治せない病気だ。それを隠すために、おたくの教会が森の民を襲った」
トレーラー上の誰かが動いた。と思ったらカラササヤさんだ。地面に飛び降り、ワーグル隊長の前にでる。
「俺の顔を見ればわかるだろう」
顔中に残る疱瘡の跡を見て、ワーグル隊長らは目を剥いた。
「お主、治ったのか? そこまで悪くなって元気になった者は見たことがない」
「ああ。病から救ったのは、この若者ら。俺の村は都の兵士に焼かれた」
カラササヤさんは指笛を吹いた。甲高い音が大通りに響く。んん? なんの合図だ?
「手を出すなら、森の民は黙っておらぬぞ」
大勢の野次馬の中から、一人、また一人と歩いてくる。
「おい、姫野!」
「こんなの、聞いてない!」
おれはあわてて耳に手をやった。
『カラササヤさん、みんなを戻せ! 戦闘には参加しないはずだ!』
「我らが王よ……」
ジャラジャラと首かざりをつけた老人が出てきた。
……うそだろう。ゴカパナじいさんまで来てんのかよ!
「菩提樹の里の民、総勢320人。すべての総意にございまする。なんと申しましたか、そうクラスメートのために」
ゴカパナじいんさんは、おれに向かって小さなペンダントを振った。木彫りの菩提樹の葉だ。
「姫野、あそこ!」
おれは指を差した。小さな女の子が二人。
「フルレ! イルレ!」
姫野は頭をかきむしった。
「んにゃー!」
そうだろう。あまりに思うように行かないと、叫びたくなるってもんだ!
ワーグル隊長は額をぬぐった。かなり狼狽しているようだ。そこへ兵士の一人が伝令に来る。
「隊長! 南門の外に大勢の民が集結!」
「なにぃ!」
ゴカパナ村長がにっこり笑っておれを向いた。
「二十ほどの村に協力を頼んでおりまする。城壁の外から騒いでくれるはず」
ワーグル隊長が、おれに何か話しかけようとした時、甲冑を付けた行進の音が聞こえた。
『お城から聖騎士団、数、およそ1000!』
姫野と見合った。
『その中央、神輿みたいなイスに担がれたジジイあり!』
それを聞いたハビスゲアルが耳に手を当てた。
『その神輿に座った人物とは、エケクルス騎士団の長であり、総大司教、エケクルス・バ・アルでございます』
教会トップのおでましか。そして聖騎士団に話し合いは通用しない!
「みんな聞け! 戦える者は大外、その内側にご婦人方。トレーラーに老人と子供を乗せてくれ!」
姫野の肩をつかんだ。
「お前は上に残れよ。指揮しろ」
姫野は悲しそうな顔を一瞬見せたが、すぐに耳に手をやった。
『一号車の後部扉を開けて。武器が入ってる』
おお、ありとあらゆる用意はしているんだな。一号車には武器を積んでたか。待てよ、二号車はゴーレムだった。三号車は?
おれが聞く前に姫野は次の指示を出した。
『ももちゃん、さっきの傭兵団まで通信飛ばせる?』
『モモよ、あまり無理をすると……』
『師匠、大丈夫!』
途中で注意の言葉はヴァゼル伯爵だ。遠藤ももの通話スキルは進化したとは言え、大人数にかけっぱなしだ。大丈夫なのか?
『……オッケー、どうぞ』
遠藤ももの息が切れている。いつまでも使える物ではないな。しかし姫野、あのゴリラに何を話すつもりだ?
『ゾリランダーさん!』
『おお? 声が聞こえる』
『わたしヒメノ。あなたが戦ったゲンタの友達。どう、こっち側につく?』
そういうことか!
『むむ、一騎打ちに負け、回復までしてもらった。恩はあるが、裏切るのは……』
『こっちには裏切った元司教もいるし、平気よ。あ、そうだ、その元司教の全財産を報酬で出すわ!』
『司教の全財産だとっ!』
通話の向こうで一気にざわめく声が聞こえた。いやでも、元司教ハビじいの全財産って……
『あい、わかった! このソリランダー傭兵団、そちらに加担する!』
同時に「オー!」という声も聞こえた。
姫野がハビじいの前に手を出した。ハビじい、複雑な顔で小さな袋を手に乗せる。
……まあ、嘘はついてないからな。
『ゾリランダー傭兵団は何人ですか?』
『俺らは46人だ』
合わせると399人か。向こうが1000人。数では1対2に近くなったが、こっちは半数が戦闘員ではない。
ん? そういや、何も知らない土田は、今ごろ里でたった一人か。気の毒な土田の映像が頭に浮かんだ。
トレーラーから降りて前に出る。ワーグル守備隊は道の脇にどいた。
大通りの先、行進してくる聖騎士団が見える。
おれの横にプリンスが立った。反対にはジャム師匠。
「プリンス、ジャムさん、死ぬ時は、笑ってしのうな」
おれは作り笑いをしたが、二人はちょっとだけ笑ってくれた。
「お前は死んでも死にそうにない」
「なんだよ、それ」
「キングよ」
「はいよジャムさん」
「あの時、よくぞ俺に声をかけた」
あの時とは闘技場か。そうだな。今から思えば運命的かも。
「我が名はジャムザウール! 腕に覚えのある者はかかってこい!」
ジャムさんは大声で名乗りを上げ、剣を抜いた。その声に森の民も「おお!」と呼応する。
「キング、鬨の声を上げよ!」
鬨の声、戦の指揮を上げる掛け声か。なんて言ったらいいんだろう。考えているとヴァゼル伯爵の声が入った。
『キング、能力の一部を借りるので命令を』
『伯爵、なら近くに来ないと……』
伯爵はトレーラーの上だ。おそらく姫野の指示。魔法からの防御、そして遠隔攻撃だろう。
『この通話術でも可能です』
おれはトレーラーを振り返った。あのキザ伯爵め。言わせたいだけだろう。おれは息を大きく吸い、大声を上げた。
「キングの名によって命ずる! 敵はにっくき聖騎士団! 遠慮はするな、ぼっこぼこにぶちのめせ!」
「おー!」という声が全員から上がった。
聖騎士団との距離が縮まる。神輿のイスに担がれたやつが見えた。かなり高齢だ。頭は剃髪しているが、仙人のような長い髭。
金銀きらめく衣や肩掛けを幾重にも羽織り、見るからに重そうな総大司教が口を開いた。
「「「異教徒どもよ」」」
大通りにエコーがかった響く声。拡声魔法だ。
「「「これより神の鉄槌が下されるであろう」」」
おお、偉そうだな。そしてピンとひらめいた!
『ハビじい、拡声魔法使えるか?』
『使えますが?』
『かけてくれ!』
喉がむずむずっとした。魔法がかかったらしい。
「「「神の鉄槌? 笑えるわ!」」」
みんなまで「はっ?」っていう顔してる。まあ見てなって。
「「「なら、おれの呪いを防いでみろ!」」」
ハビじいにジャスチャーを送ると、喉のむず痒さが取れた。拡声魔法は切れたな。おれは耳をさわり、通信をオンにする。
『関根瑠美子!』
『はい!』
『やったれ!』
『……ありがと! 出番なくてウズウズしてた!』
関根がトレーラー上の前に出てきた。手のひらを向ける。
「ルミコ・プラチナム! 全身レーザー!」
「ぎゃあ!」という声が聞こえ、神輿の老人がうずくまった。
顔を上げると見事、自慢の白髭がずるりと落ちた。ツルッツルだ。
『みんな、今こそ言う時だぞ! せえの』
「「「「「ざまぁ!」」」」」
3年F組の声が重なった。





