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25-5 有馬和樹 「戦闘開始」


 ゆっくりと王都の北門が近づいてくる。


 この、ゆっくりな感じは選挙カーというより、遊園地のパレードを思わせた。ピーターパンのコスプレをしたら似合いそうだ。


 姫野たち女子、それに男子の一部もか。この世界に落ちた時の服を着ていた。悪くない。生きて帰れるかどうかの日。服は一張羅を着るべきだ。


「あれ、なんか、香りが……」


 甘い香りが漂っていた。この世界にない香りなので目立つ。


「気づいた? 今日女子は全員、リップクリームを塗ってる」

「よくあったな!」

「和香ちゃんが一本、ポケットに入れてた。不謹慎?」

「いや、最高だ」


 北門の衛兵が動き出した。このトレーラーに気づいたな。


「姫野」


 姫野はうなずいて、耳を触った。


『みんな、そろそろ準備して。セレイナは一号車のトレーラーへ』


 遠藤ももの通話スキルは進化していた。一斉通話は、しゃべる時に耳を触ると発言がオンになる。


 しかし、ここでセレイナ? おれは小首を傾げた。


 「ふっふっふ。まあ、見とくでござるよ。これは拙者のアイデアでござる」


 ゲスオが不敵に笑った。


 実のところ、作戦の詳細をほとんど知らない。


「キングに教えると、我慢できなくて動いちゃうから」


 というのが、頭脳班の答えだ。


「まっ、キングは最後の弾丸。これが外れたら終わりだな」


 このフォローはプリンスだ。納得はいかないが、みんなで戦うと決めた以上、しょうがない。


 セレイナがハシゴを登ってきた。トレーラーの速度は遅いので、下りて走れば移動はできる。


 北門が開き、中からぞろぞろ兵士が出てきた。数はおよそ二十。望遠鏡で顔を見た。緊張感はない。おそらく「何か変なのが来たぞ」とか話している。


 兵士は堀の石橋を渡り、通りのこちら側に展開した。


 こっちは誰が行くのか? そう思った時、羽ばたく音が聞こえた。ヴァゼル伯爵。ジャムさんを抱えている。


 おれらのトレーラーと兵士の中間ほどに降り立った。ジャムさんが兵士に向かって歩いていく。


 二十対一。ジャムさんなら可能、でもきついぞ。


 門の上にさらに二十人ほどの兵士が現れた。弓は持ってない。見物のようだ。敵が一人なので余裕と見たか、または敵と思ってないか。


 並んだ兵士のうち、五人ほどが剣を抜いた。


「姫野!」


 おれが言うと同時にゲスオが動いた。


「お茶目な落書き、『響く声』を『敵の心に響く声』に改変!」

 

 ゲスオにタッチされたセレイナが、手を胸の前に組んで目を閉じた。


♪Ah~~♪


 アー、としか歌っていないのに、おれは思わず耳を奪われた。囁くようなウィスパーボイス。その透明感がすごい。


♪~Ave~Maria~♪


 クラシックの「アヴェ・マリア」か!


 これはエグい! ささやくように、ゆったりと歌うアヴェ・マリアは、その歌声に耳を取られ、目をつぶりそうになる。


 おれたちにゲスオのブーストは、かかってない。それでこれだ。敵の頭の中は歌声でいっぱいだろう。


 前に出た五人のうち、三人が剣を落とした。ほかの者も眠たい子供のように、まぶたがとろん。


 ジャムさんが剣を抜いて駆け出した。あわてて兵士も剣を拾う。ジャムさんの最初の一振りで一人が斬られた。


 敵二人が斬りかかる。ジャムさんは一人を盾で受け止め、勢いよく押し返す。仲間とぶつかり動きが止まったところへ二振り。それぞれ腕を斬られた。腕は飛んでないが、もう剣は持てないだろう。


 ジャムさんの戦い方は、オーソドックスだ。盾で受け、剣で斬る。それが恐ろしく無駄がない。しかも何手か先まで読んでいるので、一度二度、攻撃をしのいでも詰められてしまう。


 おれは近くから聞こえるアヴェ・マリアの歌に目を閉じまいと耐えながら、流れるようなジャムさんの剣技を見続けた。まるでダンスだ。


 いつの間にかトレーラーの上にはヴァゼル伯爵が乗っている。ヴァゼル伯爵に至っては、完全に目を閉じて歌声のほうがメインだ。伯爵、余裕だな!


 セレイナが歌い終わるころには、門の前に展開した兵士はすべて倒れていた。


 門の上で見物した兵もいない。逃げ出したようだ。


 そういうことか。ジャムさんが先陣を切ったのは、強さを見せつけ戦意をくじくのが目的か。そうなると、見た目の怖さでヴァゼル伯爵より、トカゲ族の戦士ジャムさんだ。


 戦いの間にトレーラーはずいぶん門に近づいた。


「キング」


 姫野に呼ばれた意味は、何かわかっている。


「まかせろ」


 おれはトレーラーから飛び降りた。門に向かって走る。


 死体を脇へどかしていたジャムさんを通り過ぎ、門の前に立つ。


『キング、車が通るから、道にガレキが残らないように』


 姫野の心配はごもっともだが、みんながスキルを進化させているように、おれのスキルも進化している。


 門を見上げ、範囲を心の中で定めた。半身に構え、右の拳を引く。


「粉・砕・拳!」


 拳を打ちつけると、扉とそのまわりが吹き飛んだ。


 そして吹き飛んだ木片やガレキが、砂粒のように風に吹かれて飛んでいく。


 トレーラーに戻ると、姫野がポカンと口を開けていた。


「キング、砂になったわよ……」

「ああ、最近、本気で打つとああなるんだ。文字通り粉砕」

「進化しすぎでしょ!」

「まあ、色んな山に穴を空けまくって練習したから」

「怖っ、勝手に地図を塗り替えないでよ!」


 ゲスオが悲観したように膝をついた。


「……拙者、用無しでござる」

「大げさだな! 木や岩ならいけるけど、鉄は無理だし。さっきの大きさがギリだから」

「ほほう、まだ寄生できますな!」

「寄生って言わないの!」


 最後の注意は姫野だ。


 トレーラーはゆっくりと堀にかかった石橋をわたった。


 この石橋は、ちょうど一年前におれが壊した。はたして、今年はまた壊して逃げるのか? はたまた壊さず優雅に帰るのか。


 おれたちは北門を抜け、ついに王都に入った。


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