25-3 有馬和樹 「落ちるなら、みんなで」
プリンスはハビスゲアルに微笑んだ。
「ハビスゲアルさん、このように我らが王を引き抜くのは、無理かと。こちらに入っていただくほうが早い」
ハビじいは顔を上げた。ひどく、おどろいている。
「吾輩を迎えてくれるのですか? ここに召喚した張本人ですぞ!」
「ハビじい、そこはまあ……」
「うっさい、ボケキング。落ちた張本人は黙ってて!」
「……へい」
今日のおれ、散々だ。
姫野は考え込んで、大きく息を吐いた。
「かなり複雑な気分なの。もちろん、召喚なんて、されたくなかったけど」
姫野はそう話し始めたが、また口をつぐんで考え込んだ。それから立ち上がり、うろうろ歩く。
「なんて言うかな。もう一度、あの状況になったら、同じことしちゃうんじゃないかなって……」
意外な言葉に、おれはおどろいた。
「別に、キングに惚れてるわけじゃないわよ」
「お、おう。それはわかってるよ」
なんだ? 視界の端の黒宮和夏が、地団駄を踏んだ気がする。姫野はまたうつむいて、うろうろと歩いた。言葉を探しているようだ。
そして立ち止まった。思いついたようだ。
「そうね、あの時、もし向こうに残されていたら……」
姫野の言葉にクラスのみんなが、はっとなった。姫野が言葉を続ける。
「何人かが落ちて、何人かが残ったとする。向こうに残った場合、けっこう、キツイ」
セレイナが、うなずいて口を開いた。
「わかる。残った方は悩むわ。どうして助けられなかったのか。今はどうしているのか」
「それって……」
友松あやが横から入った。
「それって、けっこう地獄よ。一生、悔やみ続ける人生になるかも」
友松あやの言葉に、姫野がうなずく。隣にいたコウ、根岸光平も同調した。
「なるほどな。全員が落ちるって、ある意味で正解やったんか」
「コウは、こっちの世界のほうがいいだろ」
隣にいたコウの親友、山田卓司が言った。
「あほう、タク、んなワケあるかい」
「コウの転校理由は?」
「借金取りに追われて……あっ、ホンマや」
みんながくすっと笑った。
「なるほどねぇ。そうなると、キング以外は自分の意志で来た、とも言えらあな」
大工の茂木あつしが「べらんめい」といった感じで鼻をすすった。
「そうなの。もちろん向こうの家族は可愛そうなんだけど、なんかもう、しょうがないかなって感じに、わたしは最近、思い始めてる」
姫野の言葉に、クラスのみんながうなずいた。
みんな、そんな風に考えていたのか。
おれは27人は自分のせいだと思っていた。だからプリンスに「みんなを守りたい」と最初の夜に相談した。
……いや、そりゃ違うのか。おれが守るってものではないのか。みんな互いに守って、そして守られるのか。
おれが考えにふけっていた横で、当の召喚者は顔をくしゃくしゃにしていた。イスから立ち上がる。
「許されることではありませんが、このハビスゲアル、残りの短い人生を皆様の償いに使いたいと存じます」
そして深々と頭を下げた。どうでもいいけど、後頭部はどうやって剃っているんだろう。
「ハビじい!」
「はっ、キング殿」
「おれが言うのもなんだけどな、過ぎたこと、気にすんな! 友達だし」
「キ、キング殿、前も言いましたが何でも『友達』で解決するのは……」
姫野が思いついたように言った。
「いいんじゃない? 同じ里、クラスメートみたいなもんでしょ」
クラスメートか。おれも思いついて、立ち上がった。
「よし! おれは決めたぞ。今、この里にいる全員、子供から、じいちゃん、ばあちゃんまで。今後おれは『クラスメート』と呼ぶ」
いつの間にか、3年F組の輪の外には人が集まっていた。その人たちから、どっと歓声が沸き起こる。ありゃ、そんなウケる事だったか。
カラササヤさんが、涙をこぼしながら前に出た。
「キング殿! 仲間と認めていただき、誠に感無量でございます!」
あっ、そうか。おれらが先にいたから、あとで来た森の民は間借りしてるような気分だったのか。これはいかんな。
「みんな、クラスメート。この里が自分の家な! 好きに使ってくれ!」
おおっ! と歓声と拍手が沸き起こる。
「クラメート!」
「クラメート!」
ちっこい双子、同時に間違ってる。もう一つ、前から気になっていた事があったので、それもついでに言ってみる。
「みんな『エルフの隠れ里』って呼ぶのやめないか?」
みんながうなずく。同じこと思ってたんだな。
「じゃあ、決定。たぶん思ってること同じだな。今日からここは『菩提樹の里』と呼ぼう」
おれがそう言った瞬間、菩提樹の樹に満開の白い花が咲いた。風に吹かれたように花吹雪も散る。精霊の幻影だ。
今日一番の大歓声が里に響きわたる。
ぬうっと精霊が出てきた。
「菩提樹、ぜったい出番狙ってただろ!」
「失礼な!」
ぜったい狙ってたわ。それより、なんだか気分が晴れ晴れした。
おっと、良いことを思いついたぜ。
「よっし! 今日は収穫祭にしようぜ。どかっと食って、どかっと飲んで」
また歓声が広がった。森の民はさっそく準備にと家に戻っていく。
調理班も調理場へと向かった。
おれの周りには戦闘班と頭脳班が残る。
「もう、これから冬で倹約しなきゃいけないのに……」
姫野がつぶやいた。ああ、そうか。勢いで宴会を決めちゃったわ。
「悪い姫野。ちょっと釘さしとくか?」
「やよ。ケチった祭りもつまんない」
姫野が笑った。機嫌が直ったようだ。
「まあ、物流がここを通るなら、薄く利益を乗せて小銭をかき集めれるし、どうにかなるわ」
おお、商魂たくましいとは、この事だ。
おれは残りの懸念を話した。
「みんなで戦えば、いずれ、ここが狙われるぞ」
「わかってる。それをかわすために、外で目を引きたいんでしょ?」
姫野が言った。ちぇ。そこまで読まれてるか。
ハビスゲアルは手短に政治の内情を説明した。頭脳班の三人以外はおどろいている。
「黒幕がわからぬとは。難儀だな」
「そうですね。王、一人ぐらいであれば、暗殺の芽も見えてきますが」
「そうよな」
師匠二人は、なにやら物騒な話をしている。
「姫野たちは、おどろかないんだな」
頭脳班三人は顔を合わせた。
「グローエンのおじいちゃんや、カラササヤさんを始め、森の民から情報は集めてたの」
そんな事してたのか。ちょっと反省。おれは長と呼ばれながら、体を鍛えてばかりだ。
「そうすると、国と教会の関係がかなり、いびつで。可能性として低いけど、真の黒幕みたいなのはいるかもねって話はしてた」
感心を通り越してあきれる。誰が呼んだか頭脳班。その名前はダテじゃない。
「その黒幕を倒す策はあるか?」
「……ある」
あるんかい! おれは信じられない、といった顔で周りを見ると、ハビじいやプリンス、ジャム師匠も同じ顔だった。
「すっごく回りくどい面倒な策もあれば、簡単な策も、ないことはない」
「簡単な策って何?」
「王都襲撃」
おれも戦闘班も息を飲む。キザな伯爵は口笛を吹いた。
「立ち直れないぐらい叩き潰すと、さすがに黒幕は出てくると思うわ」
なるほど。国が盗られそうになれば、出ざるをえないか。
「でも、王都の兵士は調べたところ約10万。さすがに机上の空論よね。ハビスゲアルさん」
ハビじい、笑うかと思いきや、真剣な顔で考えに沈んでいる。
「行けるやも、しれません」
「ブルータス、お前もか」
「はっ?」
「ごめん、一度言ってみたかっただけ。ハビじいまで、びっくり発言するから」
王都の元司教は顔を上げた。
「各自の持つ独特な力、そして原住民の方々。それがまとまるのであれば……」
ハビスゲアルは慎重に言葉を探しているようだ。
「王都の兵士は年に一度、長期休暇がございます。その時、王都に残る兵士は1万弱。警備は三交代です。つまり、実際の兵は3千ほど」
おれは聞きたいことがあったが、先に姫野に聞かれた。
「非番の者も、敵が攻めてきたら戦闘するでしょ。それに休暇といっても王都に残る兵士も大勢でしょうし」
そう、それだ。実際には2万、3万ぐらいの兵力ではないか? そう思ったがハビスゲアルは首を振った。
「ここの戦闘班の方と同じに考えてはいけませぬ。考えてみてくだされ。休みの日に収集がかかる。これに急いで馳せ参じると?」
……あっ、なるほど。おれらで言う学校、またはバイトか。休みに日に来いという。そうだな、何かに理由をつけて行かない、または、遅れて行くか。
いや、それよりひどいかも。なんせ戦いになれば命が危険なんだ。下の人間にとっては戦わないのが一番安全。
「……まったく芽がない、というわけでも、なさそうだな」
プリンスが呟いた。お前もそう思うか。
「ハビじい、それで、その長期休暇っていつ?」
ハビスゲアルは、みんなの顔を見つめた。おれらだけじゃない。ジャムさんやヴァゼル伯爵も。
「年に一度、王都で開かれる祭りの時期です」
「ハビじい、祭りって、まさか……」
ハビスゲアルはうなずいた。
「そう、召喚祭です」
因縁。その言葉が正しいか。その場にいた戦闘班と頭脳班の面々は、思わず唸らずにはいられなかった。





