25-2 有馬和樹 「軍師の怒り」
なんだろう、姫野は体調が悪いのか? とりあえず、みんなが集まったので話しをしよう。
「しばらく、おれは里を留守にしようと思う」
姫野の眉がピクッと動いた。やっぱり機嫌が悪い。
「一応、おれはここの長ってことなんだが、それはプリンスがやってもらえればいいかなと」
プリンスを見た。やつは無表情だ。
「留守って、どこ行くの?」
「ハピスゲアルさんと、街に潜伏しようかと」
「それで?」
「ええと……とりあえず疫病の免疫を広めとこうかなと」
それを聞いた姫野が、ため息をついた。えっ、これって、ため息つくところ?
「免疫については、もっと有効な手があるわ。じゃあ、そういうことで」
姫野が去ろうとしたので、あわてて呼び止める。
「おいおい、姫野」
姫野がくるりと振り返った。
「キング、おおかた、この国をぶっ潰そうと思ったんだろうけど、計算が甘すぎるわ」
ガーン!
もう「ガーン!」としか言いようがない。なんだ、なんで姫野はわかった? こいつはエスパーか? おれはポカンと開いた口が塞がらない。
「っていうか、ハビスゲアルさんも甘すぎる。あの人、今どこ?」
姫野の問いに、意外にもヴァゼル伯爵が答えた。
「キング殿の家です。私が呼んできましょう」
伯爵はそう言って飛び立った。
……ハビじい、これなんか、おれら怒られるパターンっぽい。
設備班の人間が気を利かしてテーブルとイスを持ってきてくれた。おれには机を。向かいの姫野にもイスとテーブルが出される。
小さなテーブルとイスで向かい合うと、バイトの面接か高校の進路相談みたいだ。
姫野は、つまんなそうにテーブルに肘をついた。面接で言えば、面接官がこういう態度を取る時は落ちる時だ。
「いや、姫野、どう考えても、この国にいる限り国とは衝突しそうなんだ」
「でしょうね」
「うん、うん、森の民もかわいそうだし」
「そうね」
「だからよ、おれが戦おうかなって」
「いんじゃない、戦えば」
おれはもう一度、開いた口が塞がらなかった。
「姫野、戦い、戦争だぞ。この里は巻き込めない」
ため息をついて首を振る姫野。なんだ、これじゃ、おれは母親に駄々こねてる子供みたいじゃないか。
「まったく逆。この里と、みんながいるから戦えるんでしょ」
「姫野! みんなは巻き込めない!」
「もう巻き込んどるちゅうの!」
姫野はバン! と机を叩いた。
「でもよ、姫野!」
「わからんやつだな」
姫野はイスに座ったまま、体をひねって後ろを向いた。
「よし、みんな、キングと戦う人、手を上げて」
……えっ? みんなが手を上げた。
「キングが一人で行くのに賛成な人、手を上げて」
今度は、みんなが手を下ろした。
まじか。なんか予想と違うほうに話が進む。
ハビスゲアルがヴァゼル伯爵に連れられてきた。
「キング殿、これは?」
「うん。ママンが、お怒りだ」
「ママン?」
おれの横にイスが追加された。ハビスゲアルが座る。
「ハビスゲアルさん」
「はっ」
「免疫を広めるとの事ですが、具体的には何を?」
「王都で国に不満を持つものを、こっそりと組織していこうと思います」
「それでは遅い。疫病は一ヶ月もすれば大流行するでしょう」
ハビじい、黙った。
「この里が取るべき作戦はこうです」
姫野は立ち上がり、空中に何かを伸ばした。そしてパチン! と指を鳴らすと、空中に巨大な表が現れた、すげー!
「冬に向けて、需要が伸びる品目の予想です」
表には様々な品物の名前が羅列してあった。衣類や寝具などのほかに、調味料などもある。
「この里を経由して、この品物を市場に出します。そこに無力化したウイルスをつけて」
そんな手があるのか。思いもつかなかった。
「これは、実際にネイティブアメリカンを征服する時に使われたと噂される手だ。物資を提供するように見えて、麻袋に天然痘をつけてわたした」
説明を付け足したのは、幻影スキルを持つ渡辺裕翔だ。あいつ、映画マニアなのは知ってたが、歴史も詳しいのか。
「問題は、流通にどう絡んでいけるか。ハビスゲアルさん、ツテはありませんか?」
「ラウルの街に商人がいます」
「それは、信用できる人で?」
「吾輩の息子です」
息子? みんながザワついた。
「ハビじい、息子いたのか!」
「隠し子に近いような形ですが……」
「むむ、妾? 不倫?」
「いえ、滅相もない。息子と公表すれば、教会に入れるしかなくなるからです」
そういう事か。ハビじい、ほんとに志のために生きてきたんだな。
「では、問題ないですね。数日以内に合わせて下さい」
ハビじいは力強くうなずいた。
「このように、里にいるからできる事が多いのです。キングも、ハビスゲアルさんも、里から出て一人で何かしようとするのは、計算が甘すぎます!」
ハビじいが、おれに小声で聞いた。
「姫野女史は何者ですか?」
「あれは、こっちで言うとこの商家の娘なんだ」
「なるほど」
バン! と姫野が机を叩いた。おれもハビじいも、背中をシャキンと伸ばす。
「だいたい、ハビスゲアルさんは、現在、いくらお持ちなんですか? 所持金です」
まずい。そこを聞かれた。ハビじいは、申し訳無さそうにローブのポケットから小袋を出す。
「それだけ?」
「はい、捕まれば異端審問にかけられますゆえ、着の身着のまま逃げ出しました。王都の財産はすでに教会に没収されているかと」
姫野があきれたように腕を組んだ。
「資金もなく組織作りなんて、よくもまあ……」
ハビじい、肩をすぼめて今にも消えそうだ。
「姫野、そんなに怒るなよ。怒るっつか、今日は、なんだかキレてるぞ」
くわっと姫野が、おれを睨んだ。ママ怖え。
「キレるっつの! ドクやゲスオはこれを予想したけど、わたしはないと思ってた」
「えーと、おれが出ていくこと?」
「そう! 民を置いていく王がどこにいるっつうの!」
おれは言い返せないから、頬をふくらました。姫野の言うことは、もっともだ。
「キング」
肩を叩かれた。誰かと思えばプリンスだ。
「まあ、あきらめろ。お前が考える以上に、頭脳班は作戦を練ったようだ。勝てるわけないだろ」
プリンスの言うことも、もっともだ。いや、でもね、一晩中ハビじいと計画練ったんだよ。今後のことをあれやこれや。
「プリンス、ひょっとして、こうなるの予想してた?」
「してたよ」
「言えよ!」
「まあ、盛り上がってるとこにケチつけるのもな」
にやっと笑う。くぅ。この里をプリンスに背負わせる、その事に悩んだおれの気遣いを返してくれ!





