24-7 姫野美姫 「わたしの決意」
「伯爵、おしえて下さい。主従の呪いは解けるのですか?」
ヴァゼル伯爵が目を細めた。やっぱり、こうやって月明かりの下で見ると、吸血鬼にそっくり。
透き通るような白い肌についた、赤い唇が動いた。
「任を解く、または去れ、言葉はどうでも良いが主人に放逐されれば呪いは消えます」
「えっ! そんな簡単なの?」
「はい。他言無用に願います」
あきれるほど簡単だ。そしてそのままにしている意味もわからない。
「それ、もう解いたほうがいいんじゃ……」
「いえいえ。あの男の申し訳無さそう顔は少し楽しいので」
ジャムパパが笑った。
「人の悪い大人よの」
「戦士よ、それで言えば、あなたはどこにも行かないので?」
トカゲの戦士は夜行族の言葉に考え込んだ。
「去ったほうが良い、と考えることはある」
いまさら去る? 言葉を挟もうとしたら、またジャムパパは話し始めた。
「だが、去れぬな。夢のような生活だ。俺自身が、ここの生活は捨てれぬ」
「ジャムパパの夢のような生活? ここが?」
わたしは里を見下ろした。
「ヒメノたちは違うかもしれぬ。だが俺のいた世界では戦ばかりでな。こんな豊かな生活を夢見ていた」
そうか。戦いの部族。そんな話をどこかで聞いた。
「これから里も人が増える。俺がいないほうが良いとも思えるが……」
「ジャムパパ、それは……」
わたしの言葉をジャムパパはうなずいて止めた。
「どこにも行かぬ。さきほどの話がそうだ。俺は皆に好かれた。28人の子供。もう、充分かもしれぬ」
わたしは身震いがした。
「ジャムパパ、言い方が不吉」
「そうか?」
「うん。もう言わないで」
本気で、お願いした。
「わかった」
ジャムパパはカップに酒を注ごうとしたが、空だった。
「しまった、さきほど吹き出したのが悔やまれるわ」
空き瓶を逆さにし、惜しそうに眺める。
「あのー、どちらかに、誰かいますか?」
下から聞こえた。ノロさんだ。
「これはノロ殿。いかがされました?」
「あ、伯爵。ジャムさん、姫野さんも?」
ノロさんに手を振る。
「今日はみんな、寝れないだろうと思って、お茶を配ってました。そしたら、どこかから声がすると思って」
樹の上の三人が目を合わせた。
「ノロ殿、少々、お待ちを」
伯爵が急降下していく。ノロさん気の毒。
「ひゃあ!」
案の定、下から悲鳴が聞こえた。あっという間にノロさんが樹の上の人だ。
ノロさんに紅茶を作ってもらい、満月を見ながら飲む。これすごい贅沢かも。
「たしかに」
ヴァゼル伯爵、わたしの心を読んだのかと思ったら違う話だった。
「ジャム殿が言うように、夢のような世界なのかも、しれませんね。以前に月夜でも見ながらノロ殿の茶が飲みたいと言いました」
伯爵は月にカップを掲げた。
「今宵、その夢は叶いました」
「うむ。これもまた夢のような、ひと時であるな」
ジャムパパもそう言って、カップの紅茶を美味しそうにすすった。
ノロさんだけが、話がわからずキョロキョロしている。
「秘密の暴き合いをしてまして。ノロ殿も何かあれば」
ヴァゼル伯爵、さすがにノロさんには、ないって。そう思ったらノロさん、真剣な顔になった。
「誰にも言わないで欲しいんですが……」
えっ! あるの?
「27人がキングを助けようとして、落ちた。みんなはそう思ってますが、実は違います」
いきなりの話でわからなかった。ジャムパパと伯爵も同じような顔をしている。
「助けようとしたのは26人まで。僕はびっくりしてただけ」
「ええっ? じゃあなんで」
「魔方陣が閉じそうだったんで、自分で飛び込んだんです」
すぐに返す言葉が見つからなかった。
「ノロさん、せっかく残れたのに……」
「姫野さん、でも、このクラスじゃないと僕は生きていけそうにないよ」
ヴァゼル伯爵は複雑な顔だ。わたしもそう。
「ヒメノ」
ふいにジャムパパに呼ばれて顔を上げた。
「あの約束は、もはや守れそうにない。俺にとって28人は、すべて代えがたい存在だ」
あの約束とは、最初のころに言った「守る順序」だ。わたしは返す言葉が見つからなかった。
学校に通っていた時から、女子の間では「このクラスは奇跡」という声は多かった。今はどうなんだろう。ジャムパパ、ヴァゼル伯爵、カラササヤさんだってそう。異世界に来て出会った人たちもまた、奇跡なのかもしれない。
今さらになって、自分の担っている役割の重さに心が震える。その震えを隠すかのように、わたしは満月を見上げ、ゆっくりと紅茶を飲んだ。
ヴァゼル伯爵に送ってもらって樹の上から下りた。その足で頭脳班の部屋へ向かう。
そうだ。誰一人欠けることがないように。そこを目指そう。わたしこそ、それを目指して頭を使わないといけない。
小屋の扉を開けると、薄暗いことにおどろいた。普段なら本を読む部屋なので、ライトは多くある。よく見ると、ライトのいくつかは布をかけて遮っていた。
「遅かったね」
薄暗い部屋にいたのは、ドクとゲスオだ。
「ようやく、軍師のお出ましか」
光の当たらないベッドの暗がりにいたのは、幻影のスキルを持つ渡辺裕翔くん。
なぜ渡辺くんが? わたしは尋ねるようにドクを見た。
「状況が急激に変わりつつあるよね。作戦会議が必要かと思って。その手伝いに二人を呼んでおいた」
二人? 聞こうと思ったらドアが開いて男子が一人、入ってきた。水差しを持っているので、水を汲みに出てたみたい。
「渡辺くんと駒沢くんは、僕の予想だと、こういう話に向いてると思う」
ドクの言葉に、ゲスオがうなずいた。
「渡辺殿は歴史造形が深く、駒沢殿は、きっすいのゲーマー。攻略法を見つける眼力は、ずば抜けておるでござるよ」
ゲスオがそう言って眼鏡を上げた。
「ふっ、そう言って、俺に勝つのがゲスオだけどな」
駒沢遊太も眼鏡を上げた。おう、なんだかゲスオと同じ人種の匂い。
「んじゃ、諸葛亮、よろしく」
渡辺裕翔は三国志の「孔明」ではなく「諸葛亮」と呼んだ。歴史好きはこういう言い方をする人が多い。
「今回に限っては、わたしは郭嘉でいたいわね」
「なるほど、負けた劉備じゃなく、勝った曹操の軍師ってわけか」
わたしは表計算のスキルを出した。壁一面になるように大きくする。実はわたしのスキルも進化していた。使用頻度で言えば、クラスで一番かもしれない。
「共有!」
指をパチン! と鳴らすと、表計算の画面が空中に浮かび上がった。前は自分しか見えなかったが、今では人に見せることができる。
「うわぁ、細かいや」
ドクくんが数字を見て言った。最初の画面は食料の計算で使う画面だ。
「して、姫野軍師、我らブレーンのやる事はいかに?」
ゲスオの言葉にうなずいた。表の何も書いてないページを開く。
「ありとあらゆる可能性の予測、そしてその対処を」
渡辺くんが後ろでつぶやいた。
「それはすごい数になるな。何百とか」
「何千、何万でもいい」
「何万……」
わたしは振り返り、四人を見つめた。
「クラス28人、それにジャムパパ、ヴァゼル伯爵、里のみんな。誰か一人でも欠けないように、知恵を尽くしたいの。わたしは、考えることしかできないから」
四人はしばらく空白の表を眺めていたが、ゆっくりとうなずいた。
「わかった。やろう」
「攻略はまかしとけ!」
「さすが姫野さん」
「我が力、見せようぞ」
若干一名の不安は置いておくが、わたしは軍師ではないなと思う。軍師のように一人でやるのは無理だ。でも、頭脳班は一人じゃない。
団結したらチートだぜ。
わたしは、いまだ見えぬこれからの敵に、そう胸を張りたい気持ちが沸き起こっていた。
ここまで読んでいただいた方に、お礼申し上げます。姫野の話が終わり、次から最後の章「有馬和樹」となります。ぜひとも、最後までお付き合いください!
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