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24-5 姫野美姫 「希望の灯火」


 しばらくすると、もう一つの脱出グループも戻ってきた。


(かがり)を焚きましょう」


 そう言ったのはカラササヤさんだった。


 里の大通りに、大きな篝火(かがりび)を作る。工作班の茂木くんたちがすぐに作った。


 茂木くんたちが作ったので、篝というよりキャンプファイヤーだ。


 それに火を点けて、カラササヤさんが言った意味がわかった。この里には沼田睦美ちゃんのスキルで灯す外灯はあるが、火を見ると気分が落ち着く。


 帰ってきた人たちも火を見ると、そこに向かってあるき出す。そして火に手をかざし、温もりを味わっていた。


 動くのが困難な怪我の人は、暖房小屋に入ってもらった。


 軽い怪我は広場で手当てをする。手当ては森の民の人が率先してやってくれた。やっぱり、こういう事に慣れている。


 調理場では調理班と婦人方がフル稼働だ。


 わたしは各所を回り、要望を聞いて回った。この物資が必要と言われれば、倉庫に取りに行く。容態が悪くなった人がいれば、回復スキルの花ちゃんを呼んだ。


 里の中は人が増えたが、話し声は聞こえない。


 たまに傷の痛みで呻く人の声が聞こえる。それが余計に沈黙を強くした。


 こういう時、キングがいないのが大きいのかもしれない。


 キングは自分では気づいていないが、ムードメーカーだ。


 かつて、わたしの両親が経営するスーパーの近くに大手の大型店ができたことがある。一ヶ月にわたり開店激安セールを行った。


 こっちのスーパーには人っ子一人、来なくなった。いくら農家直送の美味しいキュウリを仕入れても、1本1円でやられると負ける。


 資金繰りは急速に悪化し、パートのおばちゃんたちには辞めてもらうことになった。


「おれ、暇だし、手伝うよ」


 どこから聞きつけたか、キングが無料で手伝うと言う。正直、家族だけで回すのは限界だったので手伝ってもらった。


 レジや品出しは経験がいるので、店先の産直コーナーに立ってもらった。八百屋のようにワゴンを並べて野菜を売るコーナーだ。


「おばちゃん! 今日、めっちゃキュウリ旨いよ!」


 キング、通りを歩く主婦にガンガン声をかけちゃう。


「あー! そのピーマン、ちょっと古めな。半額にできないか店長に聞いてくるよ!」


 けっこう勝手にするので困ることもあったのだが、この「活気」というのは馬鹿にできない。


 おまけに、キングの姿を見たかつてのパートのおばちゃんたちが戻ってきた。


「私たちも手伝うから、姫野さん、がんばろう!」


 町内の主婦たちがボランティアで店を守った。その美談はTVに取り上げられ、店はV字回復した。


 TVでは救世主が主婦になっていたが、わたしと家族は知っている。救世主はキングだ。


 そう思うと、わたしはムードメーカーには絶対なれない。資質が違いすぎる。


 今、この里にプリンスか、ジャムさんでもヴァゼル伯爵でもいい。誰かいれば、もっと落ち着いているだろう。やっぱり、軍師は士気に影響を与える人がするべきだ。


 不安が少しでもまぎれるよう、火を大きくしよう。そう思って、キャンプファイヤーに追加の薪を持っていく時だった。里の中に歓声がわいた。みんなが里の入り口を見ている。


 キングたちだ! 思わず薪を放り出し、走り出しそうになった。


 里のみんなが駆けつけて、手を貸している。


 キングの脱出グループは療養中や病人の人が多かったけど、その人たちも無事のようだ。


 キングは笑顔だ。その笑顔につられて、駆け寄ったみんなも笑顔になる。ほんと、ムードメーカーよねぇ。


『ヒメ?』


 その時、急に遠藤ももちゃんから遠隔通話が入った。


「どうしたの?」

『ちょっと入り口の滝に行ってくれる? わたしも行くから』


 大通りを帰ってくるキングたちに人が集まる。それを避けて入り口に向かった。


 滝を出たところで、ももちゃんの用事がわかった。


 そこにいたのは、ハビスゲアルさんだった。頭に包帯を巻き、片方の腕も釣っていた。


「もも殿から、こちらの状況は聞いております。すべては、この愚老の失態」


 そういうことか。バレたのはウルパ村ではない。ハビスゲアルさんのほうか。


「キング殿に、お目通りをお願いいたします」


 横にいた遠藤ももちゃんが、わたしを見た。彼女の心配はわかる。この状況で、この人が里に入るべきなのか。それは大丈夫なのか。


 通信スキルの彼女がいるんだ。キングに連絡を取るか。そう思った時、もう一度、満身創痍の老人は言った。


「キング殿だけでなく、里の者すべてに身をさらす必要がありましょう。それは今を置いてほかはありませぬ」


 そこまで思い定めているのなら、わたしに言えることは何もなかった。


 ハビスゲアルさんを連れて里に入る。わたしたちを見た人の顔が一瞬にして変わった。


 それはそうだ。王都の教会に追いかけられ、殺されかけたのだ。ローブを着て剃髪しているハビスゲアルさんは、誰が見ても教会の人間だ。


 里のみんなが見つめる中、広場に向かう。広場では、キングが逃げ延びた人たちと握手をしたり、抱擁したりと喜びあっていた。


「キング」


 わたしの声にキングが振り向いた。ハビスゲアルを見て笑顔が消える。


「ハビじい、やっぱり、そっちが原因だったか……」


 キングは何を言おうか迷っているみたいだった。


 ハビスゲアルはキングの前に正座した。ローブが汚れるのも構わず。


 周囲の人が集まってきた。みんな殺気に満ちている。それはヴァゼル伯爵やプリンスでなくてもわかった。ハビスゲアルに向けられた目は憎悪の目だ。これはまずい!


 わたしは周りを見回した。どうする、何か手はないか!


 女子の一人に声をかけ、イスを二つ広場に持っていく。


 わたしはキングのほうに持っていった。


「姫野……」


 キングの目が「それは余計だろ」と言っている。


「まあ、座れば?」


 キングが座った。向かいのハビスゲアルさんもイスに座る。


「今回の奇病、もはや魔法ではなく別の方法を探すべきと提言したところでした。そこから気づかずに目をつけられていたようです」


 キングがプルプル震えている。


「今回、村を襲ったのはエケクルス聖騎士団。これはゼダ教の総本山、アルフレダ大聖堂に所属する者たちです」


 キングが口元を押さえた。


「……ぐふっ」


 ハビスゲアルが眉をしかめた。


「キング殿、お加減でも?」

「いや……なんでも……ぐふっ」


 ハビスゲアルは近くにいたプリンスを向いた。


「プリンス殿、キング殿はいったい……」


 プリンスは目を見開き、奥歯を噛み締めた。


「どうされたと言うのだ」


 ハビスゲアルが周囲を見る。まわりの人々も小刻みに体を震わせ始めた。


「ぎゃははははははは!」


 キングがたまらず笑い声を出した。


「笑い事ではございませんぞ! あのエケクルス聖騎士団が……」


 キングが笑い出したのをきっかけに、周囲のみんなもどっと笑った。笑いは笑いを生み、爆笑の渦が巻く。


「キング殿、聞いてくだされ、あのエケクルス騎士団が……」

「ムリムリムリ! 何も入ってこねえよ」


 わたしの隣にいる「むっちゃん」こと沼田睦美ちゃんと目を合わせた。二人でほっと胸をなでおろす。


「ヒメ、うまくいって良かったね」

「むっちゃん、部分別で光らせれるようになったんだ」

「うん。最近だけどね」


 沼田睦美の照明スキルによって、ハビスゲアルの頭は光っていた。剃毛したスキンヘッドが、それはまぶしい輝きを放っている。


 セレイナが笑いをこらえて手鏡を持ってきた。ハビスゲアルに手渡す。


「何を見ろと……吾輩を?」


 自分の姿を見てハビスゲアルは固まった。恐る恐る頭にさわる。


 ハビスゲアルの手は大きいようで、手を乗せるとフタのように光が止まる。


 パカッパカッと、点いたり消えたり、点いたり消えたり。


 それを見て、またも爆笑の渦が起こる。


「ハビじい……それやめて、苦しい……」


 キングは笑いすぎてイスからずり落ちていた。


「沼田、降参! このライト消して!」


 わたしと沼田睦美は、うなずきあった。沼田睦美がハビスゲアルに近づき、さっと触れる。光が止まった。


「ふぅ、ハビじい、やっぱ、すげえ力の持ち主だな」

「これは、吾輩の力では……」


 それからハビスゲアルさんは、改めて今日一日の出来事を話し始めた……。


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