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24-3 姫野美姫 「ウルパ村」


「おーい、ぼだいじゅー」


 キングが、中央広場にある太古の樹に呼びかけた。菩提樹の精霊がぬうっと出てくる。


「へい、お客さん、どちらまで?」

「はっ? なにその言い方」

「うむ。ゲスオ殿が、こういう言い方をすると皆が喜ぶと」


 思わずキングと見合った。ゲスオ仕込みか。


「……いや、とつぜん過ぎて腰ぬかすわ」

「むぅ、そうか。して、どこじゃ?」

「ウルパ村まで」

「心得た。入られよ」


 キングが菩提樹の幹に入った。わたしも入る。


 中は真っ暗。しばらくすると光る菩提樹さんが現れた。その左手にはキングが手を握っている。


 菩提樹さんの右手を握った。温かみはないが、冷たくもなく、そして柔らかい。これは菩提樹の中にいる時の幻覚の一種、それはわかっていても、精霊さんの手を握れるってなんだか嬉しい。


 ゆっくり落ちていき、ヒンヤリした川のような流れに入る。ここからが速い。超高速の「流れるプール」みたいだ。


 三十分ほど流され、気分が悪くなってきたころ、上に引っ張られた。


 ぬるっとした感触があり、とつぜん明るくなる。ウルパ村に着いた。


 ううっ、気分が悪い。ちょっと座って休憩。遠くの山でも見つめよう。


 連れてきてくれた菩提樹さんは、どこかに行った。精霊の考えることは、わかりにくいし気まぐれだ。


「大丈夫か?」

「うん。酔っただけ」

「おれ、荷物を探してくるわ」


 キングはそう言って走っていった。


「ヒメだー」

「ヒメー、クックーたもれ」


 わたしを見つけて声をかけてきたのは、五歳の双子姉妹フルレとイルレ。おそろいの民族衣装と黒髪のオカッパが可愛らしい。


 この村に最初に来たときから、仲良くなった子らだ。その時にあげた菩提樹クッキーがお気に入りで、わたしを見るたびにねだってくる。


「クックーじゃなくて、クッキーでしょ」


 ポケットから布に包んだ一枚を出す。きっと今日も言われるだろうと持ってきていた。


 フルレは受け取ると、ぱきっと二つに割った。半分にならず六対四といった割合。


 フルレが割れたクッキーを見つめる。大きいほうをイルレに渡した。


「すごいね、フルレは」


 わたしは思わずフルレの頭を撫でた。


 この世界で双子を生むというのは、かなり命がけだったのではと思う。


 双子の二人は五歳にしては小さい。未熟児で生まれたんじゃないか? とドクが言っていた。菩提樹クッキーは栄養価が高いというから、次は二枚持ってこよう。


「ヒメ、今日きれい」

「きれい、ヒメ」


 二人が顔を寄せてきたのでびっくり。お目々くりくりな二人に見つめられたら、萌えすぎて鼻血が出そうだ。


「ありがとう」


 そう言って二人の頭を撫でた。どうだキングよ、五歳児でも気づくんだぞ。


『ヒメ、緊急通信』


 遠藤ももちゃんの遠隔通話だ。声がひっ迫している。


「どうぞ、ももちゃん」

『そっちの村に行ける道を兵士が行進してる。かなり数が多い』


 見回りに出ている戦闘班からだ。最近は何があるかわからないので、広範囲にわたり見回りを頼んでいた。用心しといて良かった。


 しかし行進? 馬車ではなく?


『兵士は槍に甲冑のフル装備。旗が特徴的で一つの大きな目』

「目? 目の旗を掲げた兵士なの?」


 わたしの言葉を聞いて、双子の姉妹が木の枝でチャンバラを始めた。


「大きな一つ目の旗って知ってる?」


 二人に聞いてみた。


「知ってる」

「知ってる。せいきし」


 せいきしって……聖騎士? 聖騎士とは教会に属する騎士団だ。


「ももちゃん、数はわかる? おおよそでいい」

『待って。ヴァゼル師匠が帰ってきた……だいたい百だって』

「百?」

『百よ』


 聞き間違えかと思った。


『師匠から伝言。戦闘班は全員撤収でいいかと』


 百人の聖騎士団って……どこかで演習? こんな小さな村に用事はないはず。いや、それは都合のいい解釈だ。


 騎士団の狙いはここ。理由は教会でない者が正体不明の病を治すから。そうに違いない。


 こんな山奥の小さな村、帝国は気づかいないだろう。その考えは甘かったのか。


 わたしは、いつのまにか立ちがっていた。


『ヒメ、聞いてる?』


 遠藤ももちゃんの声で我に帰った。


「ごめん、何だっけ?」

『戦闘班は撤収でいいかって』

「あっ! うん。隠れ里に全員帰って。その前にキングに同じことを。里には警告も伝えて」

『キングに入電、里に警告、そして撤収ね。了解!』


 それから聖騎士団の正確な位置を聞き、通話を切った。


 まだ距離はある。徒歩なので、ここまで来るのに一時間はかかるはずだ。


 キングはすぐに来るだろう。あとは村の免疫所にドクがいる。カラササヤさんとゴカパナ村長もだ。


 ここが免疫所になったので人が増える。ゴカパナ村長には、まとめ役として村に帰ってもらった。


 あとはカラササヤさんを含め、五人のティワカナ族に警備を担当してもらっている。


 キング、村長、カラササヤさんに率いてもらって、村人を三つに分けて逃がすか。ドクは菩提樹シューターで里に帰す。


「ヒメ?」

「ヒメ?」


 双子の姉妹が察したのか、不安な顔でわたしを見上げていた。


「大丈夫。お姉ちゃんの家に遊びに行こうか」

「ヒメの家!」

「ヒメの家!」

「お母さんと一緒にね、行こう」


 二人と手をつなぐ。うしろの草むらからバサバサっとキングが出てきた。


「姫野、聞いたか?」

「うん。聞いた」

「こっちに来ると思うか?」

「来ると思う」


 キング、一直線に走ってきたんだろう。ひっつき虫みたいな植物の種が、服にいっぱいついている。


「やっぱり、あれか、免疫所は止められてしまうか」

「もう一段、高いと思う」

「もう一段?」


 キングが不思議そうな顔をする。自分の予想を説明した。


「今回は派遣されたのが聖騎士団で、整然とした行軍から入っている。これ、異教徒を殲滅する時のパターンだと思うの」


 この世界では宗教の重みが違うと、わかっていた。わかってはいたが、まさか、ここまで極端だとは思わなかった。


 双子の姉妹が手をぎゅっとしたので、はっと気づいた。キングが無表情だ。


「姫野、この村全員を避難させる指揮を取ってくれ。カラササヤさんもいるから、山に逃げればなんとかなるだろう」


 キングは道の向こうを見据えた。それは聖騎士団が来る方向だ。


「キングは?」

「おれは、そいつらを足止めしとくわ」

「百よ! 聞いてた?」

「ああ、まあ、危なくなったら逃げるわ」


 これは、やばい。こういう無表情のキングを一度だけ見たことがある。


 ノロさんが上級生にリンチされた時だ。


 もう忘れもしない、一時間目の英語の授業。ノロさんが休みだなと思ったら、スマホを見ていたキングがすくっと立った。


「ちょっと、行ってくるわ」


 そう言った時の表情が今と同じ。わたしにオーラが見えたら、きっと青いオーラが見えるだろう。熱い炎は温度が上がりすぎると青くなる。


 あの時はプリンス、コウ、ゲンタが三人がかりで止めた。三人だ。


「殺されるかと思った」


 ゲンタは後に、そう言った。あの巨体を引きずって廊下まで出るのだから、怒りのパワーってすごい。


 キングが歩き出した。どうやって止める?


「キング」


 呼んでみたが耳に入ってない。わたしは双子の手を振りほどき、落ちている石を拾った。


「キング!」


 叫んで投げた。ひょいっとかわす。だろうと思ったから投げると同時に駆け出す。


「おい、姫野、石投げたら危ねえ……」

「ハイヤー!」


 振り返るキング。ごつっ! とヒット。ええっ、嘘でしょ!


「ご、ごめん! 当たると思ってなかった」

「キングたおれた」

「キングたおれた」


 思っきり跳ね上げた回し蹴りは、キングの首に入り、その勢いでバタンで倒れた。


 あわててキングをのぞきこむ。


「だ、だいじょうぶ?」


 キングは目をぱちくりさせている。


「姫野、お前……」

「ごめんって! 当たると思ってなかった」

「ステテコ履いてたのか」

「ステテコ?」


 意味がわからなかった。


「親父が履いてたのと一緒だ。まあ、個人の自由なんでいいけどよ。でも……」


 やっと意味がわかった。顔が赤くなるのを感じる。


「違う! これはこっちの下着、ドロワースよ!」

「ああ、なんだ。この世界のか。姫野ってステテコ履いてたのかと思って」

「履いてないわよ!」


 キングはむくっと起き上がって、一人で笑った。


「学校でセーラー服の下はこれだったのかと思うと、やべえやつだなって、パニくったわ」

「履いてない!」


 もう死にたいほど恥ずかしいが、キングの炎は消えた気がする。


「キング」

「なんだ?」

「一人でも多く逃さないと」

「……そうだな」

「三つに分けた組みの一つを連れて、逃げて欲しい」


 キングの元に双子が歩み寄った。


「だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ?」


 キングが二人の頭を撫でる。


「お前ら、双子ってほんと、ハモるのな。大丈夫。今から急いで逃げるぞー!」


 きゃっきゃと双子を追いかけながら、キングが村へと走った。


「ちょっと! わたしを置いていかないでよ!」


 わたしはあわてて立ち上がり、キングのあとを追った。

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