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24-2 姫野美姫 「リップクリーム」


 四人で帰っていると、耳に遠藤ももちゃんの声が入った。彼女の遠隔通話スキルだ。


『ヒメ、今いい?』

「いいよ」

『ハビスゲアルさんと定期通信した』


 誘拐犯ハビスゲアル。わたしたちを召喚した者だけど、言ったら誘拐だ。


 その誘拐犯と仲良くなってしまったキング。こっちの気分は複雑なんだけど、プリンスまで気にしてないようだし。


 むしゃくしゃするから、いつか、あの頭をスリッパで叩いてみよう。スリッパ、異世界にないけどね。


 ハビスゲアルとは数日に一度、ももちゃんに連絡してもらうようにしていた。


「ハビスゲアルさん、何って?」

『今日、またウルパ村の近くに食料置いておくってさ』

「オッケー。わたしが確認しに行くわ」


 前回もらった食料は、そろそろ底をつくはずだ。備蓄庫を確認しておきたい。


「ももちゃん、菩提樹クッキー、まだない? わたしは自分のを全部食べちゃってて」

『あー、あたしも食べた。持ってそうな人に聞いておくね』

「うん、ありがと」


 通話が切れた。


「遠藤なんて?」


 キングが聞いてきた。


「ハビスゲアルさんが、ウルパ村のほうに食料持ってきてくれるって」

「ハビじい、やるな!」


 やるな、っていうか本当に助かる。


 ウルパ村のほうに、免疫所を作った。その噂は拡がり森の民がわんさか来る。そしてそれと同時に、病にかかった人も治療を求めてくる。


 村の離れに療養所を作り、三日に一度は友松あやちゃんと、花森千香ちゃんが治療のために出向いた。


 こっちの里とウルパ村とで、備蓄の食料は湯水の如く減る。


 以前なら、わたしたちのいる隠れ里は作物が豊富にできるので、たまに街に売っていた。今ではそれもできない。


 盗賊から奪った財宝は残っているが、使いたくない。わたし的に、あれは「非常時用」なのだ。


 お金と言えば……


「ハビスゲアルさんは、ぽんぽん食料くれるけど金持ちなのかな?」

「ハビじい、どうだろな。金持ちそうには見えないよな。思った通り変わりもんだしな」

「思った通り?」


 キングの言葉がわからなかったので、聞き返す。


「ほら、最初に入ってきた時、聖職者の格好してるクセに聖職者のオーラがなかった。じゃあ、権力者か?っていうと、金目の物も身につけてないしな」

「最初? それって、召喚された時?」

「ああ。石造りの部屋でスキルもらった時」


 そんな最初! やっぱりキングって人と違う。あの時に相手を見る余裕なんてない。


「わたし、逃げることしか頭になかった。すごいな……」


 うしろで「くくっ」と、あやちゃんが笑った。


「あそこで逃げようって思うヒメもたいがいよ。うちなんかもう、ギャー!で終わり」


 うん。まあ、それは仕方ない。わたしも「ギャー!」に近いし。


「ミナミちゃんは?」

「あたしは、どうだったかなー。なんで姫路城に着ちゃったんだろって、おどろいてた!」


 姫路城? 頭の中にハテナが浮かんだ。キングとあやちゃんも同じ顔だ。


「……それは置いといて、姫野、ウルパ村に行くなら、おれが警護で行くわ。今日は何もないから」

「うん。じゃあヨロ」

「ういっす」


 うん? うしろの二人が見合った気がしたけど、気のせい?


 とりあえず、わたしたちは里に帰り、遅い朝食を取ることにした。



 朝食を取って家に帰ると、下から呼ぶ声がする。


 窓からのぞくと、意外な四人だ。さきほどの門馬みな実、友松あや。それにセレイナと黒宮和夏ちゃん。


「ヒメ、上がっていい?」


 あやちゃんが聞いてくる。もちろん問題ない。


 上がってそうそうに、ミナミちゃんが口を開いた。


「うわー、ヒメちゃんの部屋って何もない」


 たしかに。いつも頭脳班の研究室にいるから、ここには寝に帰るだけだ。


「クシもないのね!」

「大丈夫。アタシが持ってきてるから。ヒメ、クシぐらい買いなさいよ」


 女子から要望があれば、街からクシなどは買ってくる。ただ、自分がとなると倹約したくなるのだ。


「っていうか、なに?四人とも」

「聞いたわ。今日のデート」


 わたしの両肩をセレイナがつかんだ。いや、デートってなによ? うしろで、友松あやちゃんが勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


「ええっ! キングのこと? ウルパ村に行くだけよ」

「細かいことはいいの。ルミちゃんがいれば良かったんだけど、忙しいみたいで。でもアタシも撮影の時は自分で全部するから。大丈夫!」


 ルミちゃんとは、美容師を目指す関根瑠美子ちゃん。ルミちゃんが切ったセレイナのショートカットは、今日も綺麗だ。


 セレイナが小さな麻袋から霧吹きとクシを出した。


 黒宮和夏ちゃんは、くるんだ布から鉄の棒を出す。半円の棒が二本。包丁のような木の取っ手がついている。


「和夏ちゃん、それって」

「そう、ヘアアイロン。二本で挟むの。工作班に作ってもらった」


 工作班、ちょいちょい変なもん作るわね。馬車のサイレンとか。大工の茂木くんっていうより、プラモオタクの作田くん、ゲームオタクの駒沢くんあたりか、作りそうなのは。


「黒くまくん!」


 和夏ちゃんがスキル名を叫ぶと、二本の棒からファー! と温かい風が出てきた。


「はい、じゃあブラッシングするから」


 セレイナがうしろに回った。


「セレイナ! 大げさだって」

「どの口が言うか! この前のアタシの復讐じゃ」


 あれは、セレイナが紛らわしいでしょうよ! そう言いたくて振り返ると、和夏ちゃんに首を戻された。


「ヒメっち、動かないで!」

「あたしのスキルかけようか?」

「ミナミちゃん、わたし犬じゃないから!」


 そんなこんなで、わたしの髪の主導権は人の手にわたる。


 しばらく格闘していたセレイナが、ヘアアイロンを置いて両手を上げた。


「できた! アタシは外巻きが好きなんだけど、ヒメはやっぱり内ね」

「うんうん、さりげない内ハネがヒメっぽい」


 そこからさらに、服の話になった。わたしのベッド下に置いてある籠から四人が漁る。


 四人が選んだのは、召喚された時に履いていたスカート、こっちで買ったブラウス。そこにウルパ村の人にもらった民族柄の上着だ。


 わたしの部屋には鏡がないので、自分で見えない。もうどうにでもなれ。


「よし、仕上げね」


 友松あやちゃんが、立ち上がった。


「ケルファー!」


 あやちゃんの掃除スキル。身体がすっきりした。


「よし、これで何があっても大丈夫!」


 いや、何もないから!


 黒宮和夏ちゃんが、ぎゅっと握った拳を出してくる。思わず、手で受け皿を作った。


「まだ未使用だから、使って」

「未使用?」


 ころん、とわたしの手のひらに置いたのは小さなリップだった。色はピンク。


「うわ、あんた、よく持ってたわね!」


 驚愕の声を上げたのはミナミちゃん。


「へへ。ポケットに入れたままコッチ来たから」


 わたしは顔から血の気が引いた。この世界に一つしかないリップ。そして二度と手に入らないリップ。


「ムリムリムリ! 使えないって!」

「いいの、ヒメっちに使って欲しい」


 なんだろう、ぐっと込み上げてくるものがあった。わたし、泣いちゃいそうだ。


「じゃあ、和夏ちゃん先に使って。それから、わたしがつけて行く」

「うん。絶対よ」


 和夏ちゃんがリップのパッケージを取って、唇に塗った。わたしに差し出す。


 わたしも唇に軽く塗った。


「みんなも、良かったら」

「ええっ! いいの?」

「うん。うちとヒメっちが使った後だけど」

「ぜんぜん平気!」


 と三人は口を揃え、リップを塗った。


「この、甘い香りがいいね」

「ヒメっち、わかるー!」


 五人でしばし、久しぶりの香りと感触にひたった。


 四人と別れて菩提樹のところに行く。


 ウルパ村までは菩提樹の道を使うからだ。


 菩提樹さん、ついに潜水スキルに似た能力を持った。タクくんこと山田卓司くんの堆肥を取り込んだから。


 精霊さんさえいれば、地脈の近道を使える。ただし、一緒に行けるのは二人まで。それ以上の人数で移動すると、精霊さんが見失ってしまうらしい。


「菩提樹ワープ」


 と誰かは言ったんだが、ドクくんに注意された。


「空間は飛んでないから、ワープはおかしいよ」


 とのこと。最終的に決まった呼び名が「菩提樹シューター」だった。


「よし行くか」


 キングが来た。わたしの格好を見る。


「さすがだな。それ、ウルパ村の衣装だろ」


 うん。この野暮天だと気づかないだろうな。みんな、こんなもんだよ、うちの大将は。


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