3-2 ジャムザウール 「王都脱出」
今話登場人物(呼び名)
ジャムザウール
有馬和樹(アリマ)
飯塚清士郎(イイズカ)
姫野美姫(ヒメノ)
蛭川日出男(ヒデオ)
幻影で姿を隠してきたが、このまま門はくぐれないようだ。
俺は隣りにいたアリマに声をかけた。
「門衛は、ふたりしかおらぬ。矢で射ろう」
「それは……いや、そうしよう。そうしてください」
アリマがなぜか躊躇した。俺は背中から弓を外す。
もう少し近づいてもらった。矢をつがえて引き絞る。声を上げさせずに仕留めるには、首を狙う。
放った。矢が首を貫く。
おなごのひとりが「ヒッ」と叫びそうになり口を押さえた。それには気を取られず、速やかにもう一本を引いて放つ。
もうひとりの首も貫き、見張り台から向こうへ落ちた。
門をくぐる。外に人影はない。
「あの森に入ろう!」
アリマが言った。幻影術は解かれ、皆が走り出す。
この種族は走りが遅い。本気で走るとすぐに追い抜きそうだ。速度を緩め、殿を走る。
気づけば、もうひとりの気になった強者が最後尾にいた。ほう、アリマは先頭を走っている。それを見て何も言わずとも、この者は後ろに入ったのか。
理解しにくい集団だ。戦いに不慣れなように見えるが、統率は取れている。
森に入った。
ほとんどの物が息を切らしている。平気なのはアリマ、もうひとりの強者、あと数名か。これでは集団としての戦いは無理だろう。
「歩こう。少しでも離れたほうがいい」
アリマの言葉に、息を切らした皆が立ち上がった。
森のかなり深くまで歩く。そこで小休止となった。ほとんどの者が、へたり込んで休憩を取っている。
アリマが近づいてきた。
「ジャムザウールさん、これからどうします?」
……俺か。どこかに逃げ延びて、帰る方法を探さねばなるまい。
「一緒に行きませんか?」
やはり人懐っこい笑顔だ。だが、種族が違う。
「あまり良い案には思えぬ。その方らとは見た目も違う。後々、面倒になるだけだろう」
俺の言葉にアリマは考え込んだ。
助けてもらった礼を言って去ろう。そう思ったが、なぜかアリマが一歩間を詰めた。
「すいません、試してみていいですか」
そう言って、さらに一歩進み、俺を見つめる。何を試すのだ?
「しょうじき、ジャムザウールさんの外見って、おれらの世界だとリザートマンっていう怪物なんです。なので怖いです」
それは、ほんとうに正直だな。笑おうとしたら、なんとアリマが抱きついてきた。
「ようし! 大丈夫だ!」
アリマは腕を解き、俺の両肩を掴んだ。
「やっぱり、海に入るのと同じですね。入るときは寒い。入ってしまえば楽」
意味がわからぬ。
「なんつう例えだよ」
もうひとりの強者が俺の前に立った。
「飯塚清士郎と申します。ジャムザウール殿」
手を差し出された。握り返す。
「イイズカ殿、そなた剣士か?」
イイズカが両手を上げた。
「なんでわかりました?」
「俺の剣の鞘を見た。それは剣の長さ、間合いを計ったであろう。それに右足のつま先は正面なのに左足は横を向いている。剣士に多い足さばきだ」
イイズカはアリマを振り返った。
「和樹、この人、やばいぜ」
「ああ、すごい人だ」
「戦士殿ー!」
うしろから抱きつかれた。いつのまに?
「ヒデオと申しまする! お見知りおきを! ああ! ファンタジーの世界と初遭遇でござる。おふぅ、リザードマンの皮膚ってやっぱり冷たい」
この若者も言っている意味がわからぬ。だが、こうも違う種族に抱きつかれたのは、我が人生で初ではないか?
「やめい!」
ヒメノと呼ばれる女帝が、ヒデオの頭に手刀を打ち込んだ。そして、俺の前で一礼する。
「ヒメノミキと言います。可能であれば、私もハグしていいですか?」
おなごであれば、余計に怖くはないのか? この娘は変わり者だろうか? そう思ったが、抱きしめた時に手の震えがわかった。たいした娘だ。それから男性とは違い、良い匂いがする。
「ほんとね。こうしてみると問題ないわね。みんなハグは後にしてよ。時間かかっちゃう」
「いや、俺は……」
「あら?」
ヒメノという娘は振り返った。
「一番強そうな大人が、子供を置いて、どこかに行きませんよね?」
子供というには少し大きいが、たしかに皆、大人ではない。女帝、痛いところを突く。
「わかった。共に行こう」
「良かった! でもジャムザウールさんって名前長いのよね。略していい? ジャムさん?」
「あっ」と娘が閃いたように顔を上げた。
「ジャムおじさん!!」
若者全員が同時に声をあげ、けたけたと笑った。これは何か、この種族にしかわからぬ符牒でもあるのだろうか?
さて、とりあえず野営地を探さねばなるまい。
ここは異世界だ。かなり警戒したほうが良いだろう。何があるかわからぬ。それに自分たちのいる場所も方角さえも知らぬ。はぐれると二度と会えぬやもしれん。
俺は若者たちを数えようとしてやめた。ふざけあって動いたりするので数えられない。この異世界で生き残れるのだろうか?
反射的にいらつき、そんな自分に笑えた。
おかしなものだ。俺は数刻前まで、いかに散るかを考えていたというのに。
「足手まといにならなきゃいいですが……」
アリマが声をかけてきた。俺が皆を見て冷笑したので勘違いしたようだ。
「そうではない。それに、そういうのは一人か二人が言うことだ」
アリマは振り返り、休んでいる仲間たちを眺めた。
「多すぎますか」
「多すぎるな。何人いる?」
「28人です」
28、俺を入れて29人か。
「ジャムさん、子供は?」
「おらぬ」
「家族は?」
「おらぬ」
「ずっと?」
「ずっとだ」
アリマは手を広げ、胸を張った。
「じゃあ、どうです? よりどりみどり」
「……多すぎるな」
「そうですか? みんな優秀ですよ」
「ほう」
「ええ。なんせ、おむつは自分で替えれる」
おれは思わず噴き出した。この若者は面白いことを言う。
「そろそろ行こう」
おれはアリマに言った。
通常なら、戦えぬ者など足手まといだ。だが、助けられたのも事実。
もうしばらく若者らに付き合ってみよう。おれはそう決めて腰を上げ、アリマの肩をたたいた。