表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/101

23-4 飯塚清士郎 「召喚した化物」


 ヴァゼル伯爵は、みんなに聞こえるように声を一段上げた。


「ポンティアナック。我らの世界では稀代の悪女と言われております」


伯爵ほど腕のたつ人が「やべえ」と言うからどんな者かと思ったが、意外に女性なのか。


「巨大な闇の魔法と獰猛な爪。好きな食べ物は若い男の精巣。引きちぎって食べるのが好みです」


 それを聞いて、男子の一部が思わず股を押さえた。それはやべえ。


「ですのでキング殿、かかわらぬほうが……」

「かかわらぬとも、来るかもしれん」


 ハビスゲアルの言葉に、ヴァゼル伯爵がゆっくり振り返って睨んだ。


「来る、とはどういう事ですかな」

「ここは魔力が強い。そして、若い男性が多く暮らしております。その危険をお伝えしたく、お邪魔した次第です」


 たしか、サラマンダーもそうだった。魔力の強い土地に惹かれてきた。おまけに夜行族だ。同じく空を飛んでくる。


「ハビじい」

「……はっ、キング殿、この愚老のことですかな」

「うん。二つ、わからないことがある。なぜおれらに教える? そして、この場所に目処をつけながら、なぜ、お前は攻めてこない」


 ハビスゲアルは今一度、居住まいを正した。


「お答えいたします。一つ目は、ポンティアナックを放置すれば犠牲者が増える一方。しかし、倒せそうな者は教会におりません」

「おれらを退治に利用しようと?」

「正直に申し上げますと、そうです。しかしここも予想以上に人がおりました。危険であることも事実」


 ハビスゲアルは周りを見回した。森の民が増えたので人数はすでに百を超える。


「二つ目、攻めなかったのは、ここの中がわからぬからです。わからぬ土地を攻めて兵を死なすのは愚行の極みでありましょう」

「なるほどな。じゃあ、これで里の中はわかった。攻めてみるか?」


 周りに緊張が走った。


「はて、何も見ておらず、何も知りませぬ」

「へぇ。見逃すと?」

「それよりも、何やら森の民から奇病を治す方法があるとの噂です」


 キングとハビスゲアルが互いを見合った。キングが思わず笑う。


「ああ、そんな噂を聞くねー」

「それが本当であれば、森の民が我が国の命運を握っていると言えます」

「プレッシャーかけんなよ」


 キングは嫌そうに腕を組んだ。


「愚老が心配するに、物資などはどうしているのかと」

「ああ、それねー、大変みたいだよー。病人がわんさか増えたから」

「ならば、物資を積んだ馬車を森に放置してみましょうか」

「いいねー、森の精霊が喜ぶよ」

「うむ。それでは」


 ハビスゲアルが腰を浮かしかけた所で、キングが声をかけた。


「ハビじい、お茶残ってる」

「これは失礼致しました」


 座り直し、ささっと茶を飲んでいこうとしたが、目を見開く。


「これは……美味しゅうございますな」

「でしょう。どうです? もうすぐパンが焼き上がる。煮詰めたイチジクもあったよな、喜多?」


 調理班のリーダー、喜多絵麻が微笑んだ。


「イチジクとリンゴバターがあります」


 ハビスゲアルはツルツルの頭をなでた。


「これは困った。イチジクの煮詰めは大の好物でして」

「じゃあ、決まり。みんな、朝メシにしようぜ」


 キングが立ち上がった。みんなも朝食の準備に散る。


 朝食は頭脳班の研究室で食べることにした。


 部屋にはキングと俺、姫野、ヴァゼル伯爵にジャムさん。そしてハビスゲアルだ。


 ハビスゲアルは、イスに座り、壁の本棚を眺めている。


「よくぞ、これほど揃えたものです」

「ああ、ほとんどドクのだけどな」

「一度、そのドク殿と話をさせてもらえませぬか?」


 キングが俺を見た。ドクの病気のことだろう。


「ドクもゲスオも、完治するには、もう少しかかると思う」


 キングがうなずいた。


「それで、どうする? その性悪女を」


 俺はキングにたずねた。キングが腕を組み考える。


「急に来られるより、迎え撃ったほうがいいと思う。プリンスは?」

「俺も同感だ。姫野は?」

「そうね、わたしもそう思うわ」


 俺は異世界人の二人を見た。


「お二人のご意見は?」


 ジャムさんがうなずく。


「ここを戦場とするのか? そこが考えどこだな」

「でも、ジャム師匠、へたに外で戦ってこっちに来たら」

「そうだな。それもある」


 ジャムさんとキングの心配はもっともだ。俺はその中間となる案を提案した。


「里のものは山に非難。中央で戦闘班が迎え撃つ」

「そうだな。そんなとこだろうな」


 俺はヴァゼル伯爵のほうを向いた。


「伯爵は同族だ。戦うので?」

「すべての男の敵ですよ。あの醜女は。幸い魔術を使えるものが二人。戦士が三人。なんとかなるでしょう」


 戦士が三人とは、俺とキングとジャムさんだろう。魔術が二人? みんながハビスゲアルを見た。


「伯爵、ハビじいって、強いの?」

「かなりの使い手かと。流れる魔力はかなりの物です」

「まじか、おれと戦った時、なんで使わなかったんだ?」


 ハビスゲアルは目をしばたたかせた。


「それは、そちらに魔法が効かないからです」

「うわっ、ハビじい、早合点したな。魔法解けるのって、友松の掃除スキルだけだぞ」

「なんと!」

「っつうか、スキル与えたの自分だろ!覚えてねえのかよ」

「28人も覚えておれるか! いや失礼しました。覚えておりませぬ」


 俺は思わず笑いが込み上げた。


「ん? プリンス?」

「キング、お前は、ほんとうにキングだな」

「なんだそれ」

「そう思いませんか? 伯爵」

「わかりますよ。さらりと今、敵に手の内を晒しました。しかし、予想するにハビスゲアル殿は、これで逆に魔術が使いずらくなってしまった」


 ハビスゲアルとキングが眉をひそめた。それぞれ考えた事は違うと思うが。


「キング殿は豪放磊落。まあ馬鹿とも言えますが」

「伯爵、馬鹿とはひどい」


 キングの言葉を無視して、ヴァゼル伯爵は俺の方を向いた。


「次に召喚されるなら、ぜひとも我が夜行族の世界へ。もちろんプリンスとヒメノ両名も」

「この三人か。我が軍にも欲しかったな」


 ジャムさんまで、しみじみ言った。


「伯爵、忘れてる。俺らが行くとゲスオも行く」

「むむ!ドク殿なら大歓迎ですが、ゲスオ殿ときましたか……」


 あまりに真剣に悩むので、ハビスゲアル以外の全員が笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ