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22-2 カラササヤ 「ヨルムンガンド」

 キングと対峙する魔術師が、不敵に笑った。


「そうはいかぬ。そちらの都合など、どうでも良いわ」

「んじゃさ、明日来るから、待っててくんない?」

「うむ。明日も天気は晴れそうじゃしの。とでも言うか、たわけ!」


 灰色の魔術師が、部下の兵士に何か命じた。兵士二人は、荷台に載せた大きな檻の鍵を外す。


 ぎぃ、と檻の扉がゆっくり開いた。


「出でよ、ヨルムンガンド!」


 檻からゆっくりと出てきたのは、大蛇だ。ねじれた角を持っている。これは、噂に聞く毒大蛇?


 毒大蛇が口を開くと、よだれが落ちた。荷台の床から煙が上がる。あれは毒でなく、物を溶かす酸なのか!


「これがヨルムンガンドよ。巨人アングルボザの足に噛み付いた蛇から生まれたと言われる大蛇。ひとたび噛まれれば……」


 キングが弾けたように飛び出した!


 素早く毒大蛇に詰めよると、荷台の上で口をあけるそれを下からかち上げた。蛇の頭が吹き飛び、破片が飛びちる。


「今日は帰れ。まじ急いでんだ」


 呆然と立つ魔術師を尻目に、キングは荷台に上がった。


 俺は急いで馬車を動かす。


「キング、それ!」


 トモマツの声に振り向くと、キングの肩から煙が出ていた。あの蛇の唾液か!


「ケルファー!」


 トモマツの能力で唾液は消えた。


 しかし、キング。これほどの強さだったのか!


 あの里で、俺は二番目だと思っていた。これでは間違いなく三番目だ。


「なかなか、派手に倒されましたな」


 とつぜんの声に、ぎょっと振り返る。


 翼の生えた男が荷台に乗っていた。いつのまに?


「伯爵、見てたのか。人が悪いな」

「危なくなれば出ようと思いましたが、まあ、キング殿ですから」


 あれは里の戦闘班で、斥候を担っていた者。名はたしか、ヴァゼルゲビナードと言ったか。


「すぐ先に、兵士を乗せた馬車がおります」

「あっちのほうが早いのか。カラササヤさん、急いで!」


 俺はうなずき手綱を叩いた。


 馬を走らせると、先行する馬車が見えてきた。大きな馬車だ。大きいぶん、速度は遅い。


 距離が縮まってくると、馬車が止まった。追いかけるこちらに気づいたのだろう。


「伯爵、時間をかけたくない。一気にいけるか?」

「おまかせを」


 翼男はそう言うと、荷台からひょいと降りた。林の中に入り、姿が見えなくなる。今、この速度の馬車から降りたぞ!


 大きな馬車のうしろにまで行き、こちらも止まった。向こうの兵士は荷台に七人。前に三人。こちらを不思議そうな目で見ている。


 羽ばたく音がする、と思ったら相手の上に翼男がいた。


 羽をたたみ、すとんと馬車の真ん中に下りる。手にした小刀で二回突いた。その二回で兵士二人の首が刺される。


「なんだこいつ!」


 翼男の肩を兵士がつかんだ。その手を撫でるように切り、振り向きざまに首を斬る。


「この!」


 うしろから羽交い締めしようと腕を回された。その片方を肘で押し上げる。空いた脇に小刀を刺した。相手は甲冑を着ているが、ことごとくその隙間を狙って刺している。


 立ち上がった二人には肩からぶつかり、一緒に倒れた。倒れた拍子に足首をつかみ、足の健を切った。


 腱を切られた兵士がのたうつ。その首に翼男は小刀を下ろした。


 残った兵士は、叫び声を上げて馬車から転げ落ちた。林の中へ逃げ出す。


「キ、キング、あの方は」

「ヴァゼル伯爵? 前に言ったけど、俺らと一緒。異世界から召喚された人。夜行族らしいよ。戦闘班は、ジャムさんとヴァゼル伯爵が師匠ね」


 なんと、俺は一気に四番手なのか。いや待て、その二人の師匠に教わっているのが里の戦闘班ということになる。


……俺はいったい、何番手なのだ?



 兵士たちの乗っていた馬車を避け、先に進んだ。


 馬車と死体は、ヴァゼル伯爵が森の中に隠すらしい。馬はもちろんもらう。


 途中で走りながら、もらったパンと果物をかじった。出来事が多すぎて、食べるのを忘れていた。


 そうこうしていると、ウルパの村に着く。


 流れてくる風に異臭が混じった。膿の匂いだ。間違いなく例の奇病にかかった者がいる。


 馬車の音を聞きつけたのか、家から男二人が飛び出してきた。


 俺たちを見て剣を抜く。


「待てって。変な病気になってる人がいるはずだ。おれらは、それを治しにきた」


 キングの言葉に男のひとりが口を開いた。


「嘘をつけ! 治療を頼んだのは教会だ。お前ら、神父には見えんぞ!」


 キングは手を挙げて馬車から降りた。


「教会はやめとけ。都の兵に殺されて焼かれるのがオチだ」


 キングの言葉は間違っていない。さきほどの馬車、あの荷台にも大きな樽が二つ載っていた。間違いなく油だろう。


 自分も降りてキングの横に立った。


「俺は、ティワカナ族のカラササヤだ。話は本当だ。俺の村は殲滅させられた」


 男二人は剣を向けたまま、互いを見合った。


「ティワカナ、知らねえな」


 知らんのか! 何百年も森を守ってきた我が種族を。


「とりあえず、金目の物、いや、馬車を置いて去れ!」


 なんだと! 俺は御者台に置いていた槍を取った。


「お主ら、助けにきた者から盗むのか。それが森の民のすることか!」


 キングが、ふいに膝をついて頭を垂れた。


「キ、キング!」

「とりあえず、ここの村長さんに会わせてくれ。この通り」


 騒ぎを聞きつけ、村の者が集まってきた。その中から老人が歩み出る。


「頭をお上げください。若い人。ここの村長をしておるゴカパナと申します」


 長い白髪の老人だった。首にいくつもの首飾りをかけている。祈祷師かもしれない。


「村長!」


 剣を持った男をゴカパナは手を挙げて制した。


「カラササヤ、と申されましたな。祖父はひょっとして……」

「クワキリと申します」

「ほほう、ではその孫は噂に聞く槍の名手。そなたら二人でも敵うまい」


 敵うまい、と言われた二人が、むっとして若者らを指差す。


「ですが村長、こんな見たこともない小僧や小娘……」


 その時だった。ごごご、とでもいうような地響きがした。いや、地響きではない。声だ。


「さきほどから聞いておれば……」


 空中に光が集まり、それは大きな女の上半身となった。


「こ、この声は、アマラウタ様!」


 ゴカパナが地面に頭を擦りつけた。


 ほかは崇める者、ぽかんと口を開ける者と様々だ。


「このキングは、菩提樹の里の長。愚弄は許さぬぞ!」


 キングが不貞腐れて腕を組んだ。


「菩提樹、お前が出ると話がややこしくなるっての」

「ならぬわ! お主は、わらわにも膝を折らぬ偏屈。それを軽く折りおって」

「あっ、さっきの? だって、カラササヤさんが殺しそうだったんだもん」

「長たる者が軽々しく膝を折るでないわ!」


 キングが首をすくめた。


「ア、アマラウタ様、お姿を拝むことができるとはいったい……」

「ふむ。色々あっての。お主は北の村におったゴカパナか」

「覚えておられましたか!」

「わらわと心を通わせれる者は少ないのでな」


 なるほど。このゴカパナも祖父と同じ「お使い様」だったのか。


「村人に告ぐ。このキングに不遜な行いをすれば、後の百年は作物が育たないと思え!」


 アマラウタ、菩提樹の精霊様はそう言うと、村の高台にある大きな樹に消えていった。ここにも菩提樹があったのか。


 そこからの話は早かった。早かったというより、恐れ、おののかれた。なにせ、歯向かえば百年の呪いである。


 村の外れにある家に、二十人ほどの病人が寝ていた。トモマツ、ハナモリの娘二人がそれを治療していく。


 それ以外の俺たちは村人を集め、すべての家で湯を沸かすように指示した。気休めでしかないが、ここで一度、すべての服を煮沸消毒する。


「キングくん!」


 ハナモリが悲痛な声で呼びにきた。


「どうした?」

「何人かは、今の癒やしじゃ無理かも。ゲスオくんのブーストがいる!」

「くそっ。あいつも連れてくりゃ良かったな。わかった。里に運ぼう。明日じゃ無理かもしれない」


 村人たちが病人を馬車に運ぶ。老婆が一人、幼子が二人だ。意識を失っている。


 村の入口に馬車が見えた。さきほどの黒い箱馬車!


「キング、あれを」


 村の入口を指差した。


 キングは箱馬車を見ると、ひとりで歩いていく。


「キング!」

「ああ、いいって。ちょっと話してくる」


 キングが近づくと箱馬車から魔術師が降りた。二人で何かを話している。争うような気配はない。


 トモマツ、ハナモリの二人が戻ってきた。病人の治療は終わったらしい。キングも戻ってきたので馬車を出す。行きがけに比べ、ずいぶん人が増えた。病人の三人と村長のゴカパナだ。


 なにも村長まで来なくてもよいのだが、精霊の宿り樹に祈りを捧げたいらしい。


 うしろの荷台が狭くなったので、キングが俺の隣、御者台のほうに座っていた。さきほど、何を話していたのか聞いてみる。


「あの魔術師は何と申されましたか?」

「ああ、知らなかったってさ」

「何をで?」

「この疫病騒動を」

「なんと!」


 身なりからして王都の人間だ。この騒動を知らぬのか。


「おれらを探すのに忙しくて、都の大聖堂には、あまり帰ってなかったらしい」

「司教ですか!」


キングがうなずいた。


「回復魔法は効かないぜって、一応、言っておいた」

「王都は敵ではないのですか?」

「いや、追いかけてこられたら敵だけど、あとは別にね」


 そんな物だろうか? キングの考えはわかりにくかった。


「膝を折られたのも、そのような考えで?」


 キングが笑った。


「カラササヤさんまで大げさだな。あんなところで仲違いするのも、もったいないでしょ。特にカラササヤさんは地元の人なんだし」


 やはり、俺が気遣われたのか。


「かたじけのうございます」

「大げさだって。減るもんでもなし。ゲスオのスライディング土下座なんて、いかに見事に決めるか」


 俺は馬を止めた。


「キング」

「なに?」

「自分のことでも、膝を折られるか?」

「おれ? おれのことなら死んでもイヤだな」


 決めた。この者に仕えよう。


 この騒動が終われば、俺はまたどこかに村を再建せればならぬ。そう思っていた。それは、ほかの者に任せればよい。俺はこの男の下で働こう。


 まずは戦闘班に入り、仕組みを覚えていこう。どの村にも固有の流れがある。


 いや、待てよ。


 俺は不安になってきた。


 菩提樹の里、精霊に守られた長。里の隊を率いるはジャムザウール、ヴァゼルゲビナードの両名。


 ……俺は、はたして戦闘班に入れるのか?


 考えるほど不安は大きくなる。その不安をかき消すように、はっ!と気合を入れ、手綱を叩いた。


 早く帰ろう。帰って槍の調練だ!


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