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22-1 カラササヤ 「槍の調練」


 木の上の家で目を覚ました。


 このような家は、ティワカナ族の村にはなかった。エルフが使っていたというが、なかなかよい。子供のころの木登りを思い出すようで愉快だ。


 木戸を開ける。まだ夜明け前だ。早朝の調練が始める前に、顔を洗おう。


 木の上からハシゴで降り、小川に向かった。


 この隠れ里には、道に沿って灯りがある。夜明け前でも充分に明るかった。


 小川に着き、水面に映った自分を見る。あいかわらず、ひどい痘痕面(あばたずら)だ。


 この自分の姿をたまに忘れる。一番の失態はセレイナという娘に婚姻を迫ったことだ。


 あまりに綺麗な女が、あまりに綺麗な歌を歌った。感動して思わず口走ってしまった。


 水面の陰を消すように手を入れ、顔を洗った。腰に下げた手ぬぐいで拭く。それから広場に向かった。


 広場にはすでにジャム殿が来ていた。皆の調練が始まる前に指南をいただく。


 広場近くの武器庫から、槍を一本出した。


 俺の得物は槍だ。


 ジャム殿と向き合う。


 正面から対峙すると、この戦士がいかに強いかがわかる。


 片手に薪を一本持っているだけだが、踏み込めない。


 しかし、それでは何も始まらない。奥歯を噛み締め、突きを出した。すると、するりとかわし、薪で手を打たれた。思わず槍を放す。


 もう一度。槍を拾い対峙する。突いた瞬間に横にかわされた。手の甲が叩かれる前に槍を回転して受ける。槍の柄に当たった薪は、そのまま跳ねて俺の顎を打った。


「がっ!」


 もんどりうって倒れる。


「かわしながら、下がらねばならぬ。槍使いは懐に入られたら、考えずとも間合いを取ったほうが良い」

「はっ! 肝に命じます」


 そんな打ち合いを続けていると、皆が広場に出てきた。


 昔は戦闘班だけが調練を行っていたらしい。今では、ほとんどの者が調練を行う。


 セレイナが剣の稽古をするようになってから、つられて皆がするようになったと聞いた。


 そのセレイナは木で作った模擬刀を持ち、ジャム殿と向かい合っていた。今日も美しい。まるで昨晩に見た満月のようだ。


 セレイナに見とれていると、おなごの一団が俺の元に集まった。槍の基本を教わるためだ。


 槍は腕力のない者でも扱いやすい。おなごなら槍が良いと俺も思う。


 例の奇病のことで、戦闘班は忙しいそうだ。ジャム殿がすべての面倒は見れないので、槍は俺が教えることとなった。槍の腕でもジャム殿のほうが上だが、基本を教えることはできる。


 しかし、ついこの間まで、この辺り一帯では一番の腕だろうと自負していた。ところが、こんな所に村があり、そこに武芸の達人がいるとは。


 ジャム殿がいる限り、俺は永遠に二番手の強さだろう。まったく、世の中は広い。


 調練を終えるころ、調理場から朝餉の匂いが流れてきた。様子を見に行く。


 十名ほどの婦人方と、数名の若い異世界人が和気あいあいと料理をしていた。


 いや、よく見ると料理の指揮を取っているのは「エマ」とかいう娘だ。


「エマちゃん、ちょっと味を見とくれ!」


 かっぷくの良い婦人が声を上げた。エマが鍋に近づき味見をする。


「おばさま、もうちょっと岩塩を入れてみましょう」

「あいよ!」


 そのおばさま、俺を見て、にやっと笑う。


「カラササヤ、あんた独り身だろう、エマちゃん狙いな。この子は料理の達人だよ!」


 なんと、武芸だけでなく料理の達人までいたのか。たしかに、いつぞやの肉は旨かった気がする。ハンバーグ、とか言ったか。


「この年で、ご婦人を納得させれるほどか」


 調理場の婦人方がうなずく。この婦人らは俺がいた村の住人ではない。別の村だ。


 俺が助けられた翌日、キングらは、すぐに俺の村の隣村に向かった。同じティワカナ族だ。


 だが隣村は、例の奇病に一人残らず侵されていた。助け出されたのは女子供ばかり二十名ほどだ。


「賢者さんたちの食事ができてる。頼むよ」


 籠に入ったパンと、野菜を煮た汁が入った小さな鍋が出てきた。


 これを運ぶのは俺の役目だ。うなずいて受け取る。


 持っていくのは里のはずれだ。急ごしらえの小屋がある。そこで例の奇病を研究していた。


 歩くとそれなりの距離はある。中央から離したのは安全のためだそうな。


 小屋が見えてきた。小屋の隣には柵があり、牛や鶏などがいた。食べるためではなく、研究に使うらしい。


 小屋に入ると、ヨシノという娘が俺の顔に手をかざした。


「見えないマスク」という能力だ。


 俺は持っていたパンと鍋を中央にある机に置いた。この部屋は生活のための部屋だ。奥にもう一つ扉があり、そちらが研究室となる。


 研究室からドクが出てきた。手に小皿を持っている。


「カラササヤさん、いつも悪いんですが血をもらえませんか?」


 俺はうなずいて、腰に差したナイフを抜いた。指先をちょっと切り、小皿の上に血を垂らす。


 例の奇病にかかった俺は、血の中に抵抗する力があるらしい。この研究室に出入りするのは、俺のように一度かかった者だけと決められている。


 ドクは小皿を持って研究室に戻った。かわりに男二人が出てくる。


 二人は嵌めていた革手袋を脱いだ。部屋の隅にある鉄鍋に入れる。


「チャルメラ!」


 一人がつぶやく。鉄鍋の水が瞬時に沸騰した。この里にいる人間は、変わった能力を持った者が多い。


「あー、俺もパン焼きてえな」


 そう言ってパンを取ったのはツチダという男。たしか、細かい物が見える能力だったはずだ。


「あっ、カラササヤさん、キングに言っといて。まだ数日はかかるって」


 俺はうなずいた。しかし、どうにか出来るのだろうか?


 今回の奇病は、薬草が効かなかった。そして回復の魔法を跳ね返すそうで、俺から見れば打つ手なしに見える。


 ほかに伝言はないようなので、俺は小屋を出た。


 小屋を出て少し歩くと、口元にあった布の感触が消えた。さきほどの「マスク」という能力が解除されたのだろう。


 食料庫の隣りにある小屋に向かった。膨大な本がある小屋だ。キングはそこにいるだろう。


 小屋の戸を開けると、この里の中心となる面々がいた。キング、プリンス、ヒメノ、ゲスオの四人だ。


 机の上の地図を見ている。一緒にチャラサニ族の元村長、グローエンもいた。


「カラササヤさん、いいとこに来た。この村は誰もいないのかな?」


 ヒメノが地図の一箇所を指した。


 この近隣の地図のようだ。自分たちで作ったようで、この隠れ里が真ん中にある。


 指された場所は、俺の村からずっと北になる所だ。


「そこは、たしか何年も前に捨てられたはずだ。村の者はラウルの街に移り住んだと聞いた」

「じゃあ、ここはいいわね」


 ヒメノはそう言って地図にバツ印をつけた。


 俺のいた村にもバツがつけられている。


 そのほかに丸がついた場所があった。グローエン殿が教えているのだろう。


「友松と花森を連れて、なるべく早く周ろう」


 キングが言った。おかしなものだ。異世界人が森の民を救おうとし、俺の村は王都の兵によって焼かれた。


「俺を護衛役に使ってくれ」


 ここの皆は異世界人だ。年も若い。守るのが俺の務めだろう。


 ヒメノが急に耳を押さえた。


「うん……十人?……わかった」


 ヒメノは耳から手を離し、地図に描かれた一本の道を指した。


「忍者クラブから伝言。この道を兵士が北上してるって」


 忍者クラブ。戦闘班で索敵などを得意とする面々のことか。


「じいちゃん、この道だと、どの村に行こうとしてると思う?」

「ほうじゃのう、この辺りには村はなかったと思うが……」


 俺は心当たりがあった。


「その道を行くと、ウルパという、ここ数年でできた集落がある」

「住民の数は?」

「百そこそこ、だったと聞いたことがある」

「よし、すぐ出よう。先回りしたい」

「待って! キングかプリンス、どっちかは残って欲しい」

「じゃ、プリンスだな。お前、最近、妖精の相手してないだろ。ふてくされて悪さばっかしてるらしいぞ」


 プリンスは一度口を開きかけたが、図星でもあるようだ。


「……わかった」


 短く答えた。


「おれとカラササヤさん。あとは忍者クラブの誰か近くにいれば合流するわ」


 ヒメノが眉を寄せた。


「あやちゃんと、花ちゃん連れて行くんでしょ。四人だけ?」

「ああ。人数少ないほうが馬車も飛ばせるしな」

「危なくない?」

「けっこう、カラササヤさん強いんだぜ。二人いれば大丈夫だと思う」


 強い、と言われて思わず胸を反らした。


「あのジャムさんが本気で相手してるからな」


 むむ、早朝の稽古を見られたようだ。


「馬、あつかえます?」


 聞かれて、もちろんと答えた。


 里の馬房に行き、二頭の馬を出して馬車につなぐ。


 広場まで迎えに出た。向こうからキングと、奇病を治療できる娘二人が来た。名をトモマツ、ハナモリと言ったか。俺の命の恩人でもある。


 三人が荷台に乗ったところで、セレイナが来た。


「二人、朝ごはん食べてないでしょ」


 キングと俺に小さな麻袋を寄こす。中にはパンと果物が入っていた。


「か、かたじけない」

「気をつけて」

「うむ」


 顔が火照るのを感じた。早く行こう。手綱を叩いた。


 うしろの荷台でトモマツ、ハナモリの二人がくすくす笑うのが聞こえる。


「笑っていいとこじゃねえぞ、二人」


 キングが注意した。


「笑ってないよ。微笑ましいだけ」


 トモマツが言った。


「それでもだ。真剣な想いは、真剣に見てやんないと」


 キングの言葉はありがたいが、そう言われると余計に恥ずかしかった。頭を振り、気を取り直して前方に注意する。


 この隠れ里から馬車で出る道は、かなり険しい。坂を下り、アシが茂る山あいを進む。木に目印がついていて、そこを外れると大きな穴がいたるところにある。


 横でキングに案内されないと、とても道とは思えない。


 山あいを抜け、さらに森の中のでこぼこ道を抜ける。やっと轍の跡が残る道に出た。


 出たところで、ちょうど二台の馬車が止まっていた。馬を休ませているようだ。


 一台は黒塗りの箱馬車だった。どこかの金持ちだろうか。もう一台は荷台に大きな檻を載せている。


「くそっ、運がねえ。面倒だな」


 うしろの荷台に乗っているキングがつぶやいた。


 黒塗りの馬車から、男が降りてきた。頭巾のついた灰色の外套を着ている。魔術師か?


「今日は運が良い。ここで出会えるとは」


 灰色の魔術師が口を開いた。キングが荷台から降りる。


「ハビスゲアル、今日は急いでんだ。またにしてくれ」


この男は、キングの知り合いか!

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