21-2 高島瀬玲奈 「疫病」
天然痘。歴史の授業で習った記憶がある。大昔に流行した疫病だ。
死体の腕がまた動いた。
誰かが急に飛び出す! 花森千香ちゃん?
「花ちゃん!」
ヒメが叫んだ。
「お注射!」
花ちゃんが叫んで、動いた死体をつついた。顔中にあった発疹が消えたと思ったら、しばらくすると、また発疹が出る。
「花森さん!」
ドクくんが花ちゃんの腕を掴んで死体から離した。でも、アタシたちの所までは戻らず、中間で止まる。
ドクくんとキングと花ちゃん。さらに、その向こうに死体。距離はないのに、見えない壁でもあるように感じる。
ヒメが空間を下からスワイプした。おそらく表計算のスキルを出した。もう、何かを考える時のクセみたいになっている。
「土田くん」
ヒメに呼ばれたのは、同じ調理班でパンを担当している土田清正くんだ。
「おう」
「土田くんのスキルって、ウイルスまで見える?」
言われて思い出した! 酒蔵の跡取りである土田くんのスキルは、酵母を見るための顕微鏡だ。
「たぶん、いけるよ。倍率は調整できるから」
土田くんが死体の元へ行こうとしたのをドクくんが止めた。
「僕が取ってくるから」
ドクくんは、腰から小刀のような物を抜いた。ナイフよりもっと小さい。草などを取る時に使うのだろう。
死体の所に戻り、ひとりの皮膚を小刀で少し刺した。中間地点に戻る。
土田くんがそこに近づき、小刀に顔を寄せた。
「マイクロスコープ!」
土田くんの目に、丸いリングのような物が光った。
「んーと、今、植物の種みたいなのが見える」
「何倍?」
「100倍」
「じゃあ、それは赤血球だ。1万とかできる?」
土田くんが右手で輪っかを作り、それを絞った。
「うーん、何がなんやら……」
「土田くんの顕微鏡を見れたらいいのにな」
ドクくんのつぶやきに、ヒメがまた表計算スキルを眺めた。
「ももちゃん、映像通信ってできる?」
「ええっ?」
「なるほどでござる! お茶目な落書き、通信を三人映像通信に!」
通信スキルを持った遠藤ももちゃんが、耳に手を当てて目を閉じた。そのすぐ後に、ドクくんが目を閉じる。
「うわっ! 来たよ。倍率2万にしてみて」
ドクくんが目を閉じたまま言った。
「違うな、3万……4万……あ、待って。3万5千にしてみて……うん。これだ」
ドクくんが、目を開けた。
「天然痘とは違うけど、疫病であるのはわかった」
「それ、うちに見せて!」
誰かと思ったら、あやちゃんだ。友松あやちゃん。同じ調理部で掃除のスキルがある。
通話スキルのももちゃんが、目を閉じたまま顔の向きを変えた。力の方向を変えたみたいだ。あやちゃんが目を閉じる。
「あー、これね」
ウイルスの映像が送られたみたいだ。
あやちゃんは近寄ろうとしたが、ドクくんが手を上げた。
「天然痘と同じだったら、感染力は強い。ツバだけじゃなくて、膿やカサブタでも感染する。この四人にも、近づかないほうがいい」
四人とは中間にいるドク、キング、花ちゃん、土田くんの四人だ。
あやちゃんの顔が引きつる。アタシは止めるべき?
ヒメを見る。ヒメもどうするべきか、わからないようだ。
あやちゃんが大きく息をついた。
「オッケー! やってみる!」
そして大きく一歩、踏み出した。ドクに近づき、小刀に手をかざす。
「ケルファー!」
「うおっ! 消えた!」
小刀を見ていた土田くんが、おどろきの声を上げた。それを聞いてドクくんがうなずく。
「なら友松さん、あの死体に全部それをかけて!」
「死んでる人も?」
「死んでる人からでも、感染する可能性はある!」
「わかった!」
あやちゃんは馬車に近づき、片っ端から掃除スキルをかけた。
そのあと、息がある人を探した。五人、まだ息があった。花ちゃんが回復をかける。
回復をかけると、しゃべれるまでに回復をした人がいた。
「俺はティワカナ族のカラササヤ。助けてもらった礼を言う」
男性は回復したが、顔中にデコボコとした、できものの跡が残っている。
「おれは有馬和樹と言う。悪いがここを離れたい。あなたたち以外で生きている人もいない」
男性が死体の焼けた穴を見た。
「わかった」
立ち上がろうとしてふらつく。
「おれの肩に掴まってくれ」
キングが手を差し出した。
「ありがたいが、俺は病にかかっている。この顔を見ればわかるだろう」
男性はデコボコの自分の顔を知っているようだ。
「原因となるものは消した。それに、ガサガサの肌は慣れてるよ」
キングはそう言って、トカゲ族のジャムさんを指差した。
ジャムさんが笑顔で手を振る。
それからキングは、ヴァゼル伯爵と目線を合わせた。
ヴァゼル伯爵がゆっくりうなずく。
そうか、牢屋で見たやつだ。ヴァゼル伯爵は、魔眼でこの五人を見たのね。うなずいたって事は、問題ないのか。
その五人を連れて、隠れ里に帰った。
念の為、里に入る前にみんながあやちゃんの殺菌? というのかしら。掃除スキルをかけてから里に入る。
入り口の洞窟にいたケルベロスが、五人を見て吠える。飼い主の門場みな実ちゃんがなだめると、おとなしくなった。
五人の顔が引きつっている。そりゃそうよね、ケルベロスだもん。
とりあえず、五人を連れて広場に腰を下ろした。
「ここは……」
さきほどのカラササヤと名乗った男性が、あたりを見回しておどろいていた。
日が暮れてきたので、ライトのスキルを持つ沼田睦美ちゃんが街灯を灯していく。街灯と言っても木の杭に台座をつけ、石を乗っけただけの物だ。
「ここはエルフの隠れ里だったと聞く。今はおれたちが勝手に使っているんだ」
キングが答えた。カラササヤが周りのアタシたちを見る。ジャムパパとヴァゼル伯爵に目を止めた。
「おれたちは、この世界に召喚されてきたヨソモノだ。ジャムさんと伯爵もそう。悪いが、ここを口外するなら殺すから」
キングの口から「殺す」という言葉が出て、アタシは身体がビクッとなる。
カラササヤが居住まいを正した。
「命を助けてもらったあげく裏切ることなどあろうか。それに我らは古くから住む森の民。帝国に恨みこそあれ、関係はない」
聞けば、私たちが逃げた「神聖アルフレダ帝国」は百年ほど前に移住者が作った国だそう。
元々はカラササヤさんたちのような、小さな村や部族が点在する土地だったらしい。
「でも兵士が」
キングの言葉にカラササヤがうなずいた。
「ひと月前です。原因不明の奇病が始まったのは。薬草が効かないので、王都の神父に頼ったのですが回復魔法も効かず……」
花森千香ちゃんが思い出したように立ち上がった。
「そう! 癒やしのスキルが効かなかった」
「んー、それは多分……」
ぼそっとつぶやいたドクくんに、みんなの目が集まった。
「ドク、黙るなよ」
「だって、みんなが見るから」
ドクくん、そんなに恥ずかしがり屋なのか。人から見られるのが普通のアタシからすると、かなり新鮮。
「その……回復系の魔法に対して耐性があるんだと思う」
「耐性?」
「ほら、僕らの世界で言うと抗生物質が効かない菌とか、あるでしょ。あれと同じだよ」
「それ、やばいんじゃね? この世界、ワクチンとかなさそう」
「うん。昔のローマで350万人だったかな。人工の半分ぐらいは消えると思う」
「まじか!」
「まあ、なんとかするよ」
「ああ、頼むぜドク」
なんとかするんかい! とみんなは心の中でツッコんだと思う。
ゲスオが以前「ドクくんはリアル・チート」そう言ってた意味が、今ならよくわかる。
「よし! 腹減ったな。メシにするか?」
キングの言葉にみんなが目を合わせた。あんな事があった後に、食事?
「キング、みんなは多分、要らないから」
ヒメちゃんの言葉に、みんながうなずく。
食欲もないし、アタシを含め、調理班はハンバーグを焼けるだろうか? 死体の焼けた匂いは鼻の奥にこびりついている。今、肉なんか焼いたら吐きそうだ。
「食欲がない時は、これじゃ」
元村長のおじいちゃんと、おばあちゃんがクッキーのような物を持ってきた。大皿に山ほど積んである。
あれは、今日の昼に二人が作っていた物だ。菩提樹の実で作ったんだっけ。
元いた世界だと、菩提樹の実は食べれなかったと思うけど、ここの菩提樹は違うらしい。
とりあえず一枚もらう。一枚と言っても、かなり大きい。丸くて分厚いクッキーは、アタシの手のひらと同じぐらいの大きさだ。
「美味しい!」
「うま!」
かじった人が口々に言う。私も食べてみた。これは美味しい。味は松の実に近い。木の実に油分が多いのか、しっとりしていた。
「これは、アマラウタ!」
カラササヤが菩提樹クッキーを手にして叫んだ。
おじいちゃんがカラササヤに歩み寄った。
「ティワカナ族でしたな。わしらの村は親父の代で帝国に帰属しましたが、元はチャラサニ族」
「チャラサニ! 西の森の!」
おじんちゃんとおばあちゃん、それにティワカナ族の五人が手を取り合って話し始めた。
「どうじゃ、わらわの実の味は」
ぬうっと精霊さんが現れた。
「お前、みんなが食べるの待ってただろ。ドヤ顔するために」
「なっ! なにを言う、失礼な!」
「いや、でも、お前の木の実って、うまいのな」
「むっ、むふふ」
キングと精霊さんがじゃれ合っている。
「ア、アマラウタ様……」
ティワカナ族の五人が地面に伏した。
「むむ?」
精霊が首をひねった。おじいちゃんが精霊の前に歩み出る。
「菩提樹様、ティワカナ族をご存知ですか?」
「おお、存じておる。あの村にも、わらわの樹が一本残っておるのでな。かなり前にクワキリという口寄せができる者がおっての」
「そ、それは、わたくしの祖父でございます」
「ほう、そうであったか」
「まさか、お姿を拝見できるとは!」
「ふむ、村の者は元気であるか?」
聞かれたティワカナ族の五人は、互いを見合った。
「菩提樹、さっきの話を聞いてなかったのかよ。疫病で全滅だっての」
「ほう、難儀な。ならば、ここに住むがよい」
「お前、勝手に決めんなよ。って、おれらの土地でもねえか。どうする? カラササヤさん」
カラササヤさん、目をぱちくりさせている。キング、それスピード早すぎて頭がついていけないよ。
カラササヤさんたちは、しばし呆然としていたが、お互いを見合ってうなずいた。
「アマラウタ様のお膝元、そして命の恩、少しでも恩返しさせていただければ!」
五人はもう一度、キングとその横の精霊さんに向かって頭を下げた。
「いやいや、おれらはいいって。っつうか、菩提樹、すげえやつだったんだな」
「キングよ、いまごろか!」
「だってよ、お前がいきなり花森に口寄せするから」
カラササヤさんが驚愕の顔を上げた。
「こ、ここにも口寄せができる者がおるのですか!」
「ああ、花森がな」
キングが花森千香ちゃんを指差した。
「おお! アマラウタ様だけでなく、お使い様まで!」
五人が花ちゃんに頭を上げた。花ちゃんが困っている。
「ありゃ? 口寄せって、そんなにすごいの?」
カラササヤが胸を張った。
「我が祖父がゆいいつ。ひとつの村で百年に一人出るか出ないか、と言い伝えられております」
「まじか! じゃあ、花森はレアか」
「キング。わらわと心を通わすことのできる人間が、どれほど貴重か。それを、お主は……」
そうだった。あの時、花ちゃんが口寄せしているのを「どうでもいい」って感じで一蹴した。
「まいったなぁ。おれも、お詫びにウンコでも奉納すっか?」
「「「「「それはダメ!」」」」」
女子一同の声が重なった。





